スーッ


Z9 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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お墓や神社をお参りする時、手を合わせて目を閉じて頭を下げて拝む。
子供の頃から、訳も分からず習慣としてやっていた。
儀式のようなもので、周りの人と同じように、ただ手を合わせて拝んでいた。

拝みながら願い事をすると叶うのかと思い、いろいろとお願いをする事もあった。
しかし考えてみれば、神様や仏様を前にして、一方的にこちらの要望ばかり伝えるのもどうなのだろう・・・
欲の深いやつめと、かえって罰が当たりそうだ。

そのためある時から、あまり願い事はしないようになった。
かと言って、わざわざ神様に話しかけるのに、全く何も伝えないのも申し訳ない。
そこで感謝の意を込めて、これからも見守ってくださいとだけ伝えるようにした。

その頃からだろうか、拝んでいると、頭の中に何かがスーッと沁みこんでくるのを感じるようになった。
森林浴をもっと強くしたような、目に見えないエネルギーを浴びているような感覚である。

霊感の強い人なら何かが見えるのかもしれないが、僕の場合はせいぜいそのスーッ程度である。
試しに何も無いところで手を合わせてみても、ほとんど何も感じない。
お寺の本堂や神社の本殿、お墓や仏壇など特定の場所で強く感じるから、やはり何か理由があるのだろう。

興味深いのは、場所によってその強さの度合いが異なることだ。
お彼岸にお墓参りに行って来たが、いつも通り自分の家のお墓で拝んだら、やはりジワーッと感じた。
父親か祖母か、あるいは会ったことのない祖父の念が伝わってきたのか・・・

その後、同じ墓地内にある、知人のお墓に立ち寄って、お参りをするのがいつもの習慣になっている。
我家にそのお寺を紹介してくださった方だ。
記憶にはまったく無いのだが、僕が赤ん坊の時に、その方に抱かれている写真が残っている。

ところが今回は、自分の家のお墓より、そちらのお墓の方が強くスーッを感じた。
エネルギーが強い時は、痺れるようにジーンとくる。
なぜそちらで強く感じたのかは分からないが、歓迎されているのだと勝手に解釈することにした(笑)

そのジーンの度合いを、毎回チェックするのが、密かな楽しみになっている。
さすが有名な神社仏閣では、うわっ、ここは強いな・・と感じることがある。
一方で思ったほどでもないところもある。
多分相性のようなものがあるのだろう・・と考えている。
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