shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Night In Manhattan / Lee Wiley

2009-07-29 | Jazz Vocal
 ウチのオーディオ装置は1960年代に作られた、いわゆるヴィンテージものである。私が聴く音楽の大半が1950~60年代に録音されたものなので、モノラル録音が主流だった当時のレコードを聴くには、デジタル音源の再生を念頭に置いて開発された最新鋭のオーディオ・システムは必要ない。特にエネルギーが中音域に密集している古~い女性ヴォーカルなんかはCDではなくレコードで、それも出来れば真空管アンプと小型フルレンジ・スピーカーの組み合わせで聴きたい。微かなスクラッチ・ノイズの向こうから聞こえてくる歌声は、古き良き時代を思い起こさせてくれるものだ。更に灯りを落として小音量で聴けばもう言うことなし。女性ヴォーカルは雰囲気なんである。
 リー・ワイリーは1930年代から1950年代、つまりSP全盛の時代からLP時代の黎明期にかけて活躍した白人女性シンガーで、そのせいか、彼女の歌には蓄音器の向こうから聞こえてくるような趣がある。とにかく粋で気品があり、懐古的な歌声なのだ。ソフィスティケイテッド・レディとは彼女のような人の事を言うのだろう。知的で洗練されており、それでいて人間的な温かさを感じさせてくれる不思議な歌声だ。そのヴィブラートを効かせたお涙頂戴的トーチ・ソング唱法は彼女のキャリアの初期において確立されたもので今の耳で聴けば古めかしく聞こえるかもしれないが、それが逆に幽玄の美というか、夢と現実の境目あたりから聞こえてくるような不思議な雰囲気を醸し出している。こんな歌手は後にも先にも彼女を置いて他にはいない。
 彼女の代表的な作品のほとんどはSPがオリジナルで、LP時代に突入すると発売元のコロムビア・レコードはそれらの音源を10インチLPにまとめ、更に10インチ盤に数曲追加することによって12インチ盤に仕立て上げた。彼女の作品には「ガーシュウィン集」や「コール・ポーター集」(共にリバティ・ミュージック・ショップス)、「ロジャース&ハート集」(ストーリービル)、「ヴィンセント・ユーマンス集」や「アーヴィング・バーリン集」(共にコロムビア)といった作曲家シリーズが多いが、彼女の代表作と言えばやはり「ナイト・イン・マンハッタン」に尽きるだろう。
 この粋なアルバム・ジャケットは12インチ盤のもので、50年録音のセッションによる8曲から成る10インチ盤に51年のセッション4曲⑤⑥⑪⑫を追加収録したもの。この時代のジャケット・デザイナーのセンスの良さは有名だが、それにしてもどちらもまるで音が聞こえてきそうな名ジャケットだ。女性ヴォーカルはジャケットを