カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

無言の人の考えを追うのは大変だ   刑事マルティン・ベック 笑う警官

2017-08-24 | 読書

刑事マルティン・ベック 笑う警官/マイ・シューバル、ペール・ヴァールー著(角川文庫)

 ある晩ストックホルムの市バスで八人が銃殺されるという大量殺人時間が起こる。スウェーデン国内においても突出した大事件にもかかわらず、目撃者も少なく、犯人の足掛かりがまるでない。刑事はこまめに事件を洗いだし、何とか手がかりをつかもうとするのだが、犯行が異常なだけでなく、被害者の繋がりもほとんど感じられず、何も糸口とならないのだった。しかしながら、たまたま乗車して殺された同僚刑事が、何かの事件を追っているらしいことは予想として考えられた。何しろ事件の前までは、刑事事件はほとんどなく暇な毎日だった。彼は過去の未解決事件を洗い直していたのではないか。しかし、なぜ、その事件を追う痕跡が見つからないのか。刑事たちは苦しみながらもその真実を徐々に追い詰めていく。
 発表されたのは50年近く前らしい。文章は乾いて近代的なので時代は感じさせられないが、ストックホルムの事情はかなり変化しているという。当然同じ型の市バスは走っていない。考えてみると昔の話なのか、と思うのは、登場人物の一部がやたらに煙草を吸うことと、事件が起きても、いわゆるテロ事件という騒ぎ方が少ないというのはあるかもしれない。でも外国人に対する不満あるようだし、寒い気候の国ながら、都市部の人々の暮らしぶりというのは共通のものが多いようにも思う。シリーズは10作あるそうだが、多くの国で翻訳され読まれているという。それだけ普遍的な文章の上手さがあり、さらに人間を見事に描いている作品なのではなかろうか。
 終盤になるまで、事件の手掛かりがまったくないように見える。被害者の周辺や、警察官の姿が延々と描かれていくのだが、これが読ませるのである。決して明るいトーンでは無いにせよ、冗談が無い訳でもないし、物事の捉え方にしても、ほのかに愛情が無い訳でもない。難しい人間の感情が、時に細やかに丁寧に描かれている。感情がストレートに言動に現れなくとも、徐々にその人間像が目に見えてくるようだ。後の解説にも少しあったが、シリーズということもあるけれど、登場人物の数人は、それぞれにファンがいるようだ。人間を描いてミステリとしても成功している。ある意味で文学的な気品さえ感じられる作品である。
コメント
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