<2579> 大和の花 (712) イヌガヤ (犬榧) イヌガヤ科 イヌガヤ属
イヌガヤ科はイヌガヤ属1属だけで、日本にはイヌガヤと変種のハイイヌガヤ(這犬榧)が自生し、イヌガヤは本州の岩手県以南、四国、九州(屋久島まで)に分布し、東アジア一帯にも見える常緑低木乃至は小高木の針葉樹で、高さは5メートルから希に10数メートルになるものもある。一方のハイイヌガヤは多雪地帯と四国の一部に分布を限る日本の固有変種として知られる。
イヌガヤはあまり日の当たらない樹林内や崖地などの痩せ地に見られ、成長が遅い。樹皮は暗褐色で、縦に裂けて短冊状に剥がれる。葉は長さが3、4センチの線形乃至は線状披針形で、先が尖り、左右2列に並んで対生し、櫛状になる。葉の表面は濃緑色で、裏面には2本の白い気孔帯があり、淡緑色に見える。
雌雄異株または同株で、花期は3月から4月ごろ。雄花は淡黄色から乳白色で、前年枝の葉腋につき、葉裏側に固まって連なるように咲く。雌花は緑白色で枝先につく。肉質の外種皮に包まれた種子は2センチほどの卵形で、開花翌年の秋に熟し紅紫色になる。
イヌガヤ(犬榧)の名は、カヤに似るが、使いものにならない意による。だが、材は耐久性に富み、粘りがあり、縄文時代の遺跡からはイヌガヤでつくった弓が出土している。別名はヘダマ、ヒノキダマ。 写真はイヌガヤ。左から崖地に生える個体、雄花をいっぱい咲かせた枝木、葉裏で下向きに咲く雄花群(いずれも川上村)。 人生は生きゆく時の旅にあるこの自明もてこの身も旅す
<2580> 大和の花 (713) イヌマキ (犬槇) マキ科 マキ属
マキ属の仲間は世界に70種ほどあると言われ、日本にはその中のイヌマキ(犬槇)とナギ(梛)の2種が自生している。では、イヌマキから見てみよう。イヌマキは単にマキ(槇)とも呼ばれ、本州の関東地方以西、四国、九州、沖縄に分布し、台湾、中国にも見られる常緑高木の針葉樹で、海岸地方の山に生え、庭木や生垣などにされることが多い。
高さは20メートルほど。樹皮は灰白色で、浅く裂けて剥がれる。葉は長さが10センチから20センチの広線形で、表面は濃緑色、裏面は淡緑色。全縁で、主脈が目立ち、互生する。花期は5月から6月ごろ。雌雄異株で、雄しべも雌しべも葉腋につく。雄花は長さが3センチほどの円柱形。雌花は長さが1センチほどの花托の上につく。
なお、花は種子になり、花托は果托となり、果托の上に種子が重なるようにつく。秋になって熟すと果托は赤くなり、甘く、毒性がないので食べられる。種子は毒性を有し食べられない。果托を野鳥が食べるとき種子を散布することで知られるが、種子は樹上で発芽することが珍しくない胎生種子として知られる。
大和(奈良県)では全域的に見られるが、自生するものは極めて少なく、十津川村の南部域に限られるようで、ほかは植栽起源によるものと言われ、奈良県のレッドデータブックには希少種と注目種にあげられている。古木としては奈良市春日野町の東大寺鏡池東傍に推定樹齢400年の個体が見られる。だが、この個体も宿坊の庭に植えられていたものが伐られずに残されたものと見られている。
なお、イヌマキ(犬槇)の名はスギのマキに劣る意とコウヤマキ(高野槇)をホンマキ(本槇)というのに対してつけられたとも言われる。 写真は左から雄花、雄花のアップ、雌花、実(いずれも植栽)。 わが生の意識界そは天と地の時空間まさに旅するところ
<2581> 大和の花 (714) ナギ (梛) マキ科 マキ属
暖地の海岸地方に多く自生する常緑高木で、高さは20メートル、幹の太さは直径60センチほど。枝葉が密生しこんもりとした円形の樹冠になる。樹皮は赤褐色で、ところどころ剥がれ、リョウブのような幹の質感がある。葉は長さが4センチから6センチの楕円形で、先は鈍く尖る。基部はくさび形で、対生する。質は革質で厚く、表面は濃緑色で光沢があり、裏面は紛白色。細い平行脈があり、主脈はない。
花期は5月から6月ごろ。雌雄異株で、雄花も雌花も前年枝の葉腋につく。雄花は淡黄褐色の円柱形で、数個ずつ集まりつく。雌花は淡緑青色で、胚珠が1、2個つく。種子は花の後直径1.5センチほどに肥大し、球形の核果状になる。種子はじめ粉白の緑色で、秋に熟すと褐色を帯びる。ナギ(梛)の名は、葉がミズアオイ科のコナギ(小菜葱・古名ナギ)の葉に似ることによるという。
本州の伊豆諸島(式根島)、紀伊半島、山口県、四国、九州、沖縄に分布し、台湾、中国にも見られるという。大和(奈良県)では「暖地の海岸付近にみられるもので、県内に自生はない。しかし奈良市春日大社境内のナギ群落は、個体数・個体密度・群落の広さからいっても全国に例のないすばらしいものである」(『奈良県樹木分布誌』(森本範正著)という。
