垂直上昇


D850 + SIGMA 35mm F1.4 DG HSM

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大平洋戦争の日本海軍機に雷電(らいでん)という戦闘機がある。
零戦に引き続き堀越二郎技師が設計にかかわった機種である。
敵の大型機(爆撃機)への迎撃を想定し、上昇力や速度、攻撃力を重視する設計が採られた。
しかし旋回性能のいい零戦に乗り慣れた搭乗員たちからは、癖の強い雷電は嫌われ、当初事故も多かったことから欠陥機と決め付ける者までいた。

戦時中横浜にいた僕の父親が、時折雷電のことを話した。
図太いエンジン音を響かせながら、雷電は急角度で上昇していったという。
スマートな零戦を見慣れていた目には、雷電のずんぐりむっくりの太い機体は異様に映ったのだろう。
力任せに上昇していく強烈なエンジン音も、恐らく聞き慣れないものであったと思われる。

戦闘機用のエンジンでは要求されるパワーを得らず、やむなく直径の大きい爆撃機用エンジンを搭載したため、雷電は胴体の太い特殊な形状になった。
敵の来襲に対しいち早く上空に到達し、強力な火器で直線的に攻撃する能力が要求され、航続距離や旋回性能は犠牲にされた。
そのコンセプトが理解されず、この旋回性能では役に立たないとされ、一時開発縮小に追い込まれた。
本土が空襲される段になり、雷電の性能がやっと見直されたが、もはや敗戦は濃厚で、時既に遅しであったという不運な戦闘機である。
だが雷電の特異な形状の機体は、飛行機好きには妙に訴えてくるものがある。

ところで当時のレシプロ戦闘機は、真上に上昇することが出来ない・・という事実をご存知だろうか。
推力が機体の重量に負けているのである。
もちろん宙返りは出来るが、あれは勢いをつけてから急上昇して一回転するのである。
真上を向いたまま上昇を続けると、どんどん速度が失われていき、最後は停止して落下してしまう。

飛行機は飛行中何か動作をするたびに速度と高度を失っていく。
戦闘中に速度を失うと命取りになるため、如何にそれらを維持したままロスなく飛べるかが重要になる。
恐らく父の見た雷電も、零戦に比べれば急角度で上って行ったとしても、垂直上昇したというわけではないだろう。
来襲した敵機を迎え撃つべく、最大限の角度で上昇していったのだと思う。

その父と二人で初冬の北海道を旅したことがある。
僕が就職して間もない頃なので、もう30年以上前の話である。
父親は北海道の出身で、親戚が北海道各地にいる。
その時は二人で北海道の親戚巡りをした。

その帰り、恐らく古いほうの千歳空港だったと思うが、離陸までに時間があったため、二人で空港の建物の屋上に上り飛行機を見ていた。
天気はあまりよくなく、どんよりとした雲が上空の低い位置に垂れ込めていた。
自衛隊の基地があり、目の前の滑走路には民間機ではなく自衛隊の戦闘機が待機していた。

我々の目の前で、F-15戦闘機が離陸を開始した。
屋上には我々しかおらず、寒い中二人でバーバリーのコートを着てその様子を見ていた。
まるで我々のために飛んでくれるような贅沢な時間であった。

轟音を発しながら滑走を開始したF-15は、ふわりと地上を離れたかと思うと、いきなり機首を真上に向けた。
そしてそのまま垂直にグングン上昇していき、あっという間に雲の中に突入し視界から消えてしまった。
機体は見えなくなったが、その後も音だけは衰えることなく、轟音が辺りに鳴り響いていた。

あまりに凄い動きに呆気にとられて見ていた。
離陸と同時に真上に上昇していくのである。
現代のジェット戦闘機にはこんな飛び方が出来るのか・・と感心してしまった。
恐らく父親も、無言ではあったが、F-15の垂直上昇には驚いたはずであった。
推力任せの強引な上昇は、プロペラ機では到底不可能な飛び方である。

後でわかったのだが、強力なジェットエンジンを搭載したF-15は、垂直上昇できる機体として登場当時から話題になっていたらしい。
ジェット機でもすべての機体が垂直上昇できるわけではないのだ。
しかし父親と二人きりであの垂直上昇を見ることが出来たのは、今にして思えば意味のある貴重な体験であった。
雲の中に消えていったF-15のライトグレイの機体が、今でも目に焼きついている。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (銃好き)
2018-05-17 23:13:05
北海道は開拓時代からなので私も親戚がいます。
イーグルの垂直上昇は良いですね。
 
 
 
Unknown (COLKID@自分の部屋)
2018-05-17 23:57:13
私も父親の関係で子供の頃からよく北海道に行っていました。
ミグ25は垂直上昇できないようですね。
 
 
 
Unknown (タカ)
2018-05-18 02:23:17
F-15は初めて推力重量比が1を越えた機体だったはず。
かなり長い間(もしかすると今でも)、世界最高の上昇記録を保持していたと思います。
 
 
 
Unknown (COLKID@会社)
2018-05-18 07:55:27
かなり古い戦闘機なのにステルス性以外は今でも性能面でトップクラスというのが面白いですね。
 
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