弁理士の日々

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山口義正著「オリンパス事件」

2012-04-17 20:38:19 | 歴史・社会
サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件
山口義正
講談社

オリンパス事件については、このブログでは去年11月19日に「オリンパス問題と海外メディア」として記事にしました。

オリンパス事件が明るみに出た発端は、月刊誌FACTAの2011年8月号に掲載された「オリンパス 「無謀M&A」巨額損失の怪」でした。もしもこの記事がなかったら、オリンパス事件は結局表に出なかった可能性すらあります。
今回読んだ上記著書の著者である山口義正氏は、オリンパス事件を発掘して上記ファクタ記事を執筆したその本人です。

この著書によると、オリンパス事件解明に至る中心はもちろん山口氏ですが、それに加えて3人の重要人物が登場します。

山口氏に事件発掘の端緒となる情報をもたらしたのは、著書で“深町”と仮名で記されたオリンパス社員です。何らかの理由でオリンパスの闇に触れる機会があったのでしょう。最初は山口氏に
「ウチの会社、バカなことやってるんだ・・・」
「売上高が2億~3億円しかない会社を、300億円近くも出して買ってんだ。今は売り上げも小さいけど、将来大きな利益を生むようになるからって、バカだろ?」
「でもウチの本業とは関係ない会社なんだ。しかも営業赤字でさ」
とぽつりと漏らしたことが、山口氏が知る発端でした。2009年8月です。

山口氏は、日本公社債研究所に勤め、入社と同時に日経の証券部に3年間出向し、その後は公社債研究所の格付けアナリストになりました。そこを2年で退社しましたが、財務分析のイロハを身につけました。

深町氏は、2009年当時は上記程度の情報しか知りませんでしたが、その後山口氏と会話を重ねつつ深く情報を探知してきました。深町氏はおそらく、自分が所属している会社の闇を探求しようとする好奇心がことのほか強く、一方で知ってしまった秘密の重みに耐えられなくなり、誰かに打ち明けずにいられない様子でした。
2011年になると、深町氏の情報はさらに具体的になり、買収された3社の社名も判明しました。そして驚いたことに、深町氏はそれらの買収を決めた際に作成された取締役会資料を入手していたのです。
2011年2月、深町氏が山口氏に「持っている資料は全部、君に渡すよ」と言い出しました。深町氏は、山口氏がジャーナリストであることを承知で資料を渡すわけであり、この顛末が報道されることをこのとき覚悟していたことになります。

深町氏がもたらす情報と、山口氏の財務分析力があいまって、真相が解明されていきました。そして2011年6月、「記事を書くべき時は満ちた」として掲載する雑誌を探し始めます。
オリンパスの問題はにわかには信じられないような内容を含んでいて、山口氏は「お上品な媒体にはとても追い切れないだろう」と感じていました。そこで選んだのが月刊誌のファクタです。ファクタは政治経済を中心とした総合情報誌で、しかも批判対象に聖域を設けない辛口の編集方針でした。

ファクタの編集主幹が阿部重夫氏です。今回の事件解明の3人目のキーパーソンといっていいでしょう。
山口氏が阿部氏と会って調査結果を説明し、取締役会資料を含めて資料を見せたところ、ファクタの次月号への掲載が即決しました。10日後に迫ったオリンパスの株主総会(6月29日)には間に合いませんでしたが。
こうして、ファクタ8月号で「オリンパス 「無謀M&A」巨額損失の怪」が記事になりました。
その最後を締める文章
『収益源の多角化とも純投資とも呼べないいかがわしいM&Aに、菊川会長がなぜこれほど淫したのかの解明は、東京地検特捜部の仕事かもしれない。一連のM&Aで社外に流出した巨額の資金の流れも闇に閉ざされている。オリンパスの「ココロとカラダ」がこれ以上病んでしまう前に、菊川会長には果たすべき説明責任と経営責任がある。』
は、その後の事件の推移をすべて見通すかのような示唆に富んでいました。

ファクタ8月号発行の後、山口氏は阿部氏から「他の雑誌を含めて多くのメディアで追求しないと取り逃がしてしまう」と助言を受け、多くの出版社に説明に出かけました。しかし、東洋経済、アエラ、その他数誌に企画書を送りましたが、いずれからも何の反応もありませんでした。

次に登場する4人目のキーパーソンは、キャノンのマイケル・ウッドフォード社長(当時)です。ウッドフォードとオリンパスOBの友人が連れ立って温泉へ旅行に出かけたおり、友人がファクタ8月号の記事英訳を作ってウッドフォードに見せたのです。そればかりでなく、この友人は一文ごとに噛んで含めるようにして解説を加えたといいます。7月31日のことです。ウッドフォードは日本語が不自由で、オリンパスの他の役員も社員も記事についてウッドフォードに何も知らせていませんでした。山口氏には、この友人の囁きが天の配剤としか思えませんでした。

ファクタ8月号が出た後、オリンパスは会社としては何の反応も示しませんでした。
そんな8月、オリンパス関係者からファクタのもとに情報提供がありました。メールの送信者は、横暴で陰湿な経営陣の秘密を暴くのに役立ててほしいとして情報を提供してきたのです。
メールには、オリンパスが買収した国内3社の一つ、アルティスの事業計画書が添付されていました。少し古い資料でしたが、アルティスの株主構成でオリンパスの保有比率が40%となっており、そのほかの大株主の社名が記入されていました。
少し経ってから、山口氏はピンと来ました。これら記入された大株主こそ、オリンパスが国内3社の株式を買い取った相手ではないのか。
こうして、山口氏は事件をさらに解明していく糸口を掴んだのです。
ファクタ10月号では、買収資金の流出先をテーマに第2弾を書きました。ウッドフォードは知人の翻訳家にこの記事を英訳させて読みました。

その後の経過は、私が去年11月19日に「オリンパス問題と海外メディア」で書いたとおりです。
日本のメディアはダンマリを決め込む一方、海外メディアは報道を過熱していきました。

一連の企業買収で投入した資金が、オリンパスの隠し損失の補填に使われていたことが判明したのは、去年の11月になってからです。
これに先立つ10月後半、野村證券OBが書き手となっているブログが密かに注目を浴び始めました。オリンパスには隠し損失があり、一連の企業買収はこれと関係していると書き込んでいたのです。山口氏は11月2日、フリージャーナリストの伊藤博敏氏の仲介でこのブログ筆者と面会しました。そして話の全体像や細部が見えてきたのですが、山口氏は週刊朝日(11月8日発売)に抜かれてしまいました。
その日は、高山新社長が記者会見を開き、損失隠しを認めた日です。その前日夕方、森副社長が高山社長に、過去の損失隠しについて自白したのです。自白した直接の契機は、翌日発売されることがわかっていた週刊朝日記事かも知れません。

あとがきで山口氏は
『本書のタイトル「サムライと愚か者」はウッドフォードが私に投げかけた「どうして日本人はサムライと愚か者がこうも極端に分かれてしまうのか」という問からとった』
と述べています。
オリンパス事件は「正義」を心の中心に近いところに置いている個人の情報提供によって第一報を書くことができました。するとこれと同じ価値観をもった別の個人が共鳴し、山口氏に重大な情報をくれたことで海をまたいだ経済スキャンダルに発展し、ついには事件の全貌までもほぼ明らかになったのです。
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1 コメント

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相互リンクのお願い (弁理士試験ストリートmasanori)
2012-04-18 15:53:59
はじめまして。
弁理士試験ストリートの管理人masanoriです。

口述試験3度落ちにならないよう頑張りますので、
相互リンクをよろしくお願いいたします~。

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