本誌は続いて「昔春日神社に献木されたのが起源とされるが、現在ではその分布が御蓋山全域におよび、春日山、高円山にも侵入している。このような群落の成立と分布の拡大は、シカがこの植物を食べずに、競争者である他の植物を食べることに原因があるとみられ、春日山原始林にとっては脅威となりつつある。御蓋山西麓のものは国指定の天然記念物となっている」と春日山におけるナギの繁茂に懸念も指摘している。
思うに、御蓋山におけるナギの勢力拡大はシカの影響もさることながら、地球温暖化により暖地性のナギにはより住みよくなっていることが考えられる。これは紀伊山地の高所における寒地性のシラビソやトウヒの衰微する状況とは真逆の現象と見てよいのではなかろうか。
なお、ナギは熊野信仰との結びつきが強く、中世の歌人藤原定家は「千早振る熊野の宮のなぎの葉を変わらぬ千代のためしにぞ折る」と熊野速玉神社のナギの大木を詠んだ。また、ナギは凪に通じ、船のお守りなどにされている。一方、種子から採れる油は神社の灯火に用いられて来た。 写真は左から雄花、色づき始めた種子、ナギの木。 終はりある生の憂愁老いたるは記憶を辿り故郷を目指す
<2582> 大和の花 (715) イチイ (一位) イチイ科 イチイ属
写真の個体は金剛山の自然林の中で撮ったものであるが、寒冷地を適地とする樹木なので、植栽起源の可能性が高い。また、常緑高木の針葉樹で、高さは20メートルほどになるが、この個体は10メートルに及ばない若木の感じがあった。10月21日の撮影で、いっぱいにつけた輝く赤い実が印象的だった。
樹皮は赤褐色で、縦に浅く剥がれ落ちる。葉は長さが2センチほどの線形で、先は尖るが、触れても痛くない。普通螺旋状に互生するが、側枝では2列に並び羽状になる。表面は濃緑色、裏面は淡緑色。雌雄異株(まれに同株)で、花期は3月から5月ごろ。雌雄とも葉腋につき、雄花は淡黄色で、10個ほどの雄しべが球状に集まる。雌花は淡緑色で、胚珠は1個。
種子は長さが5ミリほどの卵球形で、花の後、肥大して仮種皮に包まれる。秋になって種子が熟すと仮種皮は赤く色づく。種子は毒性が強いが、赤くなった仮種皮は甘く、食べられる。イチイ(一位)の名は、昔、この材で位階を示す笏を作ったことによるもので、正一位や従一位などの一位による。
北海道、本州、四国、九州に分布し、アジア東北部に見られるという。大和(奈良県)では大峰山脈や台高山脈の高所にわずかしか自生しないところからレッドリストには絶滅寸前種としてあげられている。オンコ、アララギの別名を有し、庭木や生垣にされる。材は建築や彫刻に用いられる。 写真は赤い実をつけた枝。花は撮り得ていない。 輝きは生に宜しきものなれり勢ひづいて輝けるもの
<2583> 大和の花 (716) カヤ (榧) イチイ科 カヤ属
山地に生える常緑高木の針葉樹で、高さは25メートル、幹の直径は2メートルになる。若木の樹冠は円錐形で、古木になると丸くなる特徴がある。樹皮は灰褐色で、縦に浅く割れ、繊維状に細かく剥がれる。葉は長さが2センチほどの線形で、螺旋状につき、側枝では2列に並び羽状になる。表面は濃緑色で、光沢があり、裏面は2本の白い気孔帯がある。先は鋭く尖り、触れると痛い。
雌雄異株(まれに同株)で、花期は5月ごろ。雄花は前年枝の葉腋につき、長さが1センチほどの楕円形で、緑白色。雌花は新枝の基部につく。種子は緑色の仮種皮に包まれ、長さが2センチから4センチの楕円形で、開花翌年の秋に熟す。繊維質の仮種皮が緑のまま落ちる。
本州の宮城県以南、四国、九州(屋久島まで)に分布し、国外では韓国の済州島に見られるという。大和(奈良県)ではほぼ全域的に見られるが、里の近くに見られるものは植栽された雌株がほとんどだと言われる。これは実から油を採り、食用や灯火に用いたことによる。
カヤ(榧)の名は古名カへの転訛と言われ、『万葉集』にはカへ(柏)で1首に登場を見る。所謂、万葉植物である。大和(奈良県)にはカヤの古木が多いが、中でも平群町の聖徳太子ゆかりの朝護孫子寺境内のカヤは推定樹齢1500年と言われ、万葉当時から存在している県下一の古木である。また、大和(奈良県)には下市町栃原、奈良市吐山、曽爾村等のヒダリマキガヤ(左巻榧)、宇陀市菟田野、同市牧内のシブナシガヤ(無渋榧)が見られ、みな県の天然記念物に指定されている。
なお、漢名は榧(ひ)で、別名はホンガヤ(本榧)。種から採れる油のほか、材は緻密で木目が美しく、腐り難いので、建築、器具、造船材として用いられ、ほどよい粘りがあるため碁盤や将棋盤にされることで知られる。実は榧実(ひじつ)と呼ばれ、虫下しにされて来た。また、昔は枝葉を焚いて蚊遣りにした。 写真はカヤ。左からカヤの木、実をつけた枝木(以上は奈良市田原)、シブナシガヤの木、シブナシガヤの種子(以上は宇陀市菟田野)。 榧の実を競ひ拾ひし遠き日の少年けんちゃんたっちゃんの夏
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