酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「悪いやつら」~ペーソスに満ちた裏社会版ホームドラマ

2013-09-11 23:17:37 | 映画、ドラマ
 日本で今、最も信用がない東京電力にダメ出しされたのが、IOC総会における安倍首相の<汚染水ブロック>発言だ。ところが、多くのメディアが安倍演説を〝逆転を呼ぶホームラン〟と称えたことで、東電のトーンも低くなる。この国では、権力者の〝大きな嘘〟は好まれるものらしい。

 開催地決定直前の6日、韓国政府は福島など8県の水産物輸入を全面禁止すると発表した。アジア各国、オセアニア、北米へと波及する可能性もあり、極めて深刻な状況だ。放射能が福島原発から流出したとの〝科学的根拠〟が示されれば、海外からの損害賠償請求は想像を絶する額になるだろう。俺はかなりの楽観論者だが、被災地のシビアな現状を合わせて考えると、五輪決定に狂喜する人の気持ちがわからない。

 新宿シネマートで先日、「悪いやつら」(12年、ユン・ジョンヒン監督)を見た。人間の深淵に錨を下ろす韓国映画は多いが、本作は肩が凝らないエンターテインメントだ。元税関職員のチェ・イクヒョン(チェ・ミンシク)と組長のチェ・ヒョンベ(ハ・ジョンウ)が釜山の裏社会で上り詰める過程を描いた作品で、韓国版「グッドフェローズ」が売りだが、泥臭いトーンと薫りは日本のヤクザ映画に近い。

 血飛沫が上がり、切断された手足が転がる日本のヤクザ映画に比べ、暴力シーンは抑え気味だ。日本の俳優に似た容貌とキャラを持つ男たちが次々に登場し、観賞中はデジャヴの連続だった。役得で入手した覚醒剤が、イクヒョンの飛躍(=堕落)のきっかけになった。「韓国人は30年以上も日本の支配で苦しんだ。奴らをシャブ中にしたって構わない」というイクヒョンの台詞に、日本に対する韓国人の感情が窺える。

 イクヒョンがブツを日本に流すために選んだのがヒョンベの組だった。韓国の特殊な事情が本作のキーになっている。四半世紀も前のこと、韓国通の知人は「金大中は大統領になれない」と断言していた。予想は外れたが、確たる理由はあった。金は大統領選で、出身地(全羅南道)で80%以上の票を得たが、他では伸び悩んでいた。日本からは<独裁VS民主主義>に見えたが、地域間の確執の大きさを知人は力説していた。

 本作では韓国における血縁と地縁の意味が、余すところなく描かれている。やさぐれ公務員のイクヒョン、売り出し中の極道ヒョンベ……。力関係は明白なのに、同じ一族、といってもせいぜい五親等(?)ぐらいなのに、年上のイクヒョンは当然のように兄貴風を吹かす。ちなみに、血縁と地縁が効力を発揮するのは裏社会だけではない。部長検事(同じく姓はチェ)は家族に接するように悪党に便宜を図る。悪知恵が働くイクヒョンは、盧泰愚大統領の「ヤクザ組織撲滅宣言」をも逆手に取ってしまう。

 自らの才覚が組織を育てたと自負しているが、イクヒョンに手兵はいない。「俺が兄貴」という思いに駆られたイクヒョンの卑劣さは清々しいほどで、タイトルはむしろ、「悪いやつ(=イクヒョン)」の方が相応しい。ラストは予定調和的で、名士にのし上がったイクヒョンを待ち受けていたのは裏社会の掟だった。

 「チェイサー」の連続殺人犯、「哀しき獣」の追いつめられた殺人請負人、「ベルリン・ファイル」の超人的な北朝鮮諜報員……。本作のハ・ジョンウは冷酷な極道という設定だが、実像は信頼していた兄貴に裏切られるほど人間的だ。一方のチェ・ミンシクは石塚英彦をスリムにした感じで、言動はユーモラスだが、爆発すると手がつけられない。本作は兄弟の情と相克を描いたペーソスに満ちた〝裏社会版ホームドラマ〟といえるだろう。

 韓国人には、狡いイクヒョンが日本、一本気なヒョンベが韓国に重なったりして……。勝者はいずれか、意外に意見が分かれるかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする