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販売の方向は両極端になっている

未唯へ

 今日はだるいです。明日も忙しい。会社でのんびり。

 マキロンを買ってきましょう。足を吊ってきました。本当に痛いですね。戻るからいいけど、戻らない不安はあります。

 新聞も情報源にしましょう。夜、読みます。奥さんが片づける前に確保します。

販売の方向

 販売の方向の書類をテキスト化しました。私の考えている方向に半分、向かっている。まだまだ、理念がない。焦りだけがある。トップの焦りです。中間は意味が分からずに、トップが言うのであれば、図を書いています。

 既存の組織は一向に動きません。常識が違うからです。

 去年、販売店ヒアリングしたときに2015年レベルの答えは見つけています。お客様からメーカーへの情報の伝達の仕方、展開の仕方も分かっています。そのルールを無視して、メーカーでゴリゴリと作ろうとする部署と、何もしない部署に分かれている。

 私は、自分の説をそのまま実行するつもりはない。そんな二つが拮抗しているところに出しても無意味です。私のやり方は単純です。お客様と販売店・店舗、店舗と本社の間、販売店とメーカーとの間のループが回るようにします。ベースは販売店のループです。これができない限りは直接、やることになります。それは失敗します。

 失敗する理由は簡単です。この会社の強みが弱みになります。強みを生かすには、販売店の意識を変えさせることです。その知恵を使うことです。同時に、ループ上に、コラボレーションとライブラリを配置するかです。下りには、ライブラリを活用で、ナレッジで動けるようにします。店舗の活性化を挙げていく手段を上げていくようにします。

 活性化と上げていくために、SNSなどのコラボレーションを使います。それで意識を変えていきます。メーカーの作る機能はコンパクトにします。作ったものはライブラリで先端に運びます。

 バリューは焦っている。あまりにも知恵が細い。いろいろな知恵を借りて、回すだけの度胸がないといけない。両者の争いだけが増えています。しっかり、見ていきます。答えが見えていない同士の争いだから、傷つくだけです。小さな枠で、それぞれが正しいと思っているから、やっかいです。

 3つほど、上からならば、全体が見えるのに、誰も見に来ません。これが自行程完結の悪さです。

 メーカーの弱さは、組織の中だけで片づける。組織も偶々、そこにいる人間にやらせている。自分だけのことしか考えていない連中です。答えは出るけど、思いがない。考えることと自行程完結とは矛盾している。まあ、自分のことだけ考えろ、という意味では合っているけど、それで考えられるのか。仕事も環境も、それだけ考えていて、答えが出るのか。複雑性の世界です。

やり方

 重要なのは、これらのやり方を無理強いしないことです。循環が回り始めたところに気づいてもらえばいい。この数学モデルを社会に適用したい。気づかないならそのままです。今回のごり押しチームも勝手にやればいい。失敗するだけです。その時に、聞きにくればいい。その時に、もっと大きな世界を教えて上げます。

NHKのシェア社会

 NHKで放送された「シェア社会」を見ていた。シェア社会を志す人は多く出ています。私のスタンスは見守るだけです。

 私の武器は数学モデルです。そのまま説明しても分かるはずがない。皆の試行錯誤に対して、横軸を作ります。これは合っています。こちらに向かうか、失敗するかのいずれかです。

 シェア社会の基本をなすのは、個人と個人の信頼関係と言っていました。

今が変節点です

 今が変節点と言えるのかの根拠が足りない。私が存在していることが最大のポイントです。この意識に立つことです。そういうミッションの人間を使わせたことが、変節点にあることを示している。それが当たり前と思えるようにしていく。自分の中を整理します。啓示を形に変えます。

環境塾の枠

 未唯空間に、あいち環境塾の枠を作りました。中身はブログを反映させて、項目を変えていきます。一つ一つを反映しながら、全体を作り上げていくやり方です。

 7月分の反映は家のパソコンでは無理です。インスピレーションとパワーポイントが同時に動きません。会社でやります。

歴史哲学のこと

 歴史哲学の分野の歴史はないみたいです。歴史的な事象に対して、哲学的なものを見つけるのはおもしろそうです。

 西洋は哲学的な歴史ではなかった。あまりにも国が近かった。それに対して、東洋は哲学的だった。

 ヘーゲルまで来て、大丈夫か。デカルト、カントぐらいならどうにかなるけど。
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企業市民 企業と地域社会

『企業論』より

「社会的器官」としての企業 21世紀の企業像を求めて

企業市民という考え方の登場

 近年、アメリカにおいて「企業市民」(corporate citizenship)という考え方が急速にクローズアップされ、企業にも個人と同様に、市民としての意識・活動を要求されるようになってきている。そこには次のような背景がある。

