大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2016年09月13日 | 植物

<1719> 大和の花 (36) リュウノウギク (竜脳菊)                                            キク科 キク属

                                                                        

 秋の山野、海岸などを彩る野菊の風情は四季の国日本の草花を代表する眺めであるが、野菊には大きく三つに分けられる。観賞用に育てられているイエギク(家菊)の系統に当たるキク属の仲間、シオン(紫苑)やヨメナ(嫁菜)のようなシオン属に含まれる仲間、それにハマギク(浜菊)やミコシギク(神輿菊)などその他の属に当てはまる野菊がある。この中で大和地方における代表的で一般によく知られる野菊はキク属とシオン属のキクで、花は舌状花と筒状花からなり、みな雰囲気がよく似ている。キク属とシオン属では葉の形が異なる。キク属は大方が葉に大きな切れ込みがあるのに対し、シオン属は鋸歯があっても切れ込みがないか、あっても浅い特徴が見られ、判別出来る。

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  ではまず、キク属の中からキク節のリュウノウギク(竜脳菊)を紹介したいと思う。リュウノウギクは茎や葉にリュウノウ(竜脳)のような芳香があるのでこの名がつけられたと言われる多年草で、葉をちぎって嗅いでみるとわかる。本州の福島県以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、日当たりのよい林縁や崖地のようなところに生え、大和(奈良県)でもよく見かける。高さは大きいもので80センチほどになるが、倒れ伏すように枝を分け花を咲かせるものが多い。葉は卵形乃至広卵形で、おもに三中裂し、裏面は軟毛が密生して白っぽく見える。10月から11月ごろ分けた枝の先に黄色い筒状花の周りを白い舌状花が取り囲む頭花を群がり咲かせる。

 今、一般に出回っている観賞用のイエギクは中国から伝来したキクの原種にリュウノウギクを交配させたものと一説にある。とすれば、リュウノウギクの実績は大きいということになる。また、リュウノウギクはその花や芳香だけでなく、乾燥したものを風呂に入れて用いれば、冷え症、リュウマチ、神経痛などに効能があるとされる薬用植物としても知られる。なお、リュウノウは熱帯アジアに産するリュウノウジュ(竜脳樹)から採った白色の結晶で、クスノキのショウノウ(樟脳)に似て、香料や防虫剤に用いられて来た。

  菊の香や仏に見ゆる奈良大和

 

<1720> 大和の花 (37) アワコガネギク (泡黄金菊)                                      キク科 キク属

                                         

  大和(奈良県)ではこのアワコガネギクも代表的なキク属キク節の野菊である。日当たりのよい山足の斜面などに生える多年草で、本州では東北地方(岩手県)から近畿地方までと四国、九州の一部に分布し、国外では中国東北部、朝鮮半島に見られるという。大和(奈良県)では金剛山の麓に当たる五條市の山足でよく見かける。高さは1.5メートルほどになるが、茎葉がしなやかで倒れるように花を咲かせるものが多く、その黄一色の花はよく似るシマカンギク(島寒菊)よりも一回り小さく、集まり咲く姿に泡の印象があるのでこの名が生まれたという。

  江戸時代に長崎で油漬けにして切り傷ややけどなどの外傷に用いられていたシマカンギクと混同され、アワコガネギクも油漬けしてシマカンギクと同じくアブラギク(油菊)の名で薬用野菊として広まるに至った。また、京都市北山の自生地菊渓に因み、キクタニギク(菊渓菊)とも呼ばれて来た。花期は10月から11月ごろであるが、年が明けてもなお花を咲かせているものが見られ、年間で言えば、最も早く、最も遅い野生の花と言えるところがある。大和(奈良県)では減少傾向にあり、レッドリストの希少種

 写真は群がって咲く黄色い花が辺りを明るく彩るアワコガネギク(五條市久留野町で)と花のアップ(スジボソヤマキチョウが来て細く長い管の口を入れていた。御杖村で)。 野菊咲く古道ゆかしき大和かな

<1721> 大和の花 (38) シマカンギク (島寒菊)                                                  キク科  キク属

                   

  アワコガネギクとよく似るシマカンギク(島寒菊)は高さが80センチほど、黄色い花は直径2.5センチほどで、アワコガネギクの約1.5センチよりも大きく、一つ一つの花がしっかりして見えるキク節の多年草である。だが、アワコガネギクの項でも触れたが、先人はこれを混同して、花を油漬けにして切り傷や火傷などの治療に用いた。つまり、両者とも同じ薬用の効能によりアブラギクの名で広まったという次第。これは江戸時代のことである。また、島と浜の共通点によりハマカンギク(浜寒菊)の名でも知られる。

