<2655> 大和の花 (769) コナラ (小楢) ブナ科 コナラ属
日当たりのよい二次林に多く、クヌギ(橡、椚、櫟)と並び里山における雑木林の代表的樹種として知られる落葉高木で、枝をよく伸ばし、大きいもので高さが20メートル以上になり、幹の太さは直径60センチに及ぶ。樹皮は灰黒色で、縦に不規則な裂け目が出来、老木になると、裂け目が深くなり、裂け目の間に白っぽい若木のころの樹皮が帯状に現れる。
葉は長さが5センチから15センチの倒卵状長楕円形で、先は尖り、縁には鋭く大きい鋸歯が見られる。洋紙質で、表面は緑色。はじめ絹毛があるが、後に無毛となる。裏面は灰白色で、星状毛と絹毛がある。葉は互生し、ミズナラ(水楢)に似るが、本種では1センチほどの葉柄があるのに対し、ミズナラではほとんどなく、この違いが判別点になる。秋には黄葉する。
雌雄同株で、花期は4月ごろ。新葉の展開と同時に開花し、長さが数センチの雄花序を新枝の下部から多数垂れ下げ、樹冠を一変させる。雌花序は雄花序より短く、新枝の上部葉腋から出るが目立たない。堅果の実は長さが1.5センチから2センチの長楕円形で、下部は殻斗に包まれる。単にナラ(楢)とも呼ばれ、地名の奈良にも関りがあるようにも言われる。ほかにハハソ(柞)の名が見られ、ナラ、コナラ、ハハソの名で『万葉集』の5首に見える万葉植物である。
北海道、本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島に見られるという。大和(奈良県)では全域的に見られ、垂直分布において北方型のミズナラとの混生も確認されている。クヌギと同様、伐採しても伐り株から萌芽して再生する強さがあり、薪炭材に利用されて来た。だが、電気やガスの普及によってエネルギーとしての需要がなくなり、里山は放置され、コナラもクヌギも見向きされなくなり、老木化して樹勢の衰えが進み、甲虫のカシノナガキクイムシの影響によるナラ枯れの現象が奈良盆地乃至その周辺の山々に広がりを見せているのが昨今の状況である。
材は薪炭、器具、シイタケの榾木などに用いられ、樹皮はタンニンを含み染色に、ドングリの実はデンプンを多く含み、昔はナラ団子にして食用としたが、今はシイタケの榾木にされるくらいである。 写真はコナラ。左からいっぱいに垂れ下がる雄花、雄花序のアップ(新枝の先には雌花が見える)、幹、ナラ枯れによって伐られた株。 春霞ベールの中の奈良盆地
<2656> 大和の花 (770) ミズナラ (水楢) ブナ科 コナラ属
山地から亜高山に生える落葉高木で、高さは大きいもので30メートル、幹は直径1.5メートルに及ぶ。ブナ(橅・椈・山毛欅)と混生することが多く、純林を形成することもある。樹皮は淡灰褐色で、老木になると、縦に深い裂け目が出来る。葉は長さが7センチから15センチほどの倒卵形で、先が急に尖り、基部はやや耳状に張り出す。縁には粗く鋭い鋸歯が見られ、質は洋紙質で、葉は互生するが、柄がほとんどないので、有柄が明らかにわかるコナラとの判別点になる。
雌雄同株で、花期は5月から6月ごろ。葉の開出と同時に新枝の基部に長さが7センチ前後の雄花序を数個垂れ下げ、多数の小さな雄花をつける。雌花序は新枝の上部葉腋に見え、雌花が1個から3個つく。堅果のドングリの実は長さが2、3センチの長楕円形で、下部は鱗片が重なるように見える堅い殻斗に包まれ、その年の秋に熟す。この実はリスやクマの好物と言われる。
