弁理士の日々

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堀越二郎氏と零戦

2013-08-21 21:03:27 | 歴史・社会
先月(7月)末、映画「風立ちぬ」に関して韓国ネットで批判があり、それに対して宮崎駿監督が韓国記者を招いて記者会見を開いたというニュースが流れていました。
今になって何があったのか調べようとしたのですが、まだ1ヶ月も経たないのにネット上のニュースが削除されており、調べることができません。
よくわからないながら、また、私は映画「風立ちぬ」を観ていないながら、一言コメントしておこうと思います。

メーカーの兵器開発担当者が、より優秀な兵器を開発しようと努力することは、全く当たり前で正当な努力であって非難の対象にはなり得ません。例えば、アメリカで生産されているF15という戦闘機は、兵器として優秀であるとの評価で世界中で使用されており、日本の自衛隊でも主力戦闘機となっています。このF15戦闘機の開発者が、「強力な殺人兵器を開発した」として非難される筋合いでないことと同様です。

まず、軍隊というのは、敵の軍隊を殲滅して無力化することを最大目的としており、敵を殲滅する活動には当然ながら敵兵を殺傷することが含まれています。そのために用いる道具である兵器は、戦闘において勝利をおさめられるものが優秀なのであって、当然ながら殺傷能力が優れています。
どこの国においても、国の安全と平和を守るために軍備を備えており、国防、抑止力を主眼としています。抑止力たり得るためには、「闘えば勝てる」ことが重要であり、優秀な兵器を装備するよう努力します。

ただし、国が軍の運用を誤ると、国防、抑止力という目的から外れ、他国に甚大な迷惑をかけることがあり得ます。しかしそれは国の運用の話であって、そのような可能性があり得るから、他国に迷惑をかけないために軍備は貧弱な方が良い、ということにはなりません。あくまで、しっかりと国を運用することにその国の国民が努力すべきです。

映画「風立ちぬ」では、堀越二郎氏をモデルにした「二郎」という主人公が登場するようですが、堀越二郎氏と作家の堀辰雄氏を合体した人格が創作されているようで、実在の堀越二郎氏とは別人格です。

ここでは、実在の堀越二郎氏がどのような考え方を持たれていたのかを確認しておきたいと思います。
ニュースによると、堀越二郎氏著「零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)」が売れているようです。私も購入してぺらぺらとめくってみたのですが、参考になる記述は見つかりませんでした。

一方、昭和27年に最初の出版がされ、昭和50年に復刻した下記書籍の「初版のまえがき」に、堀越氏の考えが述べられていましたので、以下に記します。
零戦 (1975年)
堀越二郎・奥宮正武
朝日ソノラマ

『初版のまえがき
・・・過去の政治、軍事指導者の無謀に対する憤り、政権が軍部に移るのを幇助したような政党政治家に対する不満、これらに対して監視を怠ったわれわれ国民の愚かさに対する自責、および善隣に加えた罪科に対する申し訳なさなどに心が痛む。思えば当時の日本はもし望んだなら、互いに侵さず侵されざる理想の文化国家--いわばたとえ程度は少し低くともより大きな東洋におけるスイスの地位--を築き上げ得る環境と実力に恵まれていたのではなかろうか。然るにそれを一朝にして失い、自らを泥沼の環境に投ずるとともに、近隣の人々に償い得ないような惨禍を及ぼす愚を敢えてした。国民の一人としての責任を別として、われわれ兵器関係の仕事に携わった者に特別の責任があるであろうか。全然ないような気もするし、反省しなければならぬ問題があるとも思われる。
・・・
昭和27年11月30日  堀越二郎』

「先の戦争で冒した戦争責任に対し、国民としての責任は当然ある。しかし、兵器設計者としての特別な責任はないと思う。」というご意見と理解しました。私も同意見です。

私は以前、映画「風立ちぬ」のCMに登場する逆ガル形主翼を持った飛行機について、『「風立ちぬ」~逆ガル~堀越二郎氏』で記事にしました。今回の記事とあわせ、映画を観ていないのに2回もコメントしたことになります。
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