真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「淫行 見てはいけない妻の痴態」(2010/製作・配給:新東宝映画/脚本・監督:深町章/企画:福俵満/撮影:清水正二/編集:酒井編集室/録音:シネ・キャビン/助監督:佐藤吏/撮影助手:海津真也/照明応援:広瀬寛巳/スチール:津田一郎/現像:東映ラボ・テック/応援:小川隆史・小林徹哉/出演:奈月かなえ・亜紗美・里見瑤子・西岡秀記・久保田泰也・川瀬陽太)。出演者中、奈月かなえがポスターには水原香菜恵。改名したらしい、何を今更といふのは禁止だ。
 電話のベルとともに、「隣の奥さあん、お茶しませう☆」と里見瑤子の軽快なシャウトにて開巻。
 そんな訳で園山明子(奈月)を訪ねた黒崎悦子(里見)は、ダイニング机上に積まれた大量の洗剤・サランラップその他に、お隣が新聞を替へた気配を嗅ぎつける。ここで、寄り道して細部の外堀を埋めておくと、園山家物件が主には小川(欽也)組でも御馴染み、伊豆大室高原はペンション花宴。あくまで民家設定ゆゑ、花宴であるのを明示するショットは抜かれず。話を戻して、明子は現に、新聞を関東タイムズから毎朝新聞に替へてゐた。すると悦子こと里見瑤子は、「喪服妻暴行 お通夜の晩に」(1998/監督・脚本:遠軽太朗/未見)でデビュー以来何時の間にか十二年、未だ失はれぬどころか、寧ろ昨今輝度を増したとさへ思へる瞳をキラッキラと輝かせる。無邪気さと、同時に不純さとを完全に並行し得るメソッドは、名人芸の領域にをも達しつつあるといへよう。俄に点火した悦子いはく、オッサンの関東タイムズとは異なり、毎朝の新聞配達員は若くイケメンであるとのこと。とかいふ次第で殆ど尋ねられてもゐないのに、悦子はたまたま昼下がりの自慰の最中に集金に訪れた轟渉(久保田)を、何のかんのと言ひ包め喰つてしまつた火遊び自慢を嬉々と語る。その夜、マンガ好きの明子夫・高志(西岡)が、弟・健二(川瀬)が翌日青森から上京して来る旨を妻に報告する。その晩は特に意に介するでもなく、二人は健二が居ると流石に憚られる夫婦生活を楽しむ。ところが、いざ現れた健二は、恋人の山越谷江(亜紗美)を連れてゐた。両親同士が犬猿の仲で結婚が許されないゆゑ、何と駆け落ちして来たのだといふ。当然ながら度肝を抜かれる園山夫婦に対し、健二は十五年前に長男の高志ではなく、次男の自分が家業である農家を継いだ貸しの一点張り。ステレオタイプな傍若無人ぷりをズーズー振り回す健二と谷江は、兄宅とはいへ勝手に転がり込んだ家で恣な情事に励む大飯は喰らふ、挙句にデズニーランド―劇中健二・谷江による呼称ママ―に行くとなると金まで無心する、絵に描いたやうな遣りたい放題。結局、それ以上セクシャルな方向に膨らむ訳では別にない十五年前の借りを持ち出されると、高志がこの期に力無く健二に対し何もいへなくなることも含めて、明子は自分達の生活が完膚なきまでに脅かされる鬱屈を、至極全うに爆発させる。
 前年お盆映画の「よがり妻」(2009)以来、深町章にしては非常に間の空いた新作は、嘘か誠か出来れば嘘であつて欲しい、新東宝の―少なくとも従来型―ピンク映画撤退最終作も噂される一作。因みに本作の封切りは大晦日、即ち2011年正月映画といふ寸法になる。改めて整理すると、序盤で悦子が種を蒔き、流麗に移行した中盤で、望まれぬ闖入者カップル登場。ここで尺をタップリタップリ費やし、当初主眼の筈である「新聞配達は二度ベルを鳴らす」は一体何処に忘れ去られたのかと不安にもなりかけた頃合を見計らふかのやうに、再登場を果たした悦子が轟召喚。巧みにその場に交錯した川瀬陽太が頑丈なコメディ芝居で牽引する狙ひ澄まされた一ネタを撃ち抜くや、そのままの勢ひで磐石の落とし処に叩き込んだ映画をチャッチャと畳む。序破急様式の完成形ともいふべき、工芸的な一品。物語自体のどうといふこともなさが、逆に量産型娯楽映画としての肩肘張らないスマートさを感じさせる。完璧な構成によつて編まれた、他愛もない艶笑譚。正しく、これぞ深町章ここにありをさりげなく轟かせる何気ない佳篇の中にあつて、唯一の瑕疵は出番も台詞も然程多くはない点から、通り過ぎても別に構はないのだがイケメン新聞配達員・轟に扮する久保田泰也の、表情も兎も角肉体の緩み。大体が、一番の若造が最も体に締りがないとは何事か。我ながら牽強付会も清々しいと思へなくもないものの、若手俳優部に顕著なこの辺りの構造的な貧しさが、新東宝のピンク撤退が囁かれるに至る正直絶望的な現況に、象徴的なものともいへるのではなからうか。直面せざるを得ない暗鬱から目を逸らすかの如く今作に話を絞ると、オーラスに繰り返される里見瑤子のシャウトが明子の再び穏やかな日常の回復を、荒れた一夜明けの朝日のやうに朗らかに宣言する。

 本来のピンクもさて措いた新東宝ではあるが、四畳半襖の下張りと羊の頭を偽り夫婦善哉といふ狗の肉を売つた、「新釈 四畳半襖の下張り」(2010)に続き愛染恭子が麻美ゆまを主演に迎へ再び無闇なテーマを向かうに回す、一応ピンクの番線に含まれてもゐるとはいへ、一目瞭然、狭義のピンク映画とは非なる以前に似てすらゐないキネコ・シリーズ最新作「阿部定 ~最後の七日間~」(脚本:福原彰)が、7/22に封切られる。提携先がこれまでの竹書房から、GPミュージアムソフトへと移行したやうだ。さうであるならばどうせなら、城定秀夫を連れて来て呉れよだなどと、明後日な希望も湧いて来ぬではない。

 以下は再見に際しての覚書< 園山家玄関口にて、世間話調に兄嫁の奈月かなえを褒めたことに脊髄反射で嫉妬の角を生やす恋人の亜紗美に対し、川瀬陽太が久保新二ばりにどさくさで紛れて叩き込んだ小ネタが、「わがままジュリエット」。


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