 その名にシマ(島)やハマ(浜)が用いられているので、海沿いに多く見られるのかと思いきや、本州の近畿地方以西、四国、九州に分布し、国外では中国、朝鮮半島、台湾に見られ、海辺のない大和(奈良県)でも日当たりのよい山足などで見かける。花期が10月から12月とアワコガネギクとほぼ重なるので、紛らわしいく、混同されやすいため、実際、混同されたこともあるという。カンギク(寒菊)とは秋から冬に向うころ花が咲き始めることによる。

 なお、剣山(徳島県)の石灰岩地に生えるひと回り小さい黄花のツルギカンギク(剣漢菊)タイプのシマカンギクを天川村の標高1300メートル付近の石灰岩地で見かけたことがある。 写真は日当たりのよい棚田の斜面の雑草の中で多くの黄色い花を咲かせるシマカンギク(左)と天川村の石灰岩地の岩場で黄色い花を咲かせるシマカンギクのツルギカンギクタイプの花。

   野菊咲く一群落の花の色

 

<1722> 大和の花 (39) ヤマジノギク (山路野菊)                                         キク科 シオン属

                                               

  春のスミレ(菫)と同じく秋の野菊は種類が多く、その花は山野の歩きを楽しくさせてくれる。これは天地に関わる四季の国日本の多様な自然環境の一つの現れによるもので、花はその恵みの賜物、象徴であるが、スミレや野菊にはそれがまさによく現れているということにほかならない。だが、ときにはよく似たものがあって、花のフォトライブラリーに当たっている私のような身には間違いが起きないようにする努力が求められ、迷いを生じたりするようなこともある。けれども、この状況は環境の多様性を物語るものであってみれば歓迎されて然るべきと思える。

  今回はシオン属イソノギク節のヤマジノギク(山路野菊)を見てみよう。日当たりのよい草原に生える2年草で、アレノノギク(荒野野菊)とも呼ばれる。本州の静岡県以西、四国、九州から朝鮮半島、中国、アムールに広く分布し、規模の大きいススキ原が広がる草地などでよく見られる。大和(奈良県)では曽爾高原が自生地として知られるが、この高原でしか私は出会っていない。その曽爾高原でも年を追って減少している観があり、奈良県では絶滅危惧種にあげられ、大切にしたい植物として呼びかけられている。

  茎は真っ直ぐに伸びて、よく枝を分け、大きいものでは高さが1メートルほど、大人の腰くらいに及ぶが、曽爾高原に見られる個体は2~30センチと丈の低い貧弱な個体がほとんどである。これはシカの食害、もしくは強風域のためかと考えられるが、繁殖を種子に託す2年草、或いは1稔性の性質がこのような自然の中で微妙な変異に影響しているのかも知れない。

  葉は倒披針形で、上部は線形、茎や葉の縁にかたい毛が生え、見た目でも判別が出来る。頭花は直径5センチほどと他の野菊よりも少し大きく、淡青紫色の舌状花も色濃く見えるものが多い。花期は10月から11月で、秋の深まりとともに見られるようになる。このころになると、ススキの群落も銀白色の穂を靡かせ始め、高原は最も人出でにぎわう。  写真左は草原の中で花を咲かせるヤマジノギク。中は花のアップ。右はヤマジノギクの特徴を示す赤褐色の冠毛が目につく花群(いずれも曽爾高原で)。

   野菊にもさまざまありて目に楽し

 

<1723> 大和の花 (40) ヨメナ (嫁菜)                                               キク科 シオン属

                 

  シオン属ヨメナ節の代表種で、昔から野菊として最も親しまれて来た多年草である。本州の中部地方以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、関東地方以北にはカントウヨメナが分布する。ヨメナは古文献等により『万葉集』の2首に登場するウハギ(宇波疑・菟芽子)に当てられる万葉植物としても知られる。

  草丈が大きいもので1メートルほどになり、上部でよく分枝する。下部や中部の葉は披針形で、縁に粗い鋸歯がある。花期は7月から10月ごろで、枝先に淡青紫色の舌状花と黄色い筒状花の花を一個ずつつける。冠毛が極めて短いのが特徴で、よく似るノコンギク(野紺菊)との判別点になる。また、ノコンギクのように茎や葉に毛がないので手で触ってみるとざらつかない。

