白い犬


D810 + AF-S NIKKOR 35mm f/1.4G

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会社に向かう車で、白い犬を飼う家の前を通る。
玄関の扉の前に、その犬はつながれている。
今日はどうしているかなと、通り過ぎる時にチラリと見る。

信号につかまり、その犬の前で車が停まることもある。
窓を開けて声をかけるが、犬はこちらを見ようとしない。
声をかけられているのは知っているのに、わざと無視するのだ。

通りに面したところで、駅に向かう通行人が大勢通る。
中の何人かが、その犬に声をかけているのを見たことがある。
お菓子を貰ったその犬が、喜んで尻尾を振っていた。

現金なやつだ。
車のドライバーからは、何も貰えないことを知っているのだ。
大勢の人間に接して、擦れてしまったのだろう。
何もよこさないやつには、おべっかなぞ使えるか・・という態度だ。
所詮は浅はかな動物である。

何年にも渡り、その犬の前を車で通過した。
犬も歳をとり、だんだんと衰えてきた。
腰が大きく曲がり、脚を引き摺りながら、ヨタヨタと歩くようになった。

見ていて哀れなほど、痛々しい姿になった。
常にうつむいて、暗い表情をしている。
腰が曲がってしまい、真っ直ぐ正面を見ることが出来ないのだ。
何とか立ち上がるが、その場で意味も無くクルクルと回るだけである。

車の中から声をかけても、まったく反応しない。
どうやら耳が遠くなり、音が聞こえないようだ。
あるいは半分ボケてしまったのか・・・

冬の始まりの頃、いつものその場所から、犬がいなくなった。
犬小屋もなくなっている。
ついに死んでしまったか・・・
と思ったが、数日後、飼い主が扉を開けた時に、玄関の土間に犬がいるのが見えた。
弱々しい姿を見かねて、寒いときは中に入れてやることにしたのだろう。

日中の暖かい時間帯は、以前の場所に戻されて、アスファルトの上で寝転んでいる。
時折何を思ってか立ち上がり、うつむいたまま円を描いてヨタヨタと回る。
その運動の繰り返しである。
自然界だったら、とっくに死んでいるだろう。

ある日、横になった犬の目の前に、大きなムクドリが降り立った。
犬からほんの50センチほどの場所で、少し首を傾げながら犬の様子を窺っている。
本来だったら、非常に危険な位置である。

こいつはもう怖くない・・と判断したのだろう。
まさか友人を見舞いに来たわけではあるまい。
自分が優位にあることを、近付くことで確かめているのだ。
犬は何も出来ず、あるいは気付いていないのか、寝そべって頭を垂れたままで、まったく無反応であった。

それにしても、動物というのは愚かなものである。
力関係が逆転すると、すぐに馬鹿にしたような行動をとる。
この犬だって、自分に恩恵の無いものには、わざと無視するような態度をとっていた。
まあ人間にも似たような奴が、いないでもないのだが・・・
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