大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年02月20日 | 万葉の花

<537> 万葉の花 (73) やなぎ (夜奈義、也奈冝、楊奈疑、夜奈枳、柳) ・やぎ(楊、也疑、夜疑、夜冝、楊義、楊木、柳)=ヤナギ (柳、楊)

        近づけば 柳の芽吹き 確かなり

     うち靡く春の柳と吾がやどの梅の花をといかにか分(わ)かむ                                                      巻 五  (8 2 6)  史氏大原

    うちのぼる佐保の河原の青柳は今は春べとなりにけるかも                                                           巻 八  (1433)  坂上郎女

    ももしきの大宮人のかづらけるしたり柳は見れどあかぬかも                                                           巻 十  (1852)  詠人未詳

    小山田の池の堤に刺す楊成りも成らずも汝(な)と二人はも                                                            巻十四 (3492) 詠人未詳

    春の日に張れる柳を取り持ちて見れば都の大路思ほゆ                                                             巻十九 (4142) 大伴家持

 ヤナギはヤナギ科に属する落葉樹で、高木から低木まで見られ、我が国には四十種以上が分布していると言われる。雌雄別株で、尾状花序に小花を密に咲かせ、交雑しやすいところから雑種も多く、見分けが難しい樹種とされている。こうした事情のヤナギには、一つに花の咲く時期によって分類する見方がある。葉の開出する前に花を咲かせるタイプと葉が開出するのと同時かその後に花をつけるタイプとに分けられる。ネコヤナギやバッコヤナギの類は前者に属し、シダレヤナギやアカメヤナギなどは後者に属する。

 『万葉集』にはヤナギ(柳、楊)を詠んだとおぼしき歌が四十首見られるが、前述の点を踏まえてみると、かはやなぎ、かはやぎで登場する前者のネコヤナギの類が四首見られ、ほかの三十六首は後者のヤナギを詠んだ歌であることがうかがえる。ここではこの後者のヤナギを詠んだ三十六首について考察してみたいと思う。ネコヤナギの類と思われる四首については項を改めて触れることにしたい。

  やなぎ、やぎの原文表記については万葉仮名の当て字のものは別にして、柳と楊の漢字が用いられている。中国ではヤナギのことを楊柳と言って、楊と柳を区別し、楊は枝が堅く立つもの、柳は枝がしなやかで垂れるもの、即ち、シダレヤナギに用いている。だが、万葉当時の我が国ではその区別は見られず、『万葉集』ではそれに意識することなく、用いられているのがわかる。

                                              

 ヤナギの三十六首を見ると、まず、1433番の坂上郎女の歌のように青柳(あをやぎ、あをやなぎ)と詠んでいる歌が十二首。1852番の歌のように、枝が垂れる意のしたりやなぎや糸などの表現によって見えるヤナギが五首。また、同じ1852番の歌のように枝を折り取って頭插にした歌が十一首見られる。これは枝のしなやかなシダレヤナギであろう。当時の貴人たちがヤドリギのほよと同じく、シダレヤナギに霊力を認めるところがあったからだろうと推察出来る。

 また、826番の大原の歌のようにウメと抱き合わせに詠まれているものが十首で、これは中国から渡来したウメとともに植えられたヤナギであろうことが想像出来る。三十六首の中には柿本人麻呂歌集の歌が二首見え、この二首がヤナギの歌の中で時代的に最も古いものだと思われるが、これらを総合してみると、『万葉集』に見えるヤナギはウメとほぼ同時代に中国から渡来した中国原産のシダレヤナギと見てよいように思われる。

 これは、ウメと同時にシダレヤナギも中国からやって来て、貴族の庭園などにウメとともに植えられたということが言えるからである。1433番の郎女の歌の「佐保の河原」や3492番の歌の「小山田の池の堤」など場所の限定されている歌も見られるが、これらにしても、自然に生えているものではなく、植えられたものと見ることが出来る。言わば、三十六首に詠まれたヤナギは当時の舶来品で、ウメと同じく、中国文化の一端がうかがえると言える。

 このシダレヤナギは後世でも根強い人気が保たれ、江戸時代を舞台にした映画の時代劇などには掘割にヤナギはつきもので、よく見られる。また、近代になっても「柳青める日、つばめが銀座に飛ぶ日」と首都東京を歌った懐かしのメロデイ―でもお馴染みである。古都の奈良には多く見られ、大和ではときに半野生の見上げるようなシダレヤナギに出会うことがある。