  (1)企業活動の規模が大きくなり、企業の社会に与える影響が大きくなった。

  (2)教育・福祉・文化などのさまざまな領域で、政府の活動だけでは不十分になっている。

  (3)伝統的に市民・住民の手により、コミュニティ・地域社会をっくりだし、守ってきた。

 これまでは「よい質の製品・サービスを安く消費者に提供し、労働者によい職場を提供し、政府に税金を納める」企業がよい企業だったが、それ以外に、そして、それ以上に、広範囲のさまざまな社会的貢献も要求されるようになってきた。それが、「企業もよき市民でなければならない」という企業市民の考え方である。

企業の社会的貢献活動

 現在、アメリカの多くのコミュニティは、犯罪の増加、麻薬・アルコールの乱用、教育の荒廃、失業、貧困など実に多くの問題を抱えている。

 これらの社会的問題の解決や、上述した芸術・文化などへの積極的な社会的貢献を行うことは、単なる慈善にとどまるのではない。企業が行うのには十分な理由が存在している。

 企業が社会的貢献活動を行う理由は、企業規模の巨大化による社会的影響力の増大による「株主(shareholder)から利害関係者(ステークホルダー、 stakeholder)へ」という流れや、企業市民という思想、すなわち、義務的・規範的理由によることは確かであろう。だが、それ以外も以下のような「啓発された(もしくは見識ある)自己利益」という経済的・功利的な考え方も存在するのである。

  (1)寄付などの社会的貢献活動は、それ自体としては直接的には企業に利益をもたらさないだろう。しかし、労働者のレベルの上昇’・低下防止などが企業にとって大きなメリットになる。このことに代表されるように、社会的貢献活動は、長期的に社会をよくすることにより、最終的には企業のメリットとなるだろう。

  (2)環境問題に配慮し、取り組んでいる企業や、社会的貢献活動を行っている企業は、雑誌・レポートなどのメディアにより、消費者にその社名と評価が知らされる。その評価により購買活動をする消費者も多い。

  (3)「よい会社」であるという評価・評判は、従業員のモラールアップをもたらしたり、優れた人材を招き寄せたりする。

  (4)環境保護団体などから組織された環境保全グループが、環境保全のための行動原則=セリーズ原則を打ち出しているように社会的貢献活動を積極的に行っている企業は、社会性を重視する投資家・投資顧問会社に投資先として好感をもたれる。
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持続可能のさまざまな定義

『観光と開発』より

「持続可能」にはいろいろな定義がある。それを勝手に使っている。私もサファイア循環で使っている。

持続可能な開発:定義を求めて

 持続可能な開発は多くの人々によって受け入れられてはいるものの、この用語の実際の意味に関しては未だに一致した見解を見るに至っていない。すなわち、何が持続可能な開発で「ない」のかということを定義するのは比較的容易ではあるものの、それが何で「ある」のかということを言うのにはもっと問題があることが分かっている。持続可能な開発といっても聞く人が違えば、違うことを意味するし、数え切れない程様々な状況(勿論、観光をも含めて)に対して適用される。その結果、定義が数多く存在することになる。例えば、1990年代の初期を迎える頃には、持続可能な開発について提案された定義の数は既に70を越えていたと述べられている! にもかかわらず、最も人口に訥炎し、かつ長持ちしているのはBrundtland報告の定義で、それは「将来の世代が彼ら自身のニーズを満たす能力を損なうことなしに現在の世代のニーズを満たすような開発」(WCED 1987: 48)というものである。もっとも、この定義は、精々良くて曖昧で、悪く言えば無意味であるとみなす人々が多い。

 しかし、一般的に認められているところでは、持続可能な開発は「環境保護主義者と開発業者の接点」を意味している(Dresner 2002)。換言すれば、持続可能な開発は2つの過程、すなわち、開発と持続可能性とが結びついたものであると考えることができるかも知れない(もっとも、持続可能性という用語は持続可能な開発と同じ意味で使われることが良くあり、すっきりしないところもある)。このようなアプローチをすれば、おそらく、事態をあまりにも単純化することとなろう。すなわち、「開発」も「持続可能性」も双方ともに解釈次第で意味が異なってくる--例えば、環境の持続可能性といっても環境中心の(持続可能性のしばりが強い)視点から検討する場合もあれば、技術中心の(持続可能性のしばりが弱い)視点から検討する場合もある。にもかかわらず、持続可能な開発をその2つの構成部分に分割して見ることは、本書の目的からすると、持続可能な開発という概念の展開を探究するために役に立つ基盤となる。

