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現代の個人化と国家の役割

『政治学をつかむ』より

それでは、このような現代世界において、国家の役割をどのように考えていくべきだろうか。国家と社会、国家と集団と個人の関係を、どのように考えていくべきだろうか。すでに指摘したように、領域内で正当な暴力を独占し、法と秩序を維持する存在としての国家の役割はなお大きい。

しかしながら、もはやすべての問題を国家の力のみで解決することもまた難しい。このことを福祉国家の今後という視点から考えてみよう。

現代社会で進む個人化について指摘する声は多い。グローバリゼーションの波は、各国社会における集団の結び付きを解体し、個人を取り巻く社会組織の崩壊をもたらしている。結果として個人化が進んでいるが、この個人化とは個人の解放という側面と同時に、個人が向き合わなければならない新たな不安や不確実性の増大を意味している。

このように個人はますます不安定化した状況に置かれているのに対し、福祉国家はこれに十分に対応できなくなっている。その背景にはもちろん財政的な問題があるのだが、それだけが理由ではない。伝統的な社会政策が前提としていたような、比較的同質な社会集団や階層構造が解体してしまったために、それぞれ個別的な状況の下にある個人にうまく対応できなくなっているのである。これまでの社会政策は、人々をさまざまな集団に分類することに立脚してきた。その最たるものが失業問題であろう。これまで失業問題に対しては、年齢、性別、学歴などによって政策的対応がとられてきた。

しかしながら、いまや失業を考えるにあたってはさらに、職歴、家族構造の変化、心理学的な個人史が重要な意味をもつようになっている。今後の社会政策は、このように一人ひとりの個人の生活の軌跡に対して、より大きな配慮を払わなくてはならないだろう。

そのために現代の福祉国家は、ある意味で個人に働きかけつつ、個人と個人の間の社会的紐帯を作り出す役割を担わなくてはならなくなっている。労働法の分野でも「法の手続き化」の動きが見られる。これは複雑化する諸問題に対し事前に画一的に定められた規範を当てはめるのではなく、問題にかかわる当事者を広く集め、交渉や話し合いを行わせ、事後的に、当事者が適切な手続きにそって問題解決を行ったかをチェックするという考え方である。問題が複雑化・個別化している以上、その発見・解決・審査を労働者と企業、社会、国家の相互プロセスの中で行っていくことがその目的である。

このように、現代における国家は自らがすべてを解決するのではなく、広く当事者間の交渉や話し合いの場を創出し、新たな規範の創造を、そのような交渉や話し合いに委ねる方向へと変化しつつある。しかしながら、そのことは国家の責任放棄を意味しない。むしろ国家の役割を、そのような関係者の話し合いの場を設け、かつ話し合いが適切に行われたかを事後審査することに見出しているといえるだろう。

市民社会を構成する多様な集団や個人の間に相互作用を生み出すこと、さらに、その相互作用のあり方と質に対し一定の責任を負うことこそ、現代的な国家の役割である。その意味で、国家はもはや絶対的な存在ではないにせよ、依然として重要な役割を果たすべきなのである。このことは福祉国家の社会政策にとどまる話ではなく、市場経済への対応を含め、およそこれから必要な公共的決定一般に当てはまることであろう。

このように歴史的に見て国家・集団・個人の関係は変容してきている。この変化を適切に把握し、また未来においてあるべき関係を構想することもまた、政治学の重要な課題である。
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新しい市民社会論

『政治学をつかむ』より

このような新自由主義的な議論とは別に、現代的な視点から市民社会に再注目する動きがある。このような動きは、「新しい市民社会」論、あるいは「市民社会論のルネサンス」と呼ばれている。

市民社会という概念自体は古代ギリシア・ローマの時代に遡るものであるが、「市民による政治共同体」を意味するこの言葉は、国家とほぼ同義語として用いられることが多かった。これに対し、18世紀以降、この言葉は国家と区別される領域を指し示すようになる。近代市場経済の発展を背景に、市民の経済活動の展開によって形成される秩序を指し示すようになったのである。すでに指摘したようなヘーゲルの用法は、そのひとつの典型であった。このような意味での市民社会概念は、日本の戦後社会科学においても活発に論じられた。その場合、自立的な個人が構成する近代社会の理念として評価されることもあれば、マルクス主義のように、資本家(ブルジョヮ)の階級支配として批判されることもあった。

これに対し、現在、「新しい市民社会」論と呼ばれる動きは、1980年代末の中・東欧における民主化運動の中で再発見され、89年の社会主義体制の崩壊を機に、世界的な拡大を見せるようになったものである。中・東欧諸国においては、1956年のハンガリー動乱や、68年のチェコスロヴァキアにおける「プラハの春」のように、共産党独裁に対する民主化運動はソヴィエト連邦の介入を招き、挫折に終わっていた。このことを教訓に、政治権力を奪い自らが権力の中枢にすわることをめざすのではなく、むしろ国家から自立した領域において、複数の自発的アソシエーション(結社)から構成される独自の公共空間を創出することをめざす「自己限定的革命」の戦略がとられるようになった。このような動きの中から、レフ・ワレサ率いる独立自主管理労働組合「連帯」が生まれ、国民的な社会運動を展開し、ポーランドの民主化を実現していった。この際に、直接に国家権力にかかわる政治活動の領域でもなく、また市場の領域でもない、市民の自発的な多様な組織的活動の領域として注目されたのが、「新しい市民社会」であった。

