大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年05月24日 | 植物

<1973> 大和の花 (227) ホンシャクナゲ (本石楠花)                                   ツツジ科 ツツジ属

          

 ツツジ属の最後に大和(奈良県)に自生するシャクナゲ亜属のシャクナゲ(石楠花)2種を見てみたいと思う。まずは、ホンシャクナゲ(本石楠花)から。ホンシャクナゲは大きいもので高さが7メートルほどになる常緑低木で、温暖帯域から寒温帯域まで見られ、通常冷温帯域に多く、本州の新潟県西部以西と四国中北部の山地に分布する日本の固有種で知られる。

  ホンシャクナゲは紀伊半島、四国、九州に分布する襲速紀要素系の植物にあげられているツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)を母種とするシャクナゲで、大和(奈良県)においては、一部低山帯にも見られるが、概ね深山、山岳の冷涼域の多湿で水はけのよい痩せた傾斜地や岩場に群落をつくって自生している。

 長楕円形から倒卵状長楕円形の葉は枝先に集まり、輪生状に互生し、革質で表面が濃緑色のものが多く、光沢がある。裏面は褐色の軟毛が一面に生えるものの薄く、革質部分が見える特徴がある。花期は5月から6月ごろで、枝先の総状花序に紅紫色から淡紅紫色、稀に白色の漏斗状鐘形の花を多数つける。花冠は直径5センチほどで、7、8裂し、雄しべは14個、稀に16個つく。花糸の下部と子房には軟毛が密生し、花柱は無毛で、花柄には褐色の毛が生える。 写真はホンシャクナゲ(日出ヶ岳山頂付近)。   石楠花の透明感の花五月

<1974> 大和の花 (228) ツクシシャクナゲ (筑紫石楠花)                            ツツジ科 ツツジ属

                     

 ホンシャクナゲ(本石楠花)の項で触れた通り、ツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)はホンシャクナゲの母種として知られる常緑低木のシャクナゲで、大きいもので高さが4メートルほど。葉は長さが15センチ前後の長楕円形もしくは倒披針形で、革質である。表面は通常濃緑色で、光沢があり、裏面は濃褐色のビロード状の毛が密生し、スポンジ状になる。これが葉裏に毛が密生しないホンシャクナゲとの葉による相違点である。

 花期は5月から6月ごろで、枝先の総状花序に紅紫色から淡紅紫色、まれに白色の漏斗状鐘形の花を多数咲かせる。花冠は直径4センチから6センチほどで、7裂し、雄しべは14個。以上の点はホンシャクナゲの花とほとんど変わりないが、花糸に毛が少なく、花糸の基部に毛が密生するホンシャクナゲとこの点が異なり、花における相違点である。子房はともに毛が密生し、花柱は両方とも無毛である。

 紀伊半島(三重、奈良、和歌山)、四国の南部、九州に分布する日本の固有種で、襲速紀要素系の植物に分類され、大和(奈良県)ではホンシャクナゲと生育地をわけ、概して、ホンシャクナゲの方が広い生育域にあり、ツクシシャクナゲの方は大峰山脈の高所域に分布を限っているという報告が見られる。

 それにしても、ツクシシャクナゲとホンシャクナゲは極めてよく似ていて、1群落の中でも判別し難い中間的な形質の個体が多く見られる。大和(奈良県)に野生するシャクナゲはこのような状況にあり、考えさせられる。という次第で、写真の個体については総体的な見地から私の目視によって判断したことを断って置かなくてはならない。 写真はツクシシャクナゲ(左から天川村の稲村ヶ岳山頂付近、上北山村の弥勒岳尾根付近、天川村の弥山登山道)。  石楠花や貴婦人といふ言葉感

<1975> 大台ヶ原のシャクナゲ

          客観は主観なくしては論じがたく

         主観は客観なくしては覚束ない

         言わば 主観と客観は論の両輪で

         互いの持ち前を発揮するところに

         私たちの真実の行方は納まりゆく

  シャクナゲは大和(奈良県)が誇る花の一つである。咲き始めの濃紅紫色から咲き盛るときの淡紅紫色の色合いは貴品に満ちた深山の令嬢、あるいは貴婦人といった趣にある。晴天の日差しの中でも深い霧の中でもその花の姿はまことに麗しい。これは透き通るような花冠の質感から生じて来るものと察せられる。このようにしてある大和(奈良県)の野生するシャクナゲは深山の初夏を魅惑的に彩るが、全てが同じシャクナゲではなく、二種のシャクナゲが分布していると言われる。

