弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

弁理士試験制度の方向

2006-03-25 00:10:35 | 弁理士
弁理士試験合格者が100人/年の時代、試験問題の傾向を云々する前に、とにかく論文の点数を上位100人以内の点にしなければ合格しませんでした。3000時間程度の勉強時間を必要としていました。それだけ時間をかけたにもかかわらず、試験勉強の成果が実務にそのまま役立つとは言えませんでした。
特許事務所勤務の30代といえば、実務に脂がのり、さらなる実務能力の向上に努力し、1件でも多くこなして収入増加につなげたい時期です。このような時期に、実務にそれほど役立たない試験勉強を3000時間もこなさなければならないというのは、本人に負担であるばかりか、知財業界にとっても人的能力の損失になります。
そういった意味で、合格者100人時代を私は異常だと思っていました。

的確に実務能力を評価することのできる考査方法があればいうことがありません。しかし未だにそのような方法は見いだされていません。そういった中で、少しは勉強が実務に役立ち、勉強をした方がしないよりも合格に近づく、という意味で、法律知識を問う現行試験は「それしかないだろう」と思います。
しかし、実務者の実務を阻害する過剰な勉強時間は何とかしなければなりません。そのために唯一できることは、「合格者の枠を増やして合格のハードルを下げる」ことであろうと思います。従って、合格者数を増加させている現在の試験制度について、私は賛成です。

合格に至る必要勉強時間を減らそうと思ったら、合格者数を増やすしかないと思います。合格者100人時代に必要勉強時間が3000時間だとして、それを1000時間まで減らすことができたら、浮いた2000時間で本当に実務能力を向上させるためのOJTに時間を割くことができます。あるいは、良質の明細書を1本でも多く執筆し、日本の知的財産のレベル向上に資することができます。

合格者数が増え、合格しやすくなった結果として、実務未経験者の合格が増える分については致し方ありません。そもそも、合格者100人時代だって実務未経験者の割合は高かったのです。未経験者割合が最近になって増大したかどうかもわかりません。
合格者100人時代には、本当に資格取得を必要とする実務者が受験するか、未経験者の場合は思い切り変人(私のような)や固い決意を持った人が合格に至ったのでしょう。それに対し、最近は「ちょっと受けてみようか」雰囲気で受かっちゃう人も増えているとは思います。しかしそれを排除することは不可能です。こればかりは、試験を易化することによる必要悪と割り切るしかありません。

実務未経験合格者は、従来の実務未経験無資格者と同じように、職に就き、OJTで実務能力を身につけていけばいいのです。「合格者は実務能力を有しているはず」という常識を捨てればいいのです。
また、「合格後に実務をやってみたら自分に向かないことが分かった」という場合も頻発するでしょうが、それもやむを得ません。

ひとつ問題があります。
弁理士業務の大部分は特許実務です。弁理士試験が易化した結果として、特許法の知識が乏しくなることは避けなければなりません。しかし、全勉強時間の1/3を特許法の勉強に割くとして、3000時間時代には特許法に1000時間割いていたのに、1000時間時代になると330時間しか特許法に割かないことになります。これではなんぼ何でも特許法の知識が乏しすぎます。実務に支障をきたすでしょう。

私は、弁理士試験の必須科目から商標法を外し、それ以降の合格者から商標法の専権を外したらいいのではないか、という意見の持ち主です。これにより、トータル勉強時間に占める特許法の勉強時間が増大し、特許法知識において実務での支障がなくなるでしょう。

では商標法の専権はどうするのか。
自動車運転免許のオートマ限定のように、商標法の試験を追加で受け、その合格者に商標法の専権を与えるのです。商標法試験受験資格は、特許法限定弁理士に限らず、司法書士、行政書士にも開放していいと思います。

特許弁理士の技術の素養をどのように担保するのか、という点については、あらためて述べたいと思います。
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4 コメント

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Unknown (PM2)
2006-03-27 22:38:44
はじめまして、弁理士のPM2と申します。

ご意見、大変興味深く拝見致しました。

ご指摘のとおり、実務能力が担保されないのは昔の弁理士試験だって同じことで、弁理士会の見解は何とも筋が通っていません。

そもそも「研修」によって何らかの能力が担保されるということに疑問を感じます。座学で身に付くような能力を要求されているという発想自体が、顧客ニーズを読み違えているのではないでしょうか。

一点、次の記事で述べられている技術の素養の担保については、少々異論があります。私は理系出身ではなく、理系科目も選択していませんが、現在ソフトウエア特許の仕事を数多く処理していて、特に不自由は感じません。現にSEには文系出身者が多く、ソフトウエア関連で要求される知識は、学問としての「理系」とはかなり異なるように思います。

だからといって、特許に「技術の素養が不要」という気は毛頭ありませんが、形式的な制限をあえて設けなくても、市場原理に従って仕事は集まるべき人のところに集まるので問題ないように思います。
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弁理士が具備すべき素養 (ボンゴレ)
2006-03-27 23:09:28
PM2さん、貴重なご意見をありがとうございます。

理系出身でなくても立派に特許の仕事をなさっておられる弁理士さんが多くいらっしゃることはそのとおりだと思います。ここは思案のしどころです。

「技術の素養の担保」の看板を下ろしてしまえばいいのですね。「すべては市場原理だ」と。しかしそう言ってしまうと、無資格者が明細書を執筆するのも市場原理でOKになります。「弁理士専権なんか要らない」に行き着いてしまいます。



どこで線を引くかですが、私のような意見もありだと思っています。
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Unknown (PM2)
2006-03-27 23:43:50
恐らく、近年の試験制度によって必然的に生じ得る問題は、

①「実務能力の不足している弁理士の増加」

②「技術の素養が欠如した弁理士の増加」

のいずれでもなく(これらの問題は以前の試験制度でも起こり得る問題です)、

③「法律知識が十分でない弁理士の増加」

ということになるでしょう。少なくとも論理的には。

これまでの試験制度の設計は、2002年の改正前後ともに③を排除することを目的とする点においては変わりはありません。

よって、制度設計の基礎をこれまでと同じくするならば、弁理士制度は少なくとも法律知識を担保するものであって、実務能力や技術の素養は市場原理に委ねる、という線の引き方も依然として存在するように思います。

勿論、この際だから、①②の問題にも取組んだ試験制度にしてしまおうという考え方もあるでしょうし、その場合はボンゴレさんの説は合理性のある案だと思います(特に、商標を切り離すというのは、実務の現状に合った画期的な意見だと思います)。

尤も、個人的な意見としては、規制緩和が世の流れである中で、資格要件を制限する方向で果たして世間の支持を得られるだろうか、という懸念があります。

いずれにしても、ボンゴレさんのように論理が一環したまともな議論が行われて欲しいですね。
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弁理士試験制度 (ボンゴレ)
2006-03-28 10:55:18
PM2さん、コメントありがとうございます。

PM2さんからの問題提起に対しては、あらためて独立の記事として議論させていただこうと思います。

「技術の素養」については、PM2さんのご意見のように「市場原理で十分」という立場も大いにあり得ると思います。しかしここでは議論することが大事ですので、私としては「技術の素養を担保することが必要である」という立場で論じていこうと思います。



1点だけ確認させてください。

> ③「法律知識が十分でない弁理士の増加」

> これまでの試験制度の設計は、2002年の改正前後ともに③を排除することを目的とする点においては変わりはありません。



とのご意見ですが、法律知識が十分でない弁理士が増加したとすると、増加した原因は、試験制度の改正に伴った合格者数の増大にあるのではないかと考えるのですが、その点はいかがでしょうか。
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