酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「料理人ガストン・アクリオ」~アートと思想の美味しい融合

2016-08-26 12:18:47 | 映画、ドラマ
 昨25日夜、都庁前で開催された宇都宮健児氏のリスタートイベント、「困ったが希望に変わる東京へ」に足を運んだ。直前の告知だったが、250人が第一本庁舎前に集結する。永田町の地図に囚われている人たちにとって、<野党統一候補>は今も金ピカの紋所だが、宇都宮氏は都知事選での経緯を踏まえて政党の軛から脱し、弱者の側に立つ姿勢を鮮明に打ち出した。

 巨悪に闘いを挑む(はずの)小池知事にエールを送りつつ、今後を見守っていく……。それが昨夜のトーンだった。無駄な道路建設、築地市場移転問題、厳しい差別と貧困、横田基地とオスプレイ配備、原発事故避難者の現実など、当事者が次々に訴える。総じてたどたどしいが、涙ながらに定時制高校存続を訴えた女性を筆頭に、芯が言葉に詰まっていた。

 永田町の住人の中ではマシな部類の福島瑞穂参院議員もアピールしたが、他の人たちと比べ虚しく響いた。俺はようやく、<現場を持つ当事者によって闘われる>という市民運動の本質を掴めた気がする。昨夏、国会前で政党幹部や知識人がマイクを握ったが、あまりの軽さに苛立って早退した。リアリティーを失った政治の言葉が、当事者たちによって乗り越えられる日が来る……。そんな希望を抱いた夜だった。

 統一地方選や参院選で緑の党推薦候補に寄り添ってくれた宇都宮氏は今、供託金違憲訴訟の弁護団長を務めている。戦前の普選法を受け継いだ不自由な選挙制度こそ、日本に民主主義が育たない最大の理由といえる。宇都宮氏の恩に報いるためにも、微力ながら関わっていきたい。

 2年半前、緑の党で30年ぶりに政治活動を再開したが、事務局の人は入会理由を怪訝そうに聞いていた。俺は日本文学の最前線に触れるうち、共通するテーマ性に気付いた。それは<調和と寛容を重視し、多様な価値観を認めるオルタナティブ>というべきもので、星野智幸、池澤夏樹の小説に顕著に表れている。志向性が共通するグループはないだろうか……、そう考えているうちに発見したのが緑の党である。

 還暦間近といえば人生を畳む時期だが、〝優しく、熱い〟人たちとの出会いによって、俺の人生は大学入学時以来、40年ぶりの春を迎えた。とはいえ、カルチャーに漬かっていた俺は、<二進法>の政治の言葉に馴染めないでいた。光が射してきたのは昨秋だった。オルタナミーティングを主宰し、カルチャーと政治を繋いでいる大場亮プロデューサーに〝弟子入り〟したことで、視界は一気に開けた。

 大場さんが立ち上げた「ソシアルシネマクラブすぎなみ」はグローバリズム、多様性、エネルギーと環境、貧困などをテーマに掲げる作品を毎月上映する。先日、第2回上映会「料理人ガストン・アクリオ~美食を超えたおいしい革命」(14年、パトリシア・ペレス監督)を観賞した。ペルー料理を世界に認知させたアクリオの実像に迫ったドキュメンタリーである。

 イベントは3部構成で、1部は東大民俗音楽研究会による演奏だった。サイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んで行く」(1970年)の原曲など、ペルー音楽の魅力を堪能した30分だった。2部の上映に続き、3部はペルー料理の試食タイムである。20代以降、バルガス・リョサの小説によってペルーと結ばれてきた俺だが、文化全般に通じているわけではない。料理を通して感じたペルーは<混沌と融合>だった。

 アクリオは政治家である父の後を継がず、料理人の道を選ぶ。フランスで修業した後、リマで店を開いた。繁盛したものの、かつて反抗した父に「おまえがやりたかったのは、金持ちにフランス料理を提供することだったのか」と突き放された。グサリときたアクリオは、新たな方向を模索する。

 <ペルー社会を変えた革命家>の評価に偽りないことが、次第に明かされていく。アクリオは搾取されている漁師や農婦と交流し、収穫物を直接仕入れるための手段を講じる。普通の主婦と歓談し、彼女のレシピを経営する店のメニューに加えていた。貧困な若者のために料理学校を設立し、彼らの才能を伸ばしている。

 政治で叫ばれる<改革>は大抵インチキだが、アクリオは格差社会の矛盾に切り込み、流通機構を改善している。併せてペルーの文化と環境への敬意を、料理で表現していた。アクリオの革命は世界に波及し、数々の栄誉に浴するが、当人には傲慢さの欠片もなく、スクエアな視線で他者と接している。<料理は、星(採点)の数より、笑顔の数だ>というアクリオの言葉が、本作を的確に表している。

 アクリオが海辺に佇む光景と重なったのは、別稿(7月30日)で紹介した「悪い娘の悪戯」(バルガス・リョサ著)のワンシーンだ。老アルキメデスは海辺で瞑想し、防波堤の効果の有無を、神の啓示の如く提示する。アクリオもまた、海、山、そしてペルーの自然と交感しながら、インスピレーションを得ている。アートと思想を美味しく融合したアクリオの今後にも注目していきたい。
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