大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年02月06日 | 万葉の花

<523> 万葉の花 (70)  ほよ (保与)= ヤドリギ (寄生木、宿木、寄木)

         寄生木の 際立つ冬と なりにけり

   あしひきの山の木末(こぬれ)のほよ取りて插頭(かざ)しつらくは千年寿(ほ)くとそ                          巻十八 (4136)  大伴家持

 集中にほよ(保与)の見える歌は、家持のこの歌一首のみである。家持は越中の国司を振り出しに、因幡、薩摩、相模、上総、伊勢などの国司を経た後、最後は陸奥に赴き、鎮守府将軍から征東将軍の任に及んで、都からはるかに遠いみちのくの地において生涯を閉じたとされている。巻十八はこのような経歴の持ち主である家持の公私における諸事情に関わる歌が大半で、この一首も「天平勝宝二年正月二日、国庁に饗を諸郡司等に給ふ宴の歌一首」という詞書をもって見える歌である。

 国司は任国の長で、正月一日には諸郡司等を集め、朝拝を行ない、賀を受け、宴を開く習いがあった。この歌は、越中の国司としてあったときの正月の宴で披露された賀の歌である。宴は元旦に行なわれるものと決められていたが、何かの事情で二日になったのであろう。宴には歌が披露されることになっていたのか、それとも家持の得意から詠まれたものか、「新しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)」という『万葉集』の掉尾を飾る巻二十4516番の一首も因幡の国司だったとき、元旦に催された宴において詠まれた賀歌である。

 4136番の歌は「山の木の梢に生えているほよを取って插頭にしているのは、千年の長寿を寿いでのことである」という意で、宴に集う一同の長命をほよに寄せて詠まれたものと受け取れる。多分、出席者はみなほよ(保与)を插頭にして宴に臨んでいたのではないだろうか。つまり、ほよ(保与)は長寿を叶える霊力のある植物に見られていたのである。

                                                     

 で、このほよ(保与)はと言えば、『倭名類聚鈔』に「本草云寄生 一名寓生 寓又寄也 音遇和名夜止里木、一云保夜」とあり、後に言うところのヤドリギで、ほやとも呼ばれていたことがわかる。ヤドリギはヤドリギ科の半寄生の常緑小低木で、ケヤキ、エノキ、クリ、サクラ、ミズナラ、ブナなどの落葉高木の広葉樹に寄生する。

 大きいもので一メートルほどになり、丸くなって枝木に繁茂するので、宿主の木が葉を落としてしまう冬になるとよく目立つようになる。このため宿を借る身でありながら冬も枯れずにいる姿に好感がもたれ、年のはじめの行事において插頭にされたのである。西洋でもヤドリギは好感をもって迎えられ、クリスマスのリースには欠かせない植物になっている。これは、冬になって宿主の木が葉を落としてもヤドリギが緑を保つからで、その姿を神の贈物として歓迎したことによる。古代のケルト人は聖なる植物としてヤドリギを宗教行事に用いたと言われ、この辺りがほよ(保与)のヤドリギの縁起のよい植物としての認識の始まりがあるようである。

 西洋のヤドリギはセイヨウヤドリギで我が国のものとは種を異にするが、ともに常緑の半寄生の小低木で、その姿は洋の東西を問わず同じように捉えられていたのである。それは落葉樹との比較において見られる精神的よりどころとして迎えられているわけで、マツにも言えることであるが、常緑樹だけの世界では成り立たない落葉樹の分布する文化圏の一つの特徴としてあげられる。 言わば、常緑樹というのは熱帯から寒帯まで見られるが、落葉樹、殊に落葉の広葉樹は温帯域に分布しているので、落葉の広葉樹に寄生して生育するヤドリギは温帯が生活圏ということになり、この常緑と落葉のともに見られる光景は温帯的なもので、温帯文化圏に見られる現象と言える。

  これは、風土に関わる現象で、この現象は構造的カップリングの姿と見てよいように思われる。「生き物は、どんな生き物でも、周りの出来事とペアとして、つまり「一つ」でありながら「二つ」として、つまり「一つが二つ」「二つが一つ」として、絶えず構造的にカップリングされて成立している」(『哲学の木』村瀬学著)というこのカップリングの姿がほよ(保与)のヤドリギという半寄生の小低木にはよく示されていることがわかる。つまり、洋の東西を問わず、私たちには、地球の温帯におけるこの常緑樹と落葉樹の間に交わされている生命のカップリング状況に認識が及び、人間世界の文化にも影響しているわけで、家持の歌にも詠まれたということが出来る。

  写真は、左がヤマザクラに寄生するヤドリギ。ヤドリギは雌雄別株で、中央は雄花(二月末撮影)。古名のほや、ほよの名は矢じりの穂矢、もしくは炎矢ということで、この雄花の花の色と形に由来するのではないかと想像される。右はいっぱいにに実ったヤドリギの果実。半透明な黄褐色の液果で、鳥が好んで食べるが、粘着性があり、糞になっても、この粘着質は失われず、消化されないまま排出された種子が枝の股などに付着するように出来、ほかの木に宿を借りるようになっている。