 「開発」一般と特定問題としての開発の意味なり解釈なりの変化については、既に取り扱った。そこで、持続可能な開発「方程式」の残りの半分、すなわち、持続可能性を検討することが必要になる。

保護から持続可能性へ

 開発についての考え方が狭義の古典的経済成長の視点からもっと幅の広い、在来型の開発に取って代わる代替的な開発と最近見受けられる多様なアプローチヘと展開してきたのと全く同様に、環境についての懸念の特徴ないし環境保護主義は数多くの段階を経て保護から持続可能性へと進んできた。

 要するに、持続可能性とは、生産と消費からなる人間の経済体制はグローバルな生態系の下位システムであるという観念に基づいている。つまり、グローバルな生態系が自ずから経済的な下位システムヘの全ての投入財の源泉となり、その全ての廃棄物の受け皿となる。グローバルな生態系には供給源の機能と廃棄物の受け皿機能があるが、生産/消費のニーズを各々賄い、こういった過程から生ずる廃棄物を吸収する能力には限りがある。こうして、方程式の中の変数は下記の通りとなる。

  1 自然(再生不可能な)資源の蓄え(stock)が、代替・再生可能な資源の開発との関連において、使い果たされる割合;

  2 廃棄物が、環境の吸収能力との関連において、生態系に戻され蓄積される割合;

  3 グローバルな人口水準と一人当たりの消費水準。

 持続可能性はこれらの変数の問にバランスを保つことにかかわっており、こういうことをどの程度なし遂げ得るかという潜在的な可能性は、生産と消費の過程を決定する政治的、技術的、経済的、社会的制度がどの程度実効的に管理されるか(あるいは「変革されていくか」)に大きく依存する。持続可能性を達成する上で各々の変数が同じ重みを持っているのであるが、1997年の京都議定書の後では、地球温暖化と気候変動が現在最大の関心事項となっている。実際に、2005年末のモントリオールでの国連会議では1参加国(米国)を除いて全ての参加国が京都で合意された措置をスピードアップすることに同意した。この後すぐに論ずるが、これは、観光と特に関係のある問題についての懸念が広汎に存在することを反映している。
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新刊書争奪戦の最前線で30冊を借りた

1時半に豊田市中央図書館に着きました。ヘーゲルの『歴史哲学講義』を探していた。哲学の棚にはなかったので、OPACで探したら、歴史の棚に、岩波のワイド版を見つけました。これなら、OCRが可能性です。

2時45分に新刊書が出てきた。周りにいた6人ぐらいが押しかけました。最前線に私がいました。2周して、30冊を借りました。

 201.1『歴史哲学講義 (上)』ヘーゲル

 201.1『歴史哲学講義 (下)』ヘーゲル
 392.27『イラン革命防衛隊』

 304『激動予測』「影のCIA」が明かす近未来パワーバランス

 336.04『トヨタ人事方式の戦後史』企業社会の誕生から終焉まで  9000円もしています

 141.93『性格のパワー』世界最先端の心理学研究でここまで解明された

 143.5『今からの危機』

 159『コーチングの神さまが教える「前向き思考」の見つけ方』

 539.09『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』

 519.03『環境テクノロジー』プロフェッショナル用語辞典

 673.3『大前研一と考える「営業」学』営業こそプロフェッショナルを目指せ

 024.1『本のある生活』本活のすすめ

 140『社会でいきる心理学』地震と原発 3・11級の地震が予測される日本で数十兆円の税金をムダにしながら「原発」を選ぶことに合理性はあるか?

 332.1『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』

 319『ネクスト・ルネサンス』21世紀世界の動かし方

 786.1『それでも僕は「現場」に行く』

 304『民主主義を成功させよう』「当たり前」が理の始まり

 302.22『中国人一億人電脳調査』共産党よりも日本が好き?

 311.1『公共哲学』マイケロ・サンデル 政治における道徳の考える

 304『軋む社会』教育・仕事・若者の現在

 369.31『世界が感嘆する日本人』海外メディアが報じた大震災後のニッポン

 319.1『交渉術』

 913.6『9・11倶楽部』

 498.58『一生太らない食べ方』しっかり食べてもやせられる! 二度と失敗しない食べ方のルール

 070.4『原発報道とメディア』

 913.6『異時空自衛隊』もうひとつの太平洋戦史 架空戦記 決戦!日本VS全世界  いつまでも本論に入らない』

 304『明日の日本をつくる復興提言10』

 104『哲学カフェ!』⑰のテーマで人間と社会を考える

 675.1『まだある。』今でも遊べる〝懐かしの昭和〟カタログ~遊園地編~

 611.1『「農政」大転換』

終日に片付けにといけない。明日のあいち環境塾は講義の集中するので、夜だけにしましょう。
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