大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2019年04月19日 | 植物

<2661> 大和の花 (774) フサザクラ (総桜)                                          フサザクラ科 フサザクラ属

         

 1科1属の植物で知られる谷筋や痩せ地に多い落葉高木で、よく枝を分け、普通高さが7メートルから8メートルになり、大きいものでは15メートルに達するものもある。樹皮は褐色で、横長の皮目がある。葉は長さが4センチから12センチほどの広卵形で、先は尾状に尖り、基部は円形に近いくさび形。質は薄く、はっきりとした側脈があり、縁には不揃いの粗い鋸歯が見られる。長さが3センチから7センチの柄を有し、互生する。

 花期は3月から4月ごろで、短枝の先に数個から10個前後の花を集め、葉が展開する前の枝々に点々と連ねて咲かせる。花は花弁も萼片もなく、雄しべが総状に垂れ下がる。樹皮がサクラに似ることとこの総状の花によりフサザクラ(総桜)の名がある。花糸は白い糸状で、その先に淡紅紫色の線形の葯がつき、よく目につく。雌しべは淡緑色で、花糸の基部に多数つくが目立たない。翼果の実は10月ごろ黄褐色に熟す。

 本州の福島県以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では紀伊山地に多く、他の木々がまだ冬の佇まいの中でいち早く春を告げて花を咲かせるので印象に残る。類縁種のカツラ(桂)の花によく似るが、本種は花も葉も互生するので判別出来る。材は建築、船舶、薪炭などに用いられ、樹皮からは鳥もちが採れる。別名タニグワ(谷桑)。 写真はフサザクラ。まだ葉の展開がない枝木いっぱいに咲く花(左)、淡紅紫色の葯が目につく花(中)、葉が散った後の枝に残る翼果の実(右)。

 総桜白川八丁弥山川

 

<2662>大和の花(775)カツラ (桂)                                  カツラ科 カツラ属

     

 山地の渓谷沿いに生える樹種として知られる更新世の地層から実の化石が見つかるなどしている遺存的有史前植物と見られる落葉高木で、高さは30メートルに及ぶものもある。根元の幹から萌芽する特徴があり、株立ちになることが多い。樹皮は灰褐色で、縦に浅い割れ目が入り、成木になると薄く剥がれる。

 類縁種のフサザクラに似て、1科1。葉は長さ幅とも3センチから8センチほどの円形に近い広卵形で、先は丸いかやや尖り、基部は浅い心形。縁には波状の細かい鋸歯があり、両面とも無毛で、裏面は粉白色。葉柄は2センチから4センチと長く、対生する。新緑も黄葉も美しく、香りがあって、抹香を作ったことにより、マッコ、マッコノキ、コーノキなどの地方名も見受ける。カツラの名も香出(かづ)から来ているとする説がある。これも香りに因む。ラは語尾の添詞と言われる。

 雌雄異株で、花期は3月から5月ごろ。葉が展開する前に開花し、フサザクラと同様、雌雄とも花弁、萼片がなく、雄花では紅紫色の雄しべの葯が長い花糸に総状に多数ぶら下がる。雌花では3個から5個の雌しべが上向きにつき、紅紫色の柱頭が炎のような感じに見える。雌雄とも花の基部は膜質の苞に包まれる。

 北海道、本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では吉野川水系より南側の襲速紀要素系植物区域に集中して見え、北側では見ない。古くは楓をカツラと訓じ、『万葉集』にはこの楓と桂で4首に登場する。殊に月の桂として詠まれているのは、古代中国の伝説による月の中に生えているとする想像上の樹木で、この樹木に日本特産のカツラ(桂)を当てたものと思われる。

  因みに中国には日本特産のカツラ(桂)は存在せず、楓はマンサク科の和名フウ(楓)に見える名で、カツラではなく、楓をカエデに当てているのも誤認であると言われる。また、中国における桂はモクセイ科のモクセイやクスノキ科のニッケイなどの香木の総称として用いられていることから、カツラの音によって日本特産の桂に当てたと見るのが妥当と思われる。で、日本特産のカツラ(桂)は万葉植物になったという次第である。

  また、記紀によれば、カツラ(桂)は神聖な香木として扱われ、この流れを汲むものであろう、京都・賀茂神社の葵祭ではフタバアオイ(双葉葵)とともにカツラの枝葉を衣冠に挿して用いている。なお、清少納言は『枕草子』に「花の木ならぬは かへで。かつら。五葉」と述べ、カツラを花の木ではないとしてあげている。現在では公園などに植えられ、材は建築、家具、器具、船舶、碁盤、将棋盤、鉛筆など多くのものに利用されている。 写真はカツラ。左から雄花、雌花(ともに対生してつく)、幹、黄葉。 

  想像は心の仕儀にほかならぬあるは文学の世界など啓く

 

<2663> 大和の花 (776) ヤマグルマ (山車)                                     ヤマグルマ科 ヤマグルマ属

        

 山地の急な斜面や崖地の岩場などに生える常緑高木で、高さは20メートル前後になる。樹皮は灰褐色で、小さな皮目がびっしり出来る。葉は長さが5センチから14センチほどの倒卵形乃至長卵形で、先は尾状に尖り、基部はくさび形。縁には浅い波状の鈍鋸歯が見られる。質は革質で、表面は光沢のある濃緑色、裏面は緑白色。2センチから9センチの柄を有し、枝先に輪生状に集まり互生する。

 花期は5月から6月ごろで、枝先の葉腋に10センチ前後の総状花序を上向きに出し、フサザクラやカツラと同じような花弁も萼もない黄緑色の花を多数つける。花は車輪状に並んだ雌しべが5個から10個。この雌しべを囲むように雄しべが多数つく。実は袋果が集まった直径1センチほどの集合果で、秋に熟し裂開する。

 因みに、ヤマグルマは1科1属1の孤独な植物で、この点もフサザクラやカツラに似る。また、仮道管のみで、無道管の被子植物として知られる。なお、ヤマグルマ(山車)の名は、葉のつき方が車輪状に見え、山地に生えることによる。樹皮から鳥黐が採れるので、トリモチノキ(鳥黐木)の別名でも呼ばれる。

 本州の山形県以南、四国、九州、沖縄に分布し、東アジアに集中、台湾、中国南部、朝鮮半島南端部に見られるという。大和(奈良県)では、吉野川水系より南側に当たる襲速紀要素系植物区域に集中して見られ、北部には見られない。天川村の稲村ヶ岳の山頂直下、上北山村の小普賢岳の細尾根ではよく観察出来る。 写真はヤマグルマ。花期の樹冠(左・稲村ヶ岳山頂付近)、花序のアップ(中・同)、若い実をつけた果期の枝木(右・小普賢岳登山道細尾根)。  個性とは個々総体の特質にしてあり言はば神の配材