馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

上部気道の動的閉塞 2

2006-11-11 | 呼吸器外科

Dynamic obstructions of the equine upper respiratory tract.

Part 2: Comparison of endoscopic findings at rest and during high-speed treadmill exercise of 600 Thoroughbred racehorses.

Treadmill 馬の上部気道の動的閉塞

パート2 : 600頭のサラブレッド競走馬の安静時と高速トレッドミル運動中の内視鏡所見の比較

要約

研究実施の理由: 安静時と運動中に行った検査に基づいて上部気道の閉塞状態を診断することの信頼性を議論すること。

目的: 内視鏡による安静時の上部気道の診断を高速トレッドミル運動中のものと比較するため。

仮説: 安静時の上部気道の内視鏡検査は、他の簡単な技術と組み合わせずに行ったときには、動的気道閉塞の診断として信頼性がない。

方法: 静かに呼吸しているサラブレッド競走馬600頭の内視鏡所見を、高速トレッドミル運動中の所見と比較した。他のパラメーターも診断における特性を評価した。

結果: 安静時の馬の内視鏡はDDSPと口蓋の不安定の診断において感受性が低かった(0.15)。内視鏡検査し異音が同時に報告されているときでも誤診率は、まだ35%であった。安静時の喉頭機能スコアと運動時の動的な声帯そして/または披裂軟骨虚脱との間には明らかな関係があったが、喉頭機能スコアがグレード4/5の馬の19%は運動中に完全な外転を示して維持することができた。そして、安静時喉頭機能スコアが「正常」とされるグレード1あるいは2の馬の7%は運動中に動的喉頭虚脱を示した。診断モデルの感受性は、吸気音の経歴とその部分の筋肉の萎縮の触知を加えたときに向上(80%)した。

結論と潜在的関連: 上部気道の動的閉塞の診断において安静時の馬の上部気道の内視鏡検査は信頼性がなく、手術を決断したり、あるいは売買時の馬の評価として単独で用いられるべきではない。

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 この論文の結論はセンセーショナルでショッキング。

安静時の内視鏡検査では手術適否を判断したり、馬の売買のための評価はできない」ということになると、片っ端からトレッドミルで走らせなければならなくなる。

トレッドミルで馬を走らせるのは、かなり手間がかかり、すべての馬で安全と言うわけではなく、まして調教できていない馬では危険すぎる。

 この論文でも述べられているように、「喉鳴り」の履歴をきちんと聞くとか、触診して筋肉の萎縮を確かめるなどすると診断率は向上する。

経験のある調教師、乗り役、そして獣医師の総合的な判断は、安静時の内視鏡検査の欠点を補ってくれるだろう。

 また、治療方法を考えると、DDSPにしても保存的な方法も外科的な方法も90%以上の治癒率とは行かない。それなら、DDSPや口蓋の不安定には、「負担の少ない、実施しやすい方法からやってみる」で良いのかもしれない。

「100%の診断がつけば、9割以上の確率で治せる方法がある」というわけではないのだから。

 喉頭片麻痺については、Tieback手術(喉頭形成術)の成績はもっと良くなくて、多くの外科医が「五分五分ですよ」と説明している。(学術的には7割以上の馬が改善されているはずでも、馬主・調教師は馬が勝てるようにならないと満足しない! 喉鳴りしない馬でも勝てない馬はいくらでもいるのに!)

だから、Tieback手術をするかどうかは、「このまま調教や競走を続けられるかどうか」が基準になる。

安静時「正常」に見えても7%の馬は運動中に喉頭虚脱を起こす。安静時異常があるように見えた馬の19%は、運動中には喉頭虚脱は起こさない。だからと言って、ほとんどの馬をトレッドミルを使って診断できるようになるだろうか?Photo_152

正確に診断がついても、治療成績は50-50なのだ。

 ただ、トレッドミル運動中に内視しないとまったく診断がつかない動的閉塞もある。たとえば、披裂喉頭襞の虚脱(右上)とか、声帯だけの虚脱(右下)、etc.

これらが疑われたときにはトレッドミル運動中の内視鏡検査をできるようにしておきたいものだ。Photo_153

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 馬の喉鳴りについて知っておいてもらいたいこと。

馬の喉鳴りの問題は複雑。内視鏡で見ればわかるというものではないので、症状、経過、競走成績などから総合的に判断する必要がある。

診断も治療も、100%にははるかに及ばない。

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Pb110015 ついでに写真を載せておこう。

左披裂軟骨と右声帯の虚脱(左)。Photo_154

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          右披裂喉頭蓋襞と左声帯の虚脱(右)

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Photo_155 右披裂喉頭蓋襞と左披裂軟骨の虚脱(左)