平成18年(行ケ)10211審決取消請求事件「高分子多層反射物体」(裁判所HP)
拒絶査定不服審判で「請求不成立」との審決を受け、知財高裁の審決取消訴訟で審決が取り消された案件です。
判決の中で裁判所の判断として、「(審決は)本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り、認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。」と認定された点が注目されています。
本願発明は、可視光を半分だけ反射する反射物体(ハーフミラー)であって、屈折率が異なる2種類の高分子層を交互に十分な数だけ積層し、2種類の高分子層の繰り返し単位の光学的厚さが、勾配を有することを特徴とします。可視スペクトルの全範囲にわたって均一な反射をするという効果、最低反射率、厚さ下限、最大最小厚さ比なども請求項に規定されています。
「2種類の高分子層の繰り返し単位の光学的厚さが勾配を有する」というのがわかりづらいですが、「繰り返し単位」というのは2種類の高分子A層とB層を1層づつ積層した単位という意味です。基板上にA層とB層を交互に多数積層します。「厚さが勾配を有する」とは、判決の中では、各繰り返し単位の厚さが、並び順に従って順次薄い方から厚くなるように配列されているという意味で使われています。
刊行物1には、可視光を半分だけ反射する反射物体(ハーフミラー)であって、屈折率が異なる2種類の高分子層を交互に十分な数だけ積層したものが記載されています。「勾配を有する」点、「均一な反射」とする点が記載されていません。
そして刊行物2が登場します。刊行物2記載の発明をどのように認定するか、が問題となります。
この判決、読めば読むほど不可解になってきます。「後知恵(ハインドサイト)のみが問題」なのではありません。
まず審決です。
審決では、刊行物2に「高屈折率と低屈折率の誘電体を交互に、かつ各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている」として、2ページ左下欄~右下欄を示します。
ところが、刊行物2の当該欄には
「多層膜のうち、空気側の半数の膜の最大膜厚は、(基板側の)残り半数の膜の最小膜厚よりも薄い」
ということしか記載されていません。
本願発明の「勾配」が意味する「膜厚が順次厚くなる」ことなど、記載されていないのです。それにもかかわらず、審決はなぜ刊行物2の記載を上記のように認定したのでしょうか。
実は、本願明細書には、「勾配」の意味内容について明確には定義していないのです。審決は、「勾配」を広く解釈し、「膜厚が一定でなければ勾配の範疇に入る」と解釈したのではないかと推測できます。
ところが裁判では、「勾配」について「膜厚が順次厚くなる」で解釈が固まってしまったので、被告の特許庁としては苦し紛れになってしまったのではないでしょうか。
そして刊行物2の別の箇所(第4表)を引き合いに出し、「徐々に一貫して光学的厚さが厚くなっており、勾配を設ける構成が記載されている」から、刊行物2に記載の均一な反射特性を得るために、刊行物1に刊行物2のこの構成を採用することは、当業者に容易、と主張したのです。
刊行物2の第4表には、確かに徐々に一貫して光学的厚さが厚く、勾配を設けた構成が記載されていますが、そのように勾配を設けると均一な反射が得られるとは何ら記載されていません。
そこで裁判所は、「審決が、刊行物2に『可視光全体にわたって高い反射特性を持たせるために、高屈折率誘電体と低屈折率誘電体を交互に、かつ、各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている』と設定し、また、刊行物2により、『可視光全体にわたる反射特性を持たせるために、屈折率の異なる2相を積層するとともに、光学的層に厚さ勾配をもたせること』が公知であると認定したことは、本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り、認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。」と切り捨てたのです。
当然といえば当然です。
被告としては、本願発明における「勾配」の意味内容についてもっと主張すべきだったでしょうね。それと、審決に「勾配」の解釈についてきちんと認定しておくべきでした。
本願明細書は、勾配の意味についてきちんと定義していないし、勾配を有するとなぜ反射が均一になるのかという点も説明していません。そういった点では明細書に不備があります。
もう一つ、おかしなことに気付きました。
本願発明は、刊行物2に記載の発明と同一なのです。
刊行物2には、実施例として、第1表から第8表まで実例が挙がっています。一部該当しないものもありますが、交互に積層された高屈折率と低屈折率の2層を繰り返し単位とし、その厚さを比較すると、どの事例も、空気側から順次厚くなっています。「勾配」になっています。そして最も薄い繰り返し単位の厚さは190nm以上であり、最も薄い厚さと最も厚い厚さとの比は2以上あります。反射率は40%以上です。つまり、本願発明の構成と同一です。
本願発明は請求項で「均一な反射外観」と規定していますが、これは発明が奏する効果です。構成が同じである以上、刊行物2の発明も同様の効果を奏しているはずです。
つまり、本願発明は、刊行物2に記載の発明と同一であるとして特許法29条1項3号で拒絶されるべきなのです。
裁判では、多層膜の積層数が奇数の場合が問題になっています。本願発明は偶数であるべきなのに、刊行物2には奇数の場合が記載されているから、本願発明と異なるというのです。
しかし、本願発明の図14においても、積層数は奇数です。この点について裁判所はなにも触れていません。
私が思うに、トータル積層数が奇数の場合、最初の1層または最後の1層を、発明の構成から除外すればいいと思います。本願発明はトータル積層数が偶数であることとは規定していないのですから。
トータル積層数が奇数の場合の考え方についても、被告は適切な主張ができていません。その結果、裁判所での議論が不毛であったように思います。
裁判所が、「審決は後知恵(ハインドサイト)に陥っている。後知恵を排除したら本願発明は特許されるべき」と判断した判決として注目しましたが、どうも中身はぐちゃぐちゃですね。
