ローマ人への手紙 14章1−12節
ルーマニアのクルージュ=ナポカという町に滞在しています。大学があるので、たくさんの若い人たちが通りを歩いている活気のある町です。路地歩きをしていると、古い町を囲む城壁の一部に突き当たりました。夕方には念願のトラム(路面電車)にも乗ることができました。
一人として同じ人がいないように、同じ信仰を持つ人であったとしても、その表れは異なります。「みことばの光」が書いているように、礼拝式の順序、用いる賛美や楽器などの違いを、他の教会で礼拝をする折に感じたりします。そして、ある場合には「さばく」ということが起こります。
パウロはここで「信仰の弱い人を…さばいてはいけません」と勧めます。さばく人は、それぞれが自分が神の側に立っているとの確信に基づいています。けれども、気づくべきは、自分がさばいている「あの人」を神は受け入れておられるのではないのかという点です。
キリストを信じる者はだれでもが、神に従っているとして歩みます。けれども、自分とは違う信仰の表れをする人を目にすると、いつの間にか自分が規準になっているのではないかと、立ち止って気づくことが必要だと考えるのですが…。