カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

何故かほのぼのタイムマシン物語   マイナス・ゼロ

2017-08-16 | 読書

マイナス・ゼロ/広瀬正著(集英社文庫)

 タイム・マシンものである。いわゆるタイムトラベルのパラドクス的なものを提示しているが、あまり難しく考えることは無い。オチのところでそれなりに驚かされるが、しかしなんとなくほのぼのとしている。出てくる人々がたいてい善良で、そうして時代ののどかさのようなものがある。作品が発表されたのは50年近く前のようだし、さらにその時代から遡って、戦前の風景もみられる。東京には既に近代的な活気があって、人々はお金の価値以上に、お金をたくさん使って、なんだか楽しそうである。悲しい出来事も起こってしまうが、それもそれとなくカラッとしている感じがある。心の感情としては大変に残念だった訳だが、そういう部分は、なんとなく過去の人々は心が強いような気もする。戦争でたくさんの命を失ったにもかかわらず、何というか、そういう暴力に対して、悲しんでばかりで立ち止まることなく、たくましく前を向いているようなところがあるのかもしれない。
 空襲の爆撃弾が降り注ぐ中、お隣の美人のお姉さんとその父親が被災する。隣の息子である主人公は、このおじさんが死ぬ間際に、18年後にまたここに来るように言われる。そのことを覚えていて、大人になったその日にそこを訪れてみると…。
 そこから過去に飛んだ男が様々な体験をすることになるが、過去の東京の風俗の面白さがふんだんに描かれている。その当時があんがいモダンで、さらに東京はどんどん活気を呈していくことになる。戦争の影なんてほとんど無いし、男は恋にも落ちる。しかしながら過去のこととして知っている未来は、男にとって意外なものへと変貌してく。
 考えてみると、とんでもないことがそれなりにたくさん起こるのだけど、お話は見事につながっていく。少し悲しさも覚えるが、すべてはつじつまを合わせるためにあるわけでもない。これからの未来によって、過去も変わる可能性を秘めている。タイムマシンの謎が上手く隠されているつくりもなかなか上手いと思う。そうして何より、お話を読ませる力がある。西洋活劇のような、いわゆる映画のような展開で無いのだけれど、このような日本らしい作品があるんだな、と感心してしまうのだ。当時の男女というのは、ちょっと抜けていて、人がいい。それは現代人が等しく感じるものでは無いのかもしれないが、当時のなんでも金の世の中にあるような人々の方が善良そうなんて、ちょっと不思議な感じだ。もちろん今の方が民主的なのかもしれないが、そのために、何か個人の裁量が減っているものがあるのかもしれない。そんなことまで考えさせられるような、不思議な味わいのSF作品である。
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