北海道、本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島、南千島、サハリン南部にも見られるとう。西日本型のコナラ(小楢)に対し、オオナラ(大楢)の別名でも呼ばれる東日本型で、近畿以西では主に標高の高い冷温帯域に自生している。ミズナラは古来より人間との関りが深く、縄文人は食糧にしたとされ、ブナとともに東日本における縄文人の主食だったといわれ、東日本型文化圏を形成するのに影響したとされている。因みに、西日本における縄文人はスダジイやツブラジイを主食にたとされる。
ミズナラ(水楢)の名は、材に多量の水分が含まれ、燃え難いことによるという。材は建築、薪炭、靴型、家具、樽、楽器などに用いられ、樹皮はタンニンを含み、染料にされて来た。 写真はミズナラ。枝ごとに垂れ下がる雄花序(左・東吉野村の明神岳、花は盛りを過ぎている)、花序のアップ(中・御所市の金剛山)、若い実(右・上北山村の大台ヶ原山)。 香の主は椿の奥の沈丁花
<2657> 大和の花 (771) クヌギ (橡・櫟) ブナ科 コナラ属
丘陵や山地に生える落葉高木で、高さは15メートル以上、幹回りは直径60センチに及ぶものも見られる。コナラとともに里山の二次林の樹種として古来より里人の生活に密接な関りを持ち、有用木として利用されて来た。樹皮は灰褐色で、不規則な裂け目がある。葉は長さが8センチから15センチの長楕円状披針形で、先が鋭く尖り、縁には波状の鋸歯が見られ、鋸歯の先は2、3ミリの細い針になっている。側脈は13対から17対。浮き立ってよく目立ち、針の先に通じる。葉柄は1センチから3センチで、互生する。
雌雄同株で、花期は4月から5月ごろ。葉の展開と同時に開花し、雄花序は長さが10センチほどで、新枝の下部から多数の雄花をつけ垂れ下がる。雌花は新枝の上部葉腋にわずかにつく。堅果の実(どんぐり)は直径2センチ超の球形で、次の年の秋に熟す。殻斗には線形の鱗片が実を包むように多数つく。
クヌギの名には国の木、食いの木からの転訛による説など諸説が見られる。橡と櫟は漢名で、クヌギと読ませている。なお、古名はツルバミ(都留波美・橡)で、『万葉集』にはこの名で6首に見え、すべてが実のどんぐりを煮出して染色に用いたことによるツルバミ染の衣について詠んだもので、所謂、万葉植物である。
万葉当時は庶民の衣をこれで染めたとされ、大伴家持に「紅(くれなゐ)は移ろふものぞ橡(つるばみ)のなれにし衣(きぬ)になほ若(し)かめやも」(巻18-4109)と遊女に入れ込む部下に対し、紅と橡で染めた衣を譬えに出し、クレナヰの華やかな衣を着飾っている遊女よりもツルバミの地味な衣を普段纏っている女房の方が飽きることなくよいものだと諭している歌が見える。時代が下り平安時代になるとツルバミ染は貴族の喪の衣に用いられるようになったと言われる。
クヌギは染料のみならず、生活になくてはならない樹種として、時代が下ってからも、つい最近までコナラとともに大切に育まれ、里山の風景をなしていた。その一番の役目は煮炊きに必要な燃料とした薪炭材としての評価が高く、伐っても根元から芽を出し再生することから重宝され、ほかにもシイタケの原木、樹皮を煎じて打撲などの薬用にして来た。
だが、現代に及んで電気やガスの供給が行き届き、燃料をこれらで賄うようになって行き、コナラとともにクヌギの出番はなくなり、今ではシイタケの榾木に用いられる程度になり、昔のクヌギ林は放置され、クヌギ林の風景も徐々に廃れ、今に至っているところがうかがえる。
本州の岩手、山形県以南、四国、九州、沖縄に分布し、朝鮮半島、中国、台湾、東南アジア、ヒマラヤ地方に広く見られ、大和(奈良県)では北中部に集中して見えるが、自生か植栽起源かクヌギと人との関りからその判断は難しいところがあるとされる。 写真はクヌギ。左から黄緑褐色の花で被われた樹冠、雄花序のアップ、殻斗の鱗片に被われた堅果、幹。
