酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ヴィック・ムニーズ/ごみアートの奇跡」が写すブラジルの光と影

2017-04-24 22:40:43 | 映画、ドラマ
 〝14歳の大器〟藤井聡大四段が、「炎の七番勝負」(企画=AbemaTV、非公式戦)最終局で羽生3冠を破り、6勝1敗でシリーズを終えた。対局者は羽生のみならず、若手精鋭、タイトル獲得経験者の現役A級と錚々たる顔ぶれだった。公式戦では無敗(12連勝)の快進撃を続けている。

 昨年の今頃、藤井は三段リーグ(29人中27位)を戦い、13勝5敗(もしている!)で10月に四段(プロ)になる。将棋界には<TV対局はオンエアまで結果は明かさない>という不文律があり、羽生戦が行われたのは2月のことである。成長曲線の傾きに驚嘆するしかない。創造性、直観力を評価する声も高く、ネットで棋譜をチェックすることにした。

 〝60歳の怠器〟は50代になって少し勤勉になったが、遅きに逸した感は拭えない。先週末は映画と落語を満喫した。映画は第16回ソシアルシネマクラブ(高円寺グレイン)で上映された「ヴィック・ムニーズ/ごみアートの奇跡」(10年、ルーシー・ウォーカー監督)、落語はよみうりホールで開催された「よってたかって春らくご17」だ。時系列は逆になるが、まずは落語から……。

 桃月庵白酒「短命」→柳家喬太郞「母恋いクラゲ」→春風亭一之輔「かぼちゃ屋」→三遊亭白鳥「豆腐屋ジョニー」→柳家三三「殿様と海」の順で、爆笑が途切れることなく会は進む。いつも感心するのは、後で上がる噺家が前の高座をチェックし、アドリブで組み込んでシンクロさせていることだ。

 「落語家は気楽な稼業」のフレーズを古今亭志ん生や三遊亭円生の枕で何度も耳にしたが、当の二人を含め、そう考えているトップは皆無だろう。旬のエリートが集うホール落語に何度か足を運んだが、今回は白眉だった。開放感と緊張感が混ざり合い、客席に放射されていた。白酒と一之輔は古典を現代風にアレンジして疾走する。あとの三つは新作落語で、喬太郞と白鳥は尋常ではない弾けっぷりだった。正統派の三三が心配になったが、喬太郞や白鳥との二人会で芸域を広げた成果か、白鳥作に古典風味をまぶし、トリの貫禄を見せつけた。

 「ヴィック・ムニーズ/ごみアートの奇跡」はリオデジャネイロ郊外に位置する世界最大級のごみ集積場「シャウジン・グラマーショ」が舞台だ。リオ五輪の閉会セレモニーをプロデュースした現代アートの旗手ムニーズが、働く人々の肖像を製作する。ムニーズ自身、中産下層階級の出身だが、幸運にもニューヨークで学ぶチャンスを得て世界に羽ばたいた。当人は<不幸や非運が重なれば、自分もグラマーショで働いていた>と語っていた。

 ムニーズがピックアップしたのは、苦難に挫けることなく、矜持や意志の力を感じさせる人たちだった。その作品は抽象的だが、肝になっているのはモデル自身の希望、気高さである。<描く者―描かれる者>の境界が取り払われ、作品は聖なる輝きに満ちている。高額で落札された作品を含め、世界中で展示された後、モデルたちは新しい一歩を踏み出す。俗から聖への飛翔する瞬間を捉えた奇跡のドキュメンタリーだった。

 映画終了後、ケペル木村さん(ブラジル音楽研究家)のトークイベントが開催される。木村さんの言葉に重なったのは、本作と同じくリオのスラムとごみ集積場を背景に描いた「トラッシュ! この街が輝く日まで」(14年、スティ-ヴン・ダルトリー監督)だった。木村さんが現地を訪ねて見聞した凄まじい格差と貧困、政治腐敗が「トラッシュ!」の背景になっていた。

 ブラジルというと、サッカーとサンバが頭に浮かぶ。情熱的で自由な社会と思いがちだが、実像は異なる。木村さんによれば徹底した階級社会で、ウエーターとして実力を発揮しても、下層階級出身なら決して給仕長になれないという。サッカーやサンバは日本でいう「ハレ」で、辛くて長い「ケ」から自身を解き放つためのツールなのだろう。

 サンパウロを舞台に、1980年代半ばまで四半世紀続いたブラジルの軍事独裁政権下に起きた女性失踪事件を描いた「K――消えた娘を追って」(ベルナルド・クシンシスキー著)を別稿(昨年9月)で紹介した。同書を踏まえ、「独裁政権の傷痕は感じましたか」と87年にブラジルを初めて訪れた木村さんに質問した。負の遺産は当然だが、「音楽に関していうなら、詩の中身がダブルミーニング、トリプルミーニングを志向することで豊かになった」と語っていた。

 前々稿で紹介した現在のイラン映画、そしてかつてのポーランド映画のように、弾圧や検閲が時に表現の深みを増すことがある。映画と木村さんのトークで、ブラジルの光と影の一端を知ることが出来た。
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