レビ記 27章1−25節
3月に入り最初の日曜日、教会までの道は肌を刺すような寒さもなく、春の訪れを感じさせるようでした。昨日から礼拝の受付には消毒用のジェルを置くようにしました。当地でも、いよいよに備えてマスクが売り切れたり、消毒用エタノールの購入が難しかったりしています。日本では500㎖の消毒用エタノールが2本で30000円近くで売られています。その値段の高さにびっくりするやらあきれるやら…。
レビ記は最後の章。ここは誓願についての規定です。ここを読み、ハンナの祈りを思いました。夫に愛されながらも、夫のもう一人の妻に辛い目に遭わされていたハンナは、涙ながらに祈ります。
「万軍の主よ。もし、あなたがはしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子を一生の間、主にお渡しします。そしてその子の頭にかみそりを当てません。」(サムエル記第一 1章11節)
男の子が与えられたとき、ハンナは誓願どおりにわが子を主にゆだねました。その男の子とは、やがてイスラエルを導くサムエルでした。
大きな問題を抱えたとき、人は神に必死に祈ります。そして、何とか自分の願いをかなえてほしいと、祈りが答えられたら何かをささげますと誓うのです。それが誓願です。人の弱さをよくご存じの神は、誓願する場合に心すべきことを定めておられるのです。
誓願は果たさなければなりません。それとともに、ささげると誓ったものを再び自分のものにしたいときには、評価額に5分の1を加えて買い戻すことも定めておられます。
「誓ってはならない」とのイエスのことばも思い起こします。誓ったことを果たさないままでいる身勝手な人間を戒めておられることばです。自分が用いることばの重さについて探られます。