利によりて称へらるるは常のこと櫟の由来あるは思はる
<2658> 大和の花 (772) アベマキ (棈) ブナ科 コナラ属
丘陵から山地に生える落葉高木で、高さは15メートルから20メートルに及び、里山の雑木林の樹種の1つとして知られる。クヌギと酷似するが、クヌギよりも樹皮のコルク層が厚く、葉の幅がやや広い卵状狹楕円形で、裏面に星状毛が生え、灰白色に見える違いがある。しかし、交雑した中間型も見られ、判別のつき難いところがうかがえる。
雌雄同株で、花期は4月から5月ごろ、葉の展開と同時に開花し、雄花は新枝の下部から花序を垂れ下げ、小さな花が多数に及ぶ。雌花は新枝の上部葉腋に普通1個ずつつき、この花群もクヌギに似て、遠目には見分けられないところがある。実の堅果はほぼ球形のドングリで、線形の鱗片に被われた殻斗に包まれ、これもクヌギに似る。
アベマキの名は、アベが痘痕(あばた)の意で、コルク層の厚い樹皮の凹凸を痘痕に見立てたことに由来し、マキは薪の意かと言われる。地方名のコルククヌギ、ワタクヌギも厚い樹皮のコルク層に因んでいる名であるのがわかる。用途はクヌギと同じく、薪炭材やシイタケの原木、建築や器具材に用いられる。
本州の山形県以南、四国、九州に分布し、朝鮮半島、中国、台湾などに見られるという。大和(奈良県)では、クヌギと同様、北、中部に分布域が重なり、自生と植栽起源の区別が難しいとの見解もクヌギに似ている。 写真はアベマキ。左から枝木いっぱいに咲く雄花群、葉の展開と同時に垂れ下がる雄花序、多数の鱗片に包まれた堅果の実、コルク質の樹皮で知られる幹。
散るさくら花びら一つ一つの時
<2659> 大和の花 (773) カシワ (柏) ブナ科 コナラ属
山地に生える落葉高木で、高さは15メートルほどになる。樹皮は灰褐色から黒褐色で、縦に不規則な深い割れ目が出来る。葉は長さが10数センチから30センチほどの倒卵状長楕円形で、先は尖らず、基部はやや耳状に張り出し、縁には波状の大きな鋸歯が見られる。この葉の特徴により、同属他種との判別が容易に出来る。葉にはごく短い柄があり、互生する。
カシワの葉はブナ科の中では最も大きく、カシワの名はこの葉に飯を炊(かし)ぎ盛ったことからカシキハ(炊葉)と言われ、これがカシワに転訛したと1説にある。また、端午の節句のかしわ餅は餅をこの葉に包んだことによる。洋紙質の葉は餅にひっつかず、めくりやすい。別名のカシワギ(柏木)、モチガシワ(餅柏)も葉による名で、これらの名は大きい葉が重宝されて来たことを物語る。
雌雄同株で、花期は5月から6月ごろ。葉の展開と同時に開花し、雄花は新枝の下部に長さが10センチから15センチの花序を垂れ下げ、多数つく。雌花は新枝の葉腋の花序に5、6個つく。堅果の実は長さが2センチ弱の卵球形で、線形の鱗片に被われた殻斗に包まれ、開花年の秋に熟す。
北海道、本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島、中国、台湾、南千島、ウスリーに見えるという。大和(奈良県)で野生と見られる個体は曽爾村の住塚山(1016メートル)の山頂付近でしか確認されておらず、この個体にしても登山道傍の限られた場所であるため、植栽起源の可能性も捨てきれないとして、奈良県のレッドデータブックには情報不足種としてあげられている。 写真はカシワ。空高く枝を伸ばす住塚山の個体(左)、大きな葉が茂る下に花序を垂れ下げる雄花(中)、瑞々しい若葉(右)。
不明なることに対ひて知を探る我が名の由来譚など思ひ