酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」~時代の狂気への抗い方

2016-08-22 23:57:24 | 映画、ドラマ
 むのたけじさんが亡くなった。享年101歳である。大往生ではあるが、<戦争の悲惨さを伝え足りない>との無念を抱えた死出の旅立ちだったに違いない。俺はむのさんの著書に縁がなかったが、〝同志〟たちの作品は数多く読んできた。武田泰淳の小説、復員後の兵士の証言を集めた色川大吉の著作、辺見庸の「1★9★3★7」は、いずれも戦争が必然的に人を追いやる狂気を描いていた。

 〝日本文学のトップランナー〟でアメリカでも高い評価を受けている中村文則も短編集「A」(14年)で、中国における日本軍の残虐、従軍慰安婦を題材にした作品を著した。若い世代にも、むのさんの魂は受け継がれている。反骨のジャーナリストの死を心から悼みたい。

 リオ狂騒曲にピリオドが打たれた。閉会式の安倍首相に幼稚な狂気を感じたのは俺だけではないだろう。競技全般で感じたのは、アスリートのセルフプロデュース能力だ。陸上の決勝では、装いに工夫を凝らした女子選手がカメラに投げキッスする。欧米のプロスポーツ選手並みに個を表現する流れと逆行しているのが日本のメディアだ。五輪のメリットに<国威発揚>を挙げたNHKの苅谷解説委員は、〝公認された狂気〟に蝕まれているひとりといっていい。

 日比谷で先日、「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(15年、ジェイ・クック監督)を見た。マッカーシズムという狂気が全米を覆った時代に抗ったシナリオライター、ダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)が主人公で、妻クレオをダイアン・レインが演じている。公開されたばかりなので、背景と感想を中心に記したい。

 マッカーシズムはアメリカにおける反共運動で、日本にはレッドパージとして波及した。<反共>を掲げているが、実態はリベラル摘発で、民主主義者も共産主義者として摘発されている。本作には登場しないが、チャプリンも容共的という理由で追放され、全米史上ナンバーワンの監督と評されるフランク・キャプラも戦後は活動の機会が狭まった。

 ちなみに、キャプラの傑作「スミス都へ行く」のモデルは、ルーズベルトの下、副大統領を務めたヘンリー・ウォレスといわれている。労働者、女性、黒人の権利を尊重したウォレスだったが、立ち位置が真逆のトルーマンに副大統領の職を奪われる。バーニー・サンダースをスミス、あるいはウォレスに重ねて支持したアメリカ人は多い。

 ちなみに本作では、トランボ=共産党員が前提になっている。「金持ちなのに、どうして」という友人の問いに、「狡猾さと理想の結合は最高」とケムにまいていた。信念を貫いたトランボは投獄され、ハリウッドから追放されるが、狡猾さを発揮し、逆襲の機会に向けて爪を研ぐ。

 マッカーシズム、非米活動委員会は幼稚かつ滑稽な狂気を体現していたが、強力なメンバーがスクラムを組んでいた。後の大統領、ニクソンとレーガン、さらに国民的ヒーローのジョン・ウェインもリーダーだった。従軍経験のあるトランボが、愛国を説くウェインに「あなたはどこで戦ったのか」と揶揄するシーンも興味深かった。ちなみに、ウェインは核実験場近くでのロケが原因で被曝し、がんを発症したと指摘する識者は多い。戦場に赴けなかったウェインだが、国策である核開発の犠牲になったことに悔いはなかったはずだ。

 本作には、マッカーシズムに抵抗する映画人も登場する。オットー・フレミンジャー監督とともに、トランボ復帰に大きな役割を果たすのがカーク・ダグラスだ。興味深かったのは映画製作における力関係だ。巨匠キューブリックの「スパルタカス」(60年)に主演したダグラスは製作総指揮を兼ね、圧力を押し切ってトランボに脚本を依頼する。上映反対運動を準備していた右派の意気を挫いたのが、試写会で同作を絶賛したケネディ大統領だった。

 トランボはマッカーシズムの真っただ中で苦闘したが、娘は公民権運動に参加していた。互いの志が共振するシーンが印象的だった。クレオの尽力で家庭の絆も旧に服していく。本作のテーマは、時代の狂気で損なわれた傷の癒やしと和解で、ラストのトランボのスピーチも感動的だった。

 上記の「スパルタカス」以外にも「ローマの休日」、「栄光への脱出」、「ジョニーは戦争に行った」(原作、脚本、脚本)など数多くの名作を世に問うたトランボだが、タイトルの付け方がうまくなかったことが、ユーモアを交えて描かれていた。

 幼稚で凶暴な狂気といえば、ナチズム、そして本作の背景になったマッカーシズムを思い浮かべるが、現在の日本はどうだろう。狂気の色は次第に濃くなっている。危機感を抱いている方は本作をご覧になれば、抗い方のヒントが見つかるかもしれない。
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