詩篇 17篇
一か月ほど前、耳の具合が悪いので耳鼻咽喉科を受診しました。診療所にはHNOと書かれているので、そのような名称の医療機関のグループなのかと思っていたのですが、そうではありませんでした。ドイツ語の喉(のど)の頭文字H、鼻の頭文字N、そして耳の頭文字Oを並べたものでした。ですからそのまま日本語にすると、「咽喉鼻耳科」ということでしょうか。頭の中の単語帳が一行増えました。
この詩篇はダビデの熱心な訴えのことばから始まります。三行にわたって自分の願いを神に申し上げているのです。「聞いてください」「耳に留めてください」「耳に入れてください」ということばを並べてみると、ダビデの訴えが次第に強くなるようにも響いてきます。
正しい訴えを聞いてほしいと祈り始めるダビデは、自分には神の前に一点の曇りもないと潔白を証言しています。ここから、ダビデの生涯のどこで祈られたものなのかを考えてみますと、おそらくサウル王に執拗に追われて何度もいのちの危険にさらされていた時と結びつきます。「みことばの光」は「ダビデは楽しいピクニック気分でこの詩を書いたのではない」と書いています。ダビデには自分に向かい立つ者、自分を襲う悪しき者、自分を取り巻く貪欲な敵がいて、知恵と力をもって押しつぶそうとしてたのです。
3節の「夜 私を問いただされました」とのことばに目が留まりました。逃亡に次ぐ逃亡という一日を終えた時、荒野で床に就こうとするダビデが一日を振り返り、神の前にことばにおいて行ないにおいて自分はどうだったのかと顧みるのです。
神が夜を与えてくださるのはこのようなことのためでもあるのだと、気づかされます。