<2558> 大和の花 (697) モミ (樅) マツ科 モミ属
モミ属の仲間は世界に40種あると言われ、日本にはモミ(樅)、ウラジロモミ(裏白樅)、シラビソ(白檜曽)、オオシラビソ(大白檜曽)、トドマツ(椴松)の5種が分布し、大和(奈良県)にはモミ、ウラジロモミ、シラビソの3種が自生している。この3種はよく似るが、標高によって住み分け、この垂直分布における住み分けは近畿の最高峰、大峰山脈の主峰八経ヶ岳(1915メートル)の周辺において見ることが出来る。
その住み分けを八経ヶ岳に照らしてみると、モミはほぼ平地からブナ帯上部の標高1500メートル付近まで分布し、これより上部はウラジロモミに入れ替わり、標高1800メートル付近の八経ヶ岳の山域においてシラビソが優先して見える分布状況になっている。モミ属の特徴は上向きにつく球果の種鱗が中軸を残してばらばらに落ちることにある。では、低山帯でよく見かけるモミから見てみたいと思う。
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モミは低山帯を中心に標高1500メートルのブナ帯上部まで見られる常緑高木の針葉樹で、高さは25メートルに及び、幹は直径1メートルに達するものもある。寿命は短く、200年ほどと言われる。樹皮は灰白色で、若い枝には短い毛が生じる。葉は長さが2、3センチほどの線形で、先がわずかに凹む。上部の日当たりのよい枝では螺旋状につき、若い木や日があまり当たらない枝の葉は先が2裂して鋭く尖り、2列に並んでつく。
雌雄同株で、花期は5月ごろ。雄花は黄緑色で、前年枝の葉腋に多数つく。雌花は直立してつき、球果の実は長さが6センチから10センチ、太さが直径3センチほどの円柱形で、くすんだ緑色をし、徐々に茶色がかってくる。また、苞鱗が突き出て、螺旋状に並ぶ特徴があり、別種との判別点になる。開花結実は3年に1回ほどで、開花後の秋に成熟し、熟すと種鱗が中軸から離れて飛散する。
青森県を除く本州、四国、九州(屋久島まで)に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)ではほぼ全域に見られ、春日山原始林には巨木が多い。モミはマツと同じく古来より知られ、『日本書紀』や『万葉集』にオモノキ(母の木)、オミノキ(臣の木)の古名で登場を見る。所謂、万葉植物である。なお、材は白く腐りやすいことから棺や卒塔婆などに使用されて来た。 写真は左から雄花、若い球果(突き出て螺旋状につく種鱗が見える)、秋の成熟した球果。 継がれゆく時代と人との懐かしきあるは記憶の中の風景
<2559> 大和の花 (698) ウラジロモミ (裏白樅) マツ科 モミ属
ブナ帯の上部から亜高山帯の冷温帯域に生え、高低差でモミとシラビソの中間に分布する常緑高木の針葉樹で、ヒノキやコメツガなどと混成することが多い。普通高さは20メートル前後、幹の太さは直径80センチほどであるが、大きいものでは高さが40メートルにも達するものがある。樹皮は灰褐色で、赤味を帯びることが多い。枝は対生し、美しい。
葉は長さが1センチほどの線形で、表面は濃緑色、裏面は幅の広い白色の気孔帯が2本あり、白っぽく見えるのでウラジロモミ(裏白樅)の名がある。また、葉はモミと同じく、日当たりのよいところでは螺旋状につき、若い木や日の当たらない部分では2列になる特徴が見られる。
雌雄同株で、花期は6月ごろ。黄緑色の雄花は短い円筒形で、前年枝の葉腋に多数つく。雌花は赤紫色で、前年枝に直立する。球果は長さが5センチから10センチ、太さが直径3センチ前後の円柱形で、濃紫色から褐色がかってくる。透明な脂(やに)の出て来るものが多く、苞鱗は種鱗より短く、モミのように球果の外面に突き出ることはない。
本州の福島県から紀伊半島、四国に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では紀伊山地の大峰、台高山脈の高所が主産地として見られ、大台ヶ原のブナ、ウラジロモミ群集はよく知られる。なお、材は建築、パルプ、クリスマスツリーに用いられる。 写真は左から雄花、雌花、球果、脂が出た球果(釈迦ヶ岳登山道ほか)。 時を得て輝けるもの生命のそれぞれにありさまざまにして
<2560> 大和の花 (699) シラビソ (白檜曽) マツ科 モミ属
ウラジロモミよりも上部の亜高山帯の寒温帯域に分布する常緑高木の針葉樹で、高さは大きいもので35メートルほどになるが、山頂部に生えることが多く、風雪の影響を受けやすく、高さが抑えられるものが多い傾向にある。また、寿命が短く、樹齢数十年にして帯状に枯れる縞枯れの起きることで知られ、通常、時を経て種子の発芽があり、幼樹の生え出しによって復活する。
樹皮は平滑な灰白色で、脂(やに)の溜まった袋状の皮目があり、これを傷つけると香りのよい脂が出て来る。葉は長さが2センチから2.5センチほどの線形で、先端が凹む。表面は青味を帯びた緑色で光沢があり、裏面は白色の気孔帯が2本あり、ウラジロモミに似て白っぽく見える。
雌雄同株で、花期は5月から6月ごろ。雄花は前年枝の葉腋に垂れ下がり、雌花は上部の枝につき、暗紅色で直立し、先の尖った苞鱗が外面に突出て目立つ。実の球果は長さ5センチから6センチの円柱形で、若い実は青紫色を帯びる。3年に1回くらいの割合で開花結実するため、花や実の見られない年もある。
本州の福島県から中部地方と紀伊半島、四国に分布する日本の固有種で、シラベ(白檜)の別名もある。なお、四国に分布するものは球果が小さく、シコクシラベ(四国白檜)として区別する向きもある。大和(奈良県)では標高1700メートル以上に見られ、殊に大峰山脈の主峰八経ヶ岳(八剣山・仏経ヶ嶽・1915メートル)の山頂部一帯にトウヒ(唐檜)と混生し、優占種として山頂付近はほぼ純林状態で、国の天然記念物である「仏経嶽原始林」の主要樹種として注目されている。
また、山頂付近は風雪の厳しいところで、台風などによる被害とともにシカの食害もあって消滅が懸念され、奈良県では絶滅寸前にあるとされて来た。だが、最近、シカの対策などが功を奏したからか、幼樹の成長も見られ、絶滅寸前種から絶滅危惧種に危険度の評価が1ランク見直された。なお、南限として注目種にもあげられている。材は白くて軟らかく、ウラジロモミと同様、樹形がよいのでクリスマスツリーに用いられる。
写真はシラビソ。左から花盛りの雌花、灰白色の幹、縞枯れが見られる2003年の八経ヶ岳の山頂周辺、縞枯れの中に見られるようになった幼樹(2016年撮影)。 希望とは生の展望未来への明るさ或るは再生に見ゆ