ドイツリスク/三好範英著(光文社新書)
副題は「「夢見る政治」が引き起こす混乱」。
夢見る政治とは、ロマン主義ともいえる理想主義を優先させる感情的な政治を指している。要するに現実的ではないということである。ドイツは政治下手といわれているらしいが、根拠としてこの理想主義的な思想が政治を左右しているということが大きいようだ。
その姿勢が顕著に表れたのが他ならぬ原発への対応で、日本の原発事故に対してもっとも過剰に反応し、偏った世論一辺倒となり、早々に自国の原発廃棄の道を政治決定してしまった。これを評価する人も日本にはそれなりにいることは知っているが、なぜそうなったのかという原因を理解している人は少なかろう。そもそも原発に対しての強い思い込みのあった世論とマスコミが、極端に偏った、はっきり言って事実は違う報道を繰り返し国民に伝えぬいたということが、このような政治判断を導き出したという経緯を詳しく解説している。対照的に英国などの報道がいかに冷静だったのかということも含めて、国際報道の現実なども知ることが出来る。
ドイツ人の多くは、日本の原発報道はまったく信用できず、福島に近い東京が多量の放射能に汚染されているにもかかわらず日本の無理な統制下に仕方なく国民が暮らしてると本気で信じているようだ(そういう人は日本にもいるけど)。東京に住むドイツ人などには、泣きながらドイツに帰ってくるように説得するような空気があるらしい。
そのようなドイツ人の考え方と、ロシヤや中国などとの政治への協調や共感しやすい体質なども理解できていく。日本人は比較的にドイツ人に親近感を抱いている(勤勉さを尊ぶ倫理観やお互いに敗戦国である歴史背景など)国民が多いといわれるが、一方のドイツは、日本の歴史観や経済優先に見える政治(とりあえず自国は棚に上げて顧みないのだが)については、かなり厳しい考え方を持っており、ヨーロッパの中でも特に日本嫌いで有名である。そのような誤解が生まれてしまうのは、やはり中韓の歴史観への共感であるとか、理想主義的な、それをたぶん進歩的だとする共産思想などともシンパシーが強いということが言えそうである。環境保護、特に反原発を柱とする政党が有力政党になっている国はドイツ以外には世界には無い。それは理想主義者には確かに素晴らしいことだろうが、いかに異常な現実が成り立っている国なのかという証明でもあるのだろう。
この本で書かれている通り、歴史認識というものは国内においてもそれなりに幅のあることの方が先進国としては当然である。むしろそれが開かれた先進国の特徴かもしれない。その点で日本は、米国や英国、フランスなどと極めて近い歴史認識を持っているに過ぎない。その上で、ドイツの隣国で友好関係にあるフランスのような国家が東アジアには存在しない。そういう背景の理解が無いままにドイツは、日本の置かれている東アジア情勢を半可通にしか理解しえていない。ドイツとポーランドの関係が日韓という関係に近いことを、あえて避けて考えているという嫌いがある。そうしたうえで、自国はホロコーストなどの戦争における犯罪に繰り返し謝罪し、新たな歴史を踏み出した優等生という意識を持っているらしい。そのような日本に対する優位的な意識が、ドイツ人の心の安寧にもつながっているのかもしれない。しかしながら歴史的に自明のことだが、日本が先の戦争においてホロコーストのようなことは行っていない。さらに日本が謝罪しなかったという事実も無いし、歴史の連続性として過去を断罪し現在の日本が無垢であるような欺瞞的な態度をとることが無いだけのことである。歴史の複雑さを単純化することなく向き合っているという点では、ドイツの方が一方的に思い込みを強めているだけのことのように見える。
このようなドイツの姿を理解したうえで現在のEUの状況を鑑みると、やはりこの大国ドイツのロマン主義が、良くも悪くも大きく作用していることが理解できるだろう。また最近のVW社の排ガス偽装ソフト問題なども、関連して考えることが出来るかもしれない。苦悩に満ちた理想主義のドイツの実情を、非常に分かりやすく伝えている本である。