  一つは紀伊半島(三重、奈良、和歌山)と四国(南部)、九州の襲速紀要素系植物の分布域に自生するツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)であり、一つは本州の新潟県西部以西と四国に分布するツクシシャクナゲを母種とするホンシャクナゲ(本石楠花)である。両者は極めてよく似ているので、見分け難いところがあり、植物を研究する専門家もその判別には悩まされているところがうかがえる。一般的には総称のシャクナゲで間違いはなく、何ら問題にはならないが、分類をはっきりさせなくてはならないところにおいては難儀な植生の一つということになる。

  両者には葉と花の一部に明らかな違いが見られ、目視や触手によって判別され、図鑑等にも説明がなされている。葉の方は裏面に顕著な違いが見られ、ツクシシャクナゲでは褐色の真綿状の軟毛が密生しスポンジ状になるのに対し、ホンシャクナゲでは褐色の毛が一面に生えるけれども薄く、スポンジ状にはならない。一方、花の方は雄しべの花糸における毛の生え方に違いが見られ、ツクシシャクナゲでは全体的に毛が少ないのに対し、ホンシャクナゲでは花糸の上部に毛がなく、下部に毛が密生する特徴がある。

                                  

  両者にこれだけのはっきりした違いがあるからは簡単に見分けられると思えるが、自然の状況は複雑で、どちらとも判断し難い所謂中間タイプが存在し、判別を難しくし、混乱を招くということが起きる。この悩ましくもすっきりしない両者の判別問題が実際に起きていることに奈良県の樹木調査報告書である『奈良県樹木分布誌』(森本範正著)が触れている。

  この本のツクシシャクナゲの項に、「大台ケ原には(ツクシシャクナゲの)記録があるが、私はまだ見ていない。同定についてはかなり混乱がある。ホンシャクナゲとの違いは葉裏の毛の多寡ではなく、毛の形である。毛の形は顕微鏡でなければわからないが、肉眼的また触覚的には、ホンシャクナゲは毛が葉に圧着していて、ほとんど毛の層の厚みを感じない。ツクシシャクナゲは毛の層が厚く、ふわふわしてスポンジ状である」とツクシシャクナゲとホンシャクナゲの相違点を示し、大台ヶ原にツクシシャクナゲは見られないと指摘している。

  ところが、大台ヶ原周遊道のシオカラ谷から大蛇嵓に至るシャクナゲ廻廊のシャクナゲ群落についてはずっと以前からツクシシャクナゲの群落であるとし説明板が立てられている。私がシャクナゲ回廊を初めて歩いたときからであるから、十年、否それ以上前からこの一帯のシャクナゲはツクシシャクナゲの認識にあった。

  多分、ツクシシャクナゲの判断に至ったそのときも、同じく葉裏の目視と触手によって判別したはずである。観察者が同一人ではないからそこに多少の判断の違いは生じるところであるが、判別を異にするその差において言うならば、どちらが正しいかということは言い難い。実際私なんかも観察してみるが、さっぱり判断がつかない。で、私はこの問題について一つの仮説を立てて見た。それは両観察者の尊厳を踏まえてのことである。端的に言えば、両者の観察は真摯に行なわれ、両当時のシャクナゲの姿によって判断した。言わば、ともに正しい判別をした。私はそのように思う。このことを踏まえ、私の仮説を以下に示してみたいと思う。

  一方がツクシシャクナゲとするのに対し、一方がホンシャクナゲとする見解の違いを考えるに、この問題を解くには調査年月の隔たりがキーワードとしてあげられる。どちらの観察、調査も専門の研究者が当たっているはずであるから、そこに観察者の個人差や優劣を俎上にあげて考察するのは好ましくなく、そこに論点を持って行くのはよくないと言える。そこで考えられるのが、時の移り変わりによるシャクナゲの変質、あるいは変異ということで、それがシャクナゲ廻廊のシャクナゲにあったのではないかということ。この調査結果による見解の相違は、見方という主観的な因子による違いではなく、時の隔たりという客観的な因子による違いの現われということが考えに上って来るわけである。

