<2643> 余聞、余話 「ホオジロ」
そうじゃあない 滑稽と見なすべきじゃあない
この世のことは 生きるということは
みんな懸命 みんな真剣なんだ
ぼくたちが目撃し 経験していることは
そういうところの 光景なんだ
懸命な生の 真剣な姿の 様々
そう 笑えるようで 笑えない
つまりは みんな そういうことなんだ
懸命な鳥たちの 羽ばたきのように
だから 笑ってはいけない
ましてや 嘲笑なんてことは
もってのほかで 心しなくてはならない
この間、奈良県営馬見丘陵公園の梅林近くに建てられている「大和の礎」と称される奈良県の戦没者慰霊碑のモニュメントに春の使者とも言えるホオジロが来てピカピカに磨かれたそのステンレス製の鏡になった側面に向かって激しく攻撃的な行動を取っているのに出くわした。
よく見ると、それはオスで、目元の斑が黒く、すぐ近くの草地に目元の斑が濃い褐色のメスがいた。オスはモニュメントに映った自分をテリトリーに侵入して来た別のオスと勘違いしている様子で、その鏡の自分に向かって暫く攻撃的行動を取った後、モニュメントの天辺に移動して止まり、そこで縄張りを主張するごとく鳴いて、二十メートルほど離れたモミジの枝に移り、そこで一休みするという行動パターンを見せていた。
鳴き声はあの高らかな囀りではなかったが、自分を主張しているように見えた。そして、ときに草地に下りてメスの後を追い、また、少し時をおいてモニュメントに引き返し、鏡になった側面に映る自分の姿に向かって攻撃を加えるという行動を何回か繰り返した。
こうしたオスの行動はほかの野鳥にもあるようで、車のサイドミラーなんかでも見られるという。これは繁殖期に示される行動であろう。オスが行うもので、メスには見られないようである。それにしてもメスに思いを馳せ、縄張りを主張するオスには涙ぐましいまでの行動であると思える。
オスには鏡に映る自分がものすごい勢いで向かって来るように感じられるのではなかろうか。それは自分自身の興奮度に比例するもので、懸命になればなるほどその錯覚の姿は激しさを増すことになる。戦没者慰霊碑のモニュメントという場所柄にもより、何か、その光景には教訓的なところが、感じられた。
よく見ていると、オスにはものすごい形相になっているが、決して負けることはないように見え、その攻撃的な行動はむしろ楽しむ風にも見えるところがあった。だが、決して勝つことのない幻に向かっているのも確かで、鏡のそこにはその事実が潜んでいる。これをして幻想ということが言えるのであろうが、しかし、自分のテリトリーを守り、メスを獲得して自らの子孫を繁栄に導くというオスの生来の意欲が見られ、涙ぐましいまでの努力が秘められているところが感じられた。
その姿には戦争の犠牲になった勇者の心持ちに何か共通するところがあり、それが撮影に当たりながら思われた。あの懸命なオスのメスに対するアピールはきっと成功したに違いない。そう思わずにはいられない光景ではあった。
写真上段は鏡になったモニュメントの側面に映る自分の姿に向かって攻撃を仕掛けるオス(左)とモニュメントの先端でメスにアピールするオス(右)。写真下段はメスの後について歩くオス。