酒飲み


D3X + LEICA APO-MACRO-ELMARIT-R 100mmF2.8

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父が元気だった頃、家に遊びに来た伯父と、二人でよく酒を飲んでいた。
居間のテーブルに並んで座り、楽しそうに杯を傾けていた。

伯父は特攻隊の生き残りの元飛行兵で、出撃の直前に終戦を迎え命拾いした。
その後外交官として活躍し、長年諸外国で暮らし、かなり危険な場面も通り抜けてきたが、退官してからは自由な毎日を楽しんでいた。

父は焼酎を飲み、伯父は主にウィスキーを飲んでいた。
グラスが空になるのに気付くと、互いに酒を注ぎ足していた。
そこに母方の祖母が、二人の好きそうなものを作って、台所からそっと運んでくる。

僕はその隣に座り、二人が飲む様子を観察していた。
ところが、二人はほとんど会話をしない。
グラスに酒を注ぎ、ウムとかフムとか、呻くような声を上げて、ただ楽しそうに酒を飲むだけだ。

それだけで通じ合うものがあるらしい。
祖母も長く話すことはなく、ただ微笑みながらお皿を置いていく。

僕としては、見ていても訳がわからない。
まったくこの二人は・・と言って、あきれて席を立つのだ。

父が亡くなった時、伯父がひとりで寂しそうに祭壇の前に立っているのを見た。
伯父は無言で父の遺影を見つめていた。

その伯父も、それから数年後に亡くなった。
その葬儀の席で親類の一人が、今頃僕の父親が、おお、来たかと言って、二人で飲んでいるのではないか・・とつぶやいた。
誰もが同じ事を考えていたようだ。
祖母はもうずっと前に亡くなっており、三人ともこの世の人ではなくなった。

最近、母親の姉妹の霊感の強い叔母から話を聞いた。
夢の中で、僕の父親と伯父が楽しそうにお酒を飲んでいるのを見たという。
それに祖母が、黙って料理を出していたというのだ。

母親は、あの三人なら、きっとそうでしょうね・・と感心して聞いていたが、僕は少し不思議な気分になった。
僕の父親、それに母親の姉の伴侶である伯父、さらに母方の祖母・・・
三人にはまったく血の繋がりは無い。
それなのに、あの世に行っても、直接の血縁者である親や兄弟ではなく、気の合う人と一緒に酒を酌み交わしていることが、奇異に感じられたのだ。

人間の関係というものは、やはりそういうものなのだろうか?
あの世というものが、どのようなところかは知る由もないが、案外現世での出来事が、そのまま引き継がれている場所なのかもしれない。
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