拒絶査定不服審判で「請求不成立」との審決を受け、知財高裁の審決取消訴訟で審決が取り消された案件です。
判決の中で裁判所の判断として、「(審決は)本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り、認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。」と認定された点が注目されています。
本願発明は、可視光を半分だけ反射する反射物体(ハーフミラー)であって、屈折率が異なる2種類の高分子層を交互に十分な数だけ積層し、2種類の高分子層の繰り返し単位の光学的厚さが、勾配を有することを特徴とします。可視スペクトルの全範囲にわたって均一な反射をするという効果、最低反射率、厚さ下限、最大最小厚さ比なども請求項に規定されています。
「2種類の高分子層の繰り返し単位の光学的厚さが勾配を有する」というのがわかりづらいですが、「繰り返し単位」というのは2種類の高分子A層とB層を1層づつ積層した単位という意味です。基板上にA層とB層を交互に多数積層します。「厚さが勾配を有する」とは、判決の中では、各繰り返し単位の厚さが、並び順に従って順次薄い方から厚くなるように配列されているという意味で使われています。
刊行物1には、可視光を半分だけ反射する反射物体(ハーフミラー)であって、屈折率が異なる2種類の高分子層を交互に十分な数だけ積層したものが記載されています。「勾配を有する」点、「均一な反射」とする点が記載されていません。
そして刊行物2が登場します。刊行物2記載の発明をどのように認定するか、が問題となります。
この判決、読めば読むほど不可解になってきます。「後知恵(ハインドサイト)のみが問題」なのではありません。
まず審決です。
審決では、刊行物2に「高屈折率と低屈折率の誘電体を交互に、かつ各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている」として、2ページ左下欄~右下欄を示します。
ところが、刊行物2の当該欄には
「多層膜のうち、空気側の半数の膜の最大膜厚は、(基板側の)残り半数の膜の最小膜厚よりも薄い」
ということしか記載されていません。
本願発明の「勾配」が意味する「膜厚が順次厚くなる」ことなど、記載されていないのです。それにもかかわらず、審決はなぜ刊行物2の記載を上記のように認定したのでしょうか。
実は、本願明細書には、「勾配」の意味内容について明確には定義していないのです。審決は、「勾配」を広く解釈し、「膜厚が一定でなければ勾配の範疇に入る」と解釈したのではないかと推測できます。
ところが裁判では、「勾配」について「膜厚が順次厚くなる」で解釈が固まってしまったので、被告の特許庁としては苦し紛れになってしまったのではないでしょうか。
そして刊行物2の別の箇所(第4表)を引き合いに出し、「徐々に一貫して光学的厚さが厚くなっており、勾配を設ける構成が記載されている」から、刊行物2に記載の均一な反射特性を得るために、刊行物1に刊行物2のこの構成を採用することは、当業者に容易、と主張したのです。
刊行物2の第4表には、確かに徐々に一貫して光学的厚さが厚く、勾配を設けた構成が記載されていますが、そのように勾配を設けると均一な反射が得られるとは何ら記載されていません。
そこで裁判所は、「審決が、刊行物2に『可視光全体にわたって高い反射特性を持たせるために、高屈折率誘電体と低屈折率誘電体を交互に、かつ、各層の光学的厚みに勾配をもたせて積層した多層膜が開示されている』と設定し、また、刊行物2により、『可視光全体にわたる反射特性を持たせるために、屈折率の異なる2相を積層するとともに、光学的層に厚さ勾配をもたせること』が公知であると認定したことは、本願発明を知った上でその内容を刊行物2の記載上にあえて求めようとする余り、認定の誤りをおかしたものといわざるを得ない。」と切り捨てたのです。
当然といえば当然です。
被告としては、本願発明における「勾配」の意味内容についてもっと主張すべきだったでしょうね。それと、審決に「勾配」の解釈についてきちんと認定しておくべきでした。
本願明細書は、勾配の意味についてきちんと定義していないし、勾配を有するとなぜ反射が均一になるのかという点も説明していません。そういった点では明細書に不備があります。
もう一つ、おかしなことに気付きました。
本願発明は、刊行物2に記載の発明と同一なのです。
刊行物2には、実施例として、第1表から第8表まで実例が挙がっています。一部該当しないものもありますが、交互に積層された高屈折率と低屈折率の2層を繰り返し単位とし、その厚さを比較すると、どの事例も、空気側から順次厚くなっています。「勾配」になっています。そして最も薄い繰り返し単位の厚さは190nm以上であり、最も薄い厚さと最も厚い厚さとの比は2以上あります。反射率は40%以上です。つまり、本願発明の構成と同一です。
本願発明は請求項で「均一な反射外観」と規定していますが、これは発明が奏する効果です。構成が同じである以上、刊行物2の発明も同様の効果を奏しているはずです。
つまり、本願発明は、刊行物2に記載の発明と同一であるとして特許法29条1項3号で拒絶されるべきなのです。
裁判では、多層膜の積層数が奇数の場合が問題になっています。本願発明は偶数であるべきなのに、刊行物2には奇数の場合が記載されているから、本願発明と異なるというのです。
しかし、本願発明の図14においても、積層数は奇数です。この点について裁判所はなにも触れていません。
私が思うに、トータル積層数が奇数の場合、最初の1層または最後の1層を、発明の構成から除外すればいいと思います。本願発明はトータル積層数が偶数であることとは規定していないのですから。
トータル積層数が奇数の場合の考え方についても、被告は適切な主張ができていません。その結果、裁判所での議論が不毛であったように思います。
裁判所が、「審決は後知恵(ハインドサイト)に陥っている。後知恵を排除したら本願発明は特許されるべき」と判断した判決として注目しましたが、どうも中身はぐちゃぐちゃですね。
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