大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

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2014年08月14日 | 祭り

<1075> 続 盆 踊 り

       盆踊り あの子の浴衣 姿かな

 盆踊りについては、このブログ<711>で触れたが、奈良県の南端、南紀熊野に近い十津川村に、国の重要無形民俗文化財に指定されている大踊りと称せられる小原、武蔵、西川三地区の盆踊りがある。この盆踊りに歌われる音頭の中に、私が子供のころ岡山の田舎で聞いた盆踊りの音頭に似ているものがあることについて今少し触れてみたいと思う。

 私の郷里は備前の瀬戸内海に面したところで、その盆踊りの音頭は出だしのところを今も忘れることなくすらすら歌える。その出だしの部分は既に<711>で紹介しているが、「盆の十五日に 踊らぬ奴はよ 猫か鼠か鷄(にわとり)かよ あらよいよいよい」というものである。これは、盆踊りでは最大と言われる阿波踊りの「踊る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃ損々」に似て、踊りの中に加わることを促している。

 この田舎の盆踊りについては、歌い手がいつも隣町から来て櫓に上がって歌っていた。踊りの会場が家から近かったので会場に出向かなくても歌は聞こえて来た。寂びのある男の声で、何となく哀調があった。歌は江州音頭だと聞き及んでいたので、十津川の大踊りの歌をラジオで聞いたときは、同じ歌い回しに大変驚いた。その後、伊勢神楽のことが思われ、これは文化の繋がりを示すものだと自分を納得させたのであった。

                                                              

 で、十津川の大踊りは一度見てみたいという気持ちでいるが、未だその機会がない。なので、まだ確認は取れていないが、音頭は確かにこの耳で聞いた。それはよく似ている調子であった。この音頭の話に似ているのが前述した伊勢神楽で、これも以前触れたと思うが、子供のころのことである。麦秋から田植えの終わるころにかけて、毎年、伊勢神楽の一座がやって来て、門付けをして回った。その門付けの獅子舞いが、奥宇陀の曽爾村や御杖村で行なわれている獅子舞いに酷似しているのである。この獅子舞いを曽爾村の門僕神社で初めて見たときもびっくりした。

 門付けの一座によって、伊勢神楽の獅子舞いは備前岡山の片田舎にまで知られていたのであるが、一座にはどの辺りまでが行動範囲だったのだろうか、箱を設えた車を曳いてやって来た。獅子が真剣を用いたり、獅子舞いに鷄が登場し、獅子をからかって怒った獅子が狂い回るというのも同じで、このことが十津川の大踊りの音頭にも重なって思われて来たのである。

 あれは江州系の音頭ではなく、伊勢系の音頭ではなかったか。獅子舞いに同じく、鶏が登場するのも偶然ではない気がする。文化交流の繋がりで言えば、昔から信仰の道として伊勢路が知られている熊野に近い十津川は近州に馴染みはなく、伊勢の方が濃密である。言わば、伊勢の影響の大きいところである。このことをして思えば、大踊りの音頭は伊勢音頭に関わることが考えられる。

  そこで郷里の備前岡山のことであるが、河内音頭の河内を遥かに越えて備前岡山まで、獅子舞いはもとより、盆踊りの音頭も伊勢が浸透していたことが思われる次第である。今日はその盆の十四日である。明日、明後日にはどこかで、盆踊りの音頭が聞こえて来そうである。因みに、大和の北西部は河内に近い関係もあって、主流は河内音頭のように思われる。写真は盆踊り(左)と曽爾の獅子舞い。


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