大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2014年10月27日 | 写詩・写歌・写俳

<1149> ヒガンバナの異変

       人間には思惑がある

     正解がどこにあるか

     考えを巡らせるとき

     思惑の人間によらず

           自然に立って考える

     迷いを生じたときは

           この自然に立ち帰る

     これが正解への道だ

 宇陀市榛原赤埴(はいばらあかばね)の仏隆寺の石段脇に群生していたヒガンバナが皆無の状態になり、秋の花の時期にその花を見ることが出来なくなったという。この場所は千年桜とも呼ばれる奈良県の天然記念物に指定されているサクラの古木が見られるところで、春にはサクラの花、秋にはヒガンバナがそれぞれに咲き、その花の彩が観光の目玉のようになっていた。このヒガンバナが消えたのである。

 当地はイノシシやシカの出没があり、以前からその食害に悩まされている地区の一つで、仏隆寺に向かう道の傍の棚田ではイノシシやシカの侵入を防ぐ防護柵やネットが張り廻らされているほどである。ニュース等によれば、足跡などの痕跡によってヒガンバナがなくなったのは、このイノシシやシカの食害が原因ではないかとされている。私には少々不思議に思えるのであるが、そういうことのようである。

 これは一つの異変ということになるが、ヒガンバナはヒガンバナ科の多年草で、古い時代に中国方面から渡来して来たものと言われ、日本のものは種子によって子孫を殖やすのではなく、地中の鱗茎によって殖えるような仕組みになっているという。つまり、ヒガンバナという植物は花よりも鱗茎の方が大切であることが言える。鱗茎が失われれば、日本のヒガンバナの場合は絶滅する。所謂、仏隆寺のヒガンバナは、現在鱗茎が失われた絶滅状態に陥っているわけである。

                                                                                       

 この重要な鱗茎を守るために、ヒガンバナは鱗茎に毒性を有して自らを守る体質というか、仕組みをつくり上げている。その毒性はアルカロイドと呼ばれる物質によるもので、ほかの野生の植物にも、或いはバイケイソウ、ハシリドコロ、ヤマトリカブト(カワチブシ)などに含まれている。これらの植物は食べると死に至ることもある恐ろしい植物として昔から知られている。紀伊山地ではこれらの毒草はよく見られ、野生の動物たちもこれらの植物は食べることなく、増える傾向にある。それは毒性の効用によってこれらの植物が野生動物、殊に食欲旺盛なシカの食害を免れているからと考えられる。

 この例で言えば、大台ヶ原山のカワチブシがあり、釈迦ヶ岳登山道の十津川村ルートに当たる古田の森付近一帯のバイケイソウがある。ともに群生し、その群落は増える傾向にある。大台ヶ原山も古田の森付近も野生ジカの多いところで、植生への影響が見られるが、カワチブシやバイケイソウは増えている状況にある。これはこれらの植物がアルカロイドの毒性を有し、シカに食べられずにあるからと言ってよさそうである。然るに、アルカロイドの毒性を有するヒガンバナが姿を消した。果たしてこれはどういうことなのだろうか。足跡などの痕跡が残っているというが、イノシシやシカに食い尽されたのだろうか。前述したような理由によって、この点が少々気になるわけである。

  もともとヒガンバナは彼岸花と記されるように、仏教との関わりがあり、曼珠沙華の別名で知られ、墓場の周辺に植えられたことによって、死人花とか幽霊花などの地方名が見られ、毒性を有することとこの墓場のイメージによって今一つ印象のよくないところがある。だが、この毒性を利して棚田の畔などに植え、畔に穴を開けるモグラ避けにし、救荒植物に充てたと言われる。所謂、ヒガンバナの鱗茎は食用になるが、水に晒して毒性を除去しないといけない。野生動物たちはその除去の智恵がないので、食べられないということになる。棚田にヒガンバナが多いのはもともとこの毒性を利したモグラ対策に始まったということである。ここで、この度のヒガンバナ消滅のことが思われるわけで、その原因について次のようなことがあげ得ることが言える。

 まず、実際にイノシシやシカが食い荒らしたのだろうかという疑問が湧いて来ること。シカは普通上物を食べ、イノシシは土を掘り起して食べる。どちらにしても、野生の動物にヒガンバナの鱗茎が食べられたとすれば、その動物に毒性に対する免疫があるということになる。また、土まで掘り起して食べなければならないということは、それほど美味か食に逼迫して困っているということを想像させる。今一つは、ヒガンバナの鱗茎に毒性がなくなり、食べても食当たりしなくなったこと。これも考えられる。そして、今一つは人間がイノシシやシカを装ってヒガンバナの鱗茎を掘り盗ったということも考えられなくはないということになる。

  仏隆寺の近くの斜面には以前、ヤマユリが沢山生えていて、花の時期にはみごとだった。このヤマユリもいつの間にか姿を消した。ヤマユリの鱗茎は毒性がなく美味で、食用に供せられるが、イノシシの好物でもあり、イノシシは土を掘り起こして食べるから、こちらの方はイノシシが原因とも言える。だが、人間による盗掘もあり得ることは否定できない。果たして、消えてしまったヒガンバナはどのような仕儀によって消失してしまったのだろうか。  写真は仏隆寺石段脇一帯に咲くヒガンバナ(二〇〇〇年九月撮影)と仏隆寺近くの斜面の草地に群生して咲くヤマユリ(一九九八年七月撮影)。

 

 


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