  そして、なお思うに、時の移り変わりによって紀伊半島の自然環境に変化がもたらされ、シャクナゲの植生にもそれが及んで変化が生じ、ツクシシャクナゲがホンシャクナゲの形質に変異して両者の中間タイプが現出し、観察者の見解に混乱を招く結果になった。これは私の個人的な推論によるもので、大台ヶ原のシャクナゲ廻廊のシャクナゲ問題はこのようにも考えられる次第である。この考察からすれば大台ヶ原のシャクナゲはツクシシャクナゲを母種とする変種の中の新変種で、オオダイシャクナゲ(大台石楠花)とでも名づければよいようにも考えが進む。

  シャクナゲはツツジ科ツツジ属に含まれるツツジの一種で、ツツジの形質を有し、主に北半球の亜熱帯から亜寒帯に広く分布し、世界に数百種、日本列島にも分布域を限りながら変種を含め十種前後が自生している。ツクシシャクナゲとホンシャクナゲのように分布域の重なる種も見られるが、シャクナゲは地域的変異が顕著で、ほかのツツジ類にも言えることであるが、自分を変えて環境に適合してゆく柔軟性をもった涙ぐましい植物としてシャクナゲのあることが、大台ヶ原のシャクナゲ廻廊のシャクナゲが投げかけているシャクナゲ問題を解くカギにもなり得ると考えられるわけである。

  例えば、年月を隔てたことによる変質、変異の理屈が、シャクナゲの特徴の一つとしてある亜寒帯に分布するシャクナゲの常緑広葉樹としての存在に見え隠れしている点である。詳しく言えば、シャクナゲは広葉を貫いて針葉にはなっていないことである。それは葉裏を軟毛で被い、寒さに耐えるべく備えを施していることの証である。寒暖の差が大きく、寒さの厳しい大和(奈良県)の山岳高所では、落葉樹か常緑樹でも針葉樹となるのが植生の自然の姿として見える。だが、ツツジ類、殊にシャクナゲは常緑広葉樹にもかかわらず山岳高所に存在し生育している。このことと大台ヶ原のシャクナゲ廻廊の種を異にする見解の相違問題は関わりがあると見るのが私の仮説のポイントである。

  つまり、大台ヶ原のシャクナゲが問いかけているツクシシャクナゲではなくホンシャクナゲではないかとする問題点にこの常緑広葉樹たるシャクナゲの葉の形質が関わっていると思われるからである。近年、地球温暖化が進み、気温上昇によって標高約一六〇〇メートルの大台ヶ原においても温暖化が進み、ツクシシャクナゲの形質である葉裏に軟毛がびっしり生える特質を必要とするにあらざる自然環境に置かれることとなり、葉裏に防寒の毛が少ないホンシャクナゲに近い判別し難い形質のタイプが顕われて来た。判別に当たった両観察者を信頼すれば、このような考察も出来るのではないかと思えて来る次第である。

  結論的に言えば、温暖化という自然環境の変化にともない大台ヶ原のツクシシャクナゲはその環境に合わせて変質を余儀なくされ、現在に至っているという次第で、シャクナゲ廻廊の事態も生じたと考えられるわけである。大台ヶ原にツクシシャクナゲの形質を明らかに有するシャクナゲが存在せず、ツクシシャクナゲが大峰山脈の高所のわずかなところにしか分布しないという最近の調査報告ともこの仮説は符合する。こうした意味で言えば、紀伊半島のツクシシャクナゲは絶滅が心配される状況にあるということが出来る。これは大台ヶ原のコケ群が貧弱になっている要因にも重なるところである。 写真はツクシシャクナゲ(左・上北山村の大普賢岳の北尾根)とホンシャクナゲ(右・上北山村の大台ヶ原山)の花。私の目視によって判断した。

 

 

  

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