酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「レッツ・プレイ・トゥー」&「永遠のジャンゴ」~新宿で2本の音楽映画を観賞した

2017-12-12 22:37:37 | 映画、ドラマ
 先週末から風邪をひき、今日は自宅アパートの階段から落ちて口唇部を切って血がドバドバ……。流れは最悪でブログも捗らない。今稿のネタはタイムラグが相当あるので、中身はフレッシュさを失ってしまった。

 「柳家三三・春風亭一之輔二人会(6日、よみうりホール)は、睨み合うポスター通りの展開だった。一之輔がスピード感と絶妙な間で「富久」を披露し、仲入り、遠峰あこ(アコーディオン芸人)を経て三三が高座に上がる。演目の「嶋鵆沖白浪」は幕末から明治期にかけ圓朝と並び称された燕枝の長編噺で、当夜演じたのは触りの部分である。枕一切なしに、三三の気合が表れていた。

 先週は、新宿ピカデリーでパール・ジャムのドキュメンタリー「レッツ・プレイ・トゥー」(17年、ダニー・クリンチ監督)、新宿武蔵野館で「永遠のジャンゴ」(16年、エチエンヌ・コマール監督)の2本の音楽映画を観賞しだ。まずはパール・ジャムから……。

 1990年以降、最もオーソドックスなロックバンドを挙げると、アメリカならパール・ジャム、イギリスならステレオフォニックスだ。それぞれのフロントマン、エディ・ヴェダー、ケリー・ジョーンズはザ・フーの影響を受け、普遍性を追求している。

 <悲しい時、幸せな時、打ちひしがれた時、希望を抱いた時……。どんな時にもパール・ジャムはそばにいる>というファンの声に納得した。パール・ジャムはレーベルの制止を振り切ってライブ音源をブートレッグとして発売し、チケットマスターに抗して独自でツアーを敢行した。ブッシュ大統領をステージで揶揄し、著名ロッカーとしてエディは唯一、イスラエルのガザ無差別空爆に抗議した。

 反骨のバンドというイメージがあるが、「レッツ・プレイ・トゥー」のテーマは愛と絆だ。シカゴ出身のエディは少年時代から弱小球団カブスの熱烈なファンで、野球を題材にした曲も作っている。「レッツ・プレイ・トゥー」は「さあ、もう2試合やるぜ」の意味で、本作でも効果的に使われている。

 全米屈指のロックスターになってからも、エディは旧友たちとカブス戦を観戦してきた。本作はリグレーフィールドでのライブ映像とカブス108年ぶりのワールドシリーズ制覇をカットバックして、ドラマチックに描いている。世界一に輝き歓喜するナインの輪の中に、もちろんエディの姿があった。

 メンバーと交流のあるデニス・ロッドマン、ALSを発症したスティーヴ・グリーソン(元NFLセインツ)がステージに上がる。何より感銘を覚えたのはバンドとファンの絆の深さだ。この四半世紀、彼らは自分の思いの丈を正直に表明してきた。観衆に「あなたは何回目」と尋ねると「65回目」といった数字が正確に返ってくる。パール・ジャムはファンの心に刻印を押しているのだ。

 「永遠のジャンゴ」は後生のギタリストに絶大な影響を与えたジャンゴ・ラインハルトの戦時中の行動に照準を定めている。冒頭、ナチスが支配するパリ郊外で、ジプシー(ロマ)たちが惨殺された。その中にジャンゴが尊敬する老ミュージシャンもいた。ベルギー出身のジプシーであるジャンゴは怒りを覚える。

 一方でジャンゴは、ドイツでナチス幹部の前で演奏するよう持ち掛けられる。タイトルに〝永遠〟がついている以上、ジャンゴが承諾するはずはない。かといって、面と向かって拒絶すれば、家族や仲間に累が及ぶ。

 本作の魅力のひとつは、ジプシージャズ最高のギタリスト、ストローケロ・ローゼンバーグが音楽を担当していることだ。ジャンゴ役のレダ・カテブは地味な演技派で〝華〟はないが、ささやかな表情と目の動きで追い詰められた主人公の心中を表現していた。

 ジャンゴを見いだしたルイーズ(セシル・ドゥ・フランス)は、敵なのか、味方なのか、保身に走っているのか、俯瞰の目で善を導いているのか……。二人の愛と絆が物語の回転軸になっていた。ジャンゴはナチス有力者が集う宴で、指示通り控えめに演奏するが、音楽の魔力に誰も逆らえない。抑制の衣は脱ぎ捨てられ、異変は起きる。

 別稿で記した「本を読む人」を重ねていた。ジプシーの家族を描いた作品で、ジャンゴ一家に通底する部分がある。虐殺されたジプシーに捧げた「レクイエム」を演奏するラストに感銘を覚えた。
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