阿修羅は、サンスクリット語(梵語)のAsuraの発音を漢字に置き換えたもの。
「生命(asu)を与える(ra)者」、「非(a)天(sura)」と解されもするが、これでは、どちらかというと相反する意となる。異なる性格を持つ神となるが、そのような両面込みの神としての名前であったとしておいてもいいのかと思う。
西域では、大地に恵みを与える太陽神、インドでは、大地を干上がらせるわざわいの太陽神ともされたそうである。思えば、太陽には、そんな両面がある。
それで、インド神話では、鬼神ののひとつとされている。怒りの神、戦い好きの神で、常にインドラ(帝釈天)と戦う悪神である。阿修羅と同類の悪神は他にも多くいた。
後に、仏教では、釈迦の教えの守護神となる。善神として、その戦闘能の発揮を期待されるのである。
興福寺の阿修羅からは、通常の阿修羅とは異なる印象を受ける。そのまなざしは、人の持つ業や、この世にともなうわざわいに向けられいるようで、深い悲しみをたたえている。
以上、興福寺発行のガイドブック「興福寺」、毎日新聞社発行の「阿修羅」等を参考にした。
「生命(asu)を与える(ra)者」、「非(a)天(sura)」と解されもするが、これでは、どちらかというと相反する意となる。異なる性格を持つ神となるが、そのような両面込みの神としての名前であったとしておいてもいいのかと思う。
西域では、大地に恵みを与える太陽神、インドでは、大地を干上がらせるわざわいの太陽神ともされたそうである。思えば、太陽には、そんな両面がある。
それで、インド神話では、鬼神ののひとつとされている。怒りの神、戦い好きの神で、常にインドラ(帝釈天)と戦う悪神である。阿修羅と同類の悪神は他にも多くいた。
後に、仏教では、釈迦の教えの守護神となる。善神として、その戦闘能の発揮を期待されるのである。
興福寺の阿修羅からは、通常の阿修羅とは異なる印象を受ける。そのまなざしは、人の持つ業や、この世にともなうわざわいに向けられいるようで、深い悲しみをたたえている。
以上、興福寺発行のガイドブック「興福寺」、毎日新聞社発行の「阿修羅」等を参考にした。
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