弁理士の日々

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特許の補正要件・審査基準の改訂について(2)

2010-02-01 20:57:01 | 知的財産権
前回、「除くクレーム」とする補正に対する知財高裁大合議判決と、その判決が確定したことによって審査基準検討委員会で補正要件の審査基準改定案が提示されたことを紹介しました。

前回、私が大合議判決から抜き出した(1) ~(6)を簡略化して示すと
(1) 補正が,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
(2) 補正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載され,又は自明である場合には,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものである。
(3) 明細書等に具体的に記載されていない事項を補正事項とする場合も,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する補正である。
(4) 引用発明の内容について「除くクレーム」とする補正は,新たな技術的事項を導入しないものである。
(5) 補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。
(6) 「除くクレーム」とする補正についても,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はない。

そして、大合議判決のポイントは以下のようにまとめられます。
① 補正要件の原則的考え方
 補正が,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する補正ということができる。(1)
② 本件「除くクレーム」の妥当性
 「除くクレーム」とする本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかである。従って、本件の「除くクレーム」とする補正は適法であり、妥当である。(3)(4)(5)
③ 現行審査基準の記載
 「除くクレーム」とする補正は上記のように原則として認められるのであるから、審査基準の「『除くクレーム』は例外的に認める」との記載は、特許法の解釈に適合しない。(6)

「除くクレーム」とする補正は、本件もそうですが、当初明細書中に記載されていない事項です。そのため現行の審査基準は、「本来原則として認められないのだが、先願との差異を明確にするなどの特別な場合に限り、例外的に認める」というスタンスです。
これに対し大合議判決は、本件「除くクレーム」とする補正が補正要件を満たしている点を、例外的にではなく認めたのです。上記大合議判決から抜き出した(1) ~(6) に従うと、
(1) で補正の一般原則を明示(上記①)
(3) で当初明細書中に具体的に記載されていない事項で補正する場合の一般原則を明示
(4) で本件「除くクレーム」も(3) が適用されることを説示(上記②)
(5) でさらに補足的説明
というロジックになります。ですから、今回判決の上記②を導くために、明細書中に具体的記載がない場合の(3) の一般原則を避けて通るわけにはいきません。

しかし、今回の審査基準検討委員会に提出された「資料5(pdf)」では、上記(3) については言及されていません。
そして、「新規事項の審査基準改訂骨子(案)」のc.で、「除くクレーム」とする補正について『「例外的に」という言葉を削除する』で終わらせているのです。

『なぜ「例外的に」という言葉を削除できたのか』を論理的にフォローしなかったら、専門委員会で検討したことにはならないと思います。
そして、「除くクレーム」について「例外的に」を削除したとたんに、『では新規性違反や先願との差異明確化という特別の場合でなくても、「除くクレーム」の形式さえとれば、当初明細書中に具体的に記載されていない事項を補正で付加することができるのだな』という疑問が生じてしまいます。また、文言形式上「除くクレーム」ではないが、実質的に除くクレームと同様の効果を発生させる補正だったらどうだろうか、という疑問も生じます。
専門委員の方たちも、当然同じ疑問が湧いたと思います。28日の専門委員会では、この点がどのように議論されたのでしょうか。あるいは何ら議論されずに事務局案を認めたのでしょうか。もし議論されずに事務局案を認めるとしたら、それは専門委員会が思考停止している、ことになりかねません。

専門委員会の議事要旨、そしてその後に議事録が公表されるのを待ちましょう。


なお、知財高裁判決では(2) で『付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。』と説示しており、今回の審査基準改定案でもこの部分を引用しています。しかしこの部分は、「除くクレーム」に関する知財高裁判決では判決を導入する上で必須の項目ではなく、いわば傍論です。その部分をことさら強調することは本来妥当ではないはずです。
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