  『万葉集』の2首はともに花を詠んだものではなく、春の摘み草を詠んだ歌である。因みに巻10の1879番の詠人未詳の歌では「春日野に煙立つ見ゆをとめらし春野のうはぎつみて煮らしも」とある。これは春の若葉を採取して食用にしたことをうかがわせるもので、その名に「芽子(はぎ)」とあるのは若芽のことを意味し、ウハギは美味しい良質の若芽を出す草ということになる。この名からしても、ウハギのヨメナは秋の花よりも春の摘み草としてあったことを物語る。『万葉集』の2首は当時の庶民の暮らしの一端がよく見て取れる情景描写の歌であるのがわかる。

  ヨメナ(嫁菜)の「菜」は食べられる葉を有する植物に用いられ、菜の花のアブラナ(油菜)が典型例であるが、落葉樹のズイナ(瑞菜・髄菜)も若葉が食用にされたことで「菜」の字が用いられている。また、民間では薬用にもされ、全草を乾燥し煎じて飲めば、解熱、利尿に効くという。なお、ヨメナ(嫁菜)はシラヤマギク(白山菊)のムコナ(婿菜)に対する名である。 写真はヨメナの花群(左)と花のアップ(ヒョウモンチョウが来ていた)。ノコンギクほど花が密集しないのが特徴。  一句成る野菊の野菊たる姿

<1724> 大和の花 (41) シラヤマギク (白山菊)                                         キク科  シオン属

                                

 ヨメナ(嫁菜)に対するムコナ(婿菜)の別名を持つシオン属シラヤマギク節に属する多年草で、日本列島の沖縄を除く各地と中国、朝鮮半島、ウスリー、アムールに広く分布する。草丈は1メートル前後、葉は柄のある心形で、花はほかの野菊に比べて小さく、直径2センチ前後、白い舌状花は数が少なくまばらで、7月から10月にかけて咲く一つ一つの花は貧弱であるが、高原や山地の草原でススキやオミナエシなどに混じって咲く風情は秋の訪れを感じさせるところがある。

 大和地方では山足の草地などで見られるが、葛城山や曽爾高原ではススキが穂を出し始めるころになるとこのシラヤマギクがほかの草花を先導するようにススキの原にその白い花を見せる。野菊のいいところはこのシラヤマギクにも言えるように出しゃばらず、それかといって、控えめ過ぎず、ほかの秋草の中でアクセントになって咲く風情が感じられることである。なお、シオン属シオン節のイナカギク(田舎菊)という野菊があり、別名をヤマシロギク(山白菊)という。シラヤマギクと実に紛らわしいが、これは野菊が如何に多いかに通じる。 写真はススキと混生して花を見せるシラヤマギク(曽爾高原で)と花のアップ。  秋晴れや天高くあり子らの声

<1725> 大和の花 (42) ノコンギク (野紺菊)                                              キク科 シオン属

                 

 ノコンギクはシオン属シオン節の野菊で、本州、四国、九州に分布する日本の固有種である。スミレで言えば、タチツボスミレと同様、大和(奈良県)においては平地から山間地まで生育範囲が広く、ヨメナ(嫁菜)とともに最も親しまれている日本を代表する野菊と言ってよい。殊に山間地でよく見られ、群生することが多いので、8月から11月の花期に山間地を訪ねれば必ず出会える。それほどポピュラーな野菊であるが、生育環境によって葉や花の質を異にする変異が見られ、厳密には他種との混同が気になる野菊である。

 高さは1メートルほど、葉は卵形から広披針形まで、花は淡青紫色が主であるが、ときに赤味を帯びるものや、白色に近い舌状花を有するものも見られる。よく、ヨメナと混同されるが、葉の比較ではヨメナが滑らかな感触であるのに対し、ノコンギクは葉の両面に短毛が密生しざらつく。花で言えば、まばらに花をつけるヨメナに対し、ノコンギクは枝先に多くつくのでにぎやかに感じられる。また、冠毛の短いヨメナに対し、ノコンギクの冠毛は筆先を思わせるほど長い特徴があり、これらの点を比較すれば判別出来る。 写真は山足の草地で群生し、花を咲かせるノコンギク(左・東吉野村)と棚田の畦に咲くノコンギク(右・奈良市東部の大和高原)。

  静かなる里の棚田の野菊かな

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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