このような現実の動きと呼応するように、「新しい市民社会」概念の理論化も進んでいる。「新しい市民社会」とは、古典的な政治共同体=国家と同一視されるものでもなければ、ヘーゲルの考え方やマルクス主義のように国家から自立した経済領域とも区別される。政府を中心とする国家の領域でもなければ。企業を中心とする市場経済の領域でもない、いわば第3の領域こそが「新しい市民社会」なのである。この第3の領域の中心となるのは、政党や企業ではなく、NGOや非営利組織(NPO)など、さまざまな自発的なアソシエーション、社会運動、市民活動のネットワークである。

このような「新しい市民社会」を構成するアクター(主体)の活動はいまや、地域レベルから国家レペル、さらには超国家レベルにまで発展している。そのような市民社会アクター同士の相互作用や、各レベルの政府組織との交渉は、「グローバル市民社会」とでも呼ぶべきものを生み出している。もはや市民社会は国境の内側にとどまるものではない。もちろん、すでに指摘したように、国境を越えて活動するのは、必ずしも民主的で社会正義にかなう組織とは限らない。テロ組織はともかくとしても、原理主義的な宗教組織や、民族主義組織も、グローバルな市民社会を構成している。いずれにせよ、今日の世界を考えるにあたって、国家の政治権力による上からの統治だけでなく、多様な市民社会の集団による下からの秩序創造を考慮に入れることなしに、さまざまな問題への取り組みは不可能であろう。
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すき屋の店員は客をムシ!

2011年07月28日(木) すき屋の店員は客をムシ!

未唯へ

 一時間に一回起きています。あと、真理を組み合わせます。時間のこと。やりたいことと時間が空いていること。

 足のトラブルは病院に行かないと動けなくなる。

 クルマはいやです。信号で止まらないといけないし、待たないといけない。あの時間が無駄でしょうがない。

すき屋の店員

 TV放映のうなぎは680円。高い。だから、豚汁朝食セットにした。卵ご飯と豚汁です。

 すき家の店員は客が居るのに、居ない振りをしています。非常に居心地が悪い。客は私ひとりだけど、完全に無視しています。

 注文を聞きに来ません。どうなっているのか。ほかの客の後かたづけのために、目の前を4回、通り過ぎていきました。10分、経ちました。出てきました。すき家はメニューの目新しさだけです。店員の応対、支払いの機械化などがひどいものです。

 国道沿いの吉野家で朝食にしました。いつもの通りです。牛丼セールで牛鍋がなかった。

普通の人の感覚の差

 私の世界観はなかなか、通用しません。教科書通りに感覚を持っている。それを疑っていない。

 見る人で中味が変わる。それも個人ではなく、そういう見方です。見方ではなく、真理です。真理を探究してきました。何が本当なのか。

 固定的な対象物があって、自分がそこに生まれてきて、死んでいく感覚はないです。それだけの舞台があって、虫けらのようにやるという感覚ではない。

 宇宙そのものが、自分の内側にあるという感覚です。これを述べても、普通の人には分かりません。

 だから、エッセイですべてを一気に述べるしかない。それとその効果です。

名古屋の悪さ

 名古屋の悪さはハイアラキーです。そこから落ちこぼれた連中が好き勝手をやっています。多面的な感覚を持っていないから、単なる弊害です。

未唯空間の自分編

 未唯空間の自分編は自分のことをいっているのではなく、真理を求めるための葛藤です。そのための手順です。

 説得して、こちらから向こうへ行くよりも、向こうから見ている感じです。

岡崎図書館で借りた10冊

 689『観光学キーワード』
 312.1『政治〈若者の現在〉』
 259.1『キューバの歴史』キューバ教育省 キューバ中学校歴史教科書【先史時代から現代まで】
 147『神聖幾何学』大宇宙の神秘を開く…「真実の自分に目覚めよ!」的な本です。
 159.4『ティナ・シーリグのスタンフォード大学白熱講義』 5ドルと2時間で稼ぐ方法 “人生を変える授業”をDVDに収録…DVD貸出不可 館内閲覧しかできない
 312.2『習近平時代の中国』一党支配体制は続くのか…2012年秋、総書記の後任に就任する予定。2013年春には国家主席ポストも引き継ぐ。
 070.1『ウィキリークス革命』透視される世界
 210.7『謎解き「張作霖爆殺事件」』
 I364.1『創造的福祉社会』 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 “限りない経済成長”の追求という時代の後に実現されるべき社会のありようを、「創造的福祉社会」あるいは「創造的定常経済システム」というコンセプトを中心にして構想するものである。
 368.6『大泥棒』 「忍びの弥三郎日記」に賊たちの技と人生を読む
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