酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「彼女の人生は間違いじゃない」~ヒロインの透明な存在感

2017-07-24 22:09:58 | 映画、ドラマ
 ケン・ローチ監督、ツツ大主教も中止を要請したレディオヘッドのイスラエル公演は先日(19日)、予定通り開催された。一方で、「アーティスト・フォー・パレスチナ」の主要メンバー、ロジャー・ウォーターズの北米公演に中止の圧力がかかっている。

 背景にあるのは議会で審議中の<イスラエル批判禁止法=イスラエルに対するボイコット・投資引き揚げ・制裁措置に刑事罰を科す>で、ウォーターズの言動はボイコットに抵触する。パレスチナへのジェノサイドを看過する独政府を批判したギュンター・グラス、ガザ無差別空爆に抗議したエディ・ヴェダー(パール・ジャム)も組織的な意趣返しに晒された。

 「対パレスチナ政策を現地で批判した瞬間、狂人扱いされ、目の前に鉄の壁が降りてきた」(趣旨)とウォーターズは語っている。<ガザに投下された爆弾が命中するたび、観覧席に集まった人たちは乾杯していた>と、アウシュビッツのナチス将校を彷彿させる光景を報じたリポーターは翌日、CNNを解雇された。議会、興行界、メディアを牛耳る隠然たる力に、レディオヘッドは怯えたのだろうか。

 新宿武蔵野館で先日、廣木隆一が自身の初小説を映像化した「彼女の人生は間違いじゃない」を見た。<福島の今>を直視した本作は15日に公開されたばかりなので、ネタバレは最小限にとどめたい。自分のことをマトモと考える人(特に女性)は「彼女の人生は間違っている」と感じるかもしれない。

 東日本大震災で被災したみゆき(瀧内公美)は市役所に勤務する傍ら、週末は夜行バスで上京し、渋谷でデリヘル嬢をしている。バスの窓から見える景色は、みゆきの心象風景と重なっているはずだ。設定に注目したのか、多くのメディアで取り上げられている。冒頭の除染のシーン、廃墟と化した街並みなど、癒えぬ傷がスクリーンに映し出される。

 津波で母を亡くしたみゆきは、仮設住宅で父(光石研)と暮らしている。妻と仕事(農業)を奪われた父は、補償金をパチンコにつぎ込む日々だ。もうひとりの主人公といえるのが市役所の同僚、新田(柄本時生)だ。震災と原発事故で家族は離れ離れになり、幼い弟と暮らしている。

 新田の心境は同性でもあり理解出来た。不器用な新田を変えたのは、馴染みのスナックでバイトしている東京在住の女子大生、沙緒里(蓮佛美沙子)である。<福島の今>を卒論のテーマに据えた沙緒里の積極的な生き方に刺激を受け、新田も自分の殻を打ち破る。海辺で見せた吹っ切れた笑みが印象的だった。

 みゆきの思いに迫るのは難しかった。俺は風俗に偏見はないし、大体の仕組みは把握しているつもりでいる。風俗や売春を体験した女性と話したこともある。家庭崩壊やDV、決定的な貧困などステレオタイプだったことは否めないが、みゆきの場合、収まりのいい理由を見つけられなかった。

 本作で際立っていたのは、瀧内公美の透明な存在感だ。アンニュイで影があり、微妙なしぐさや表情でみゆきの心情を表現していた。唯一、感情を爆発させたのは面接のシーン(回想)だ。マネジャー兼ドライバーの三浦(高良健吾)に、いかにデリヘルで働きたいか切実に訴え、採用される。みゆきが抱える虚無の根源は、生き残ったことの罪の意識、崩壊感覚といった奥深い闇かもしれない。

 ラストに近づくにつれ、父娘に光が射してくる。三浦の公私における再スタートに感銘を覚えたみゆきはエンドマークの後、生き方を変えるかもしれない。父も心の中で母と別れを告げることで、次なるページに踏み出していく。彼女の人生は、そして父の人生も間違いじゃない……。観賞して数日経ち、被災地とデリヘルを無理に結び着けようとして踏み入れた迷路から、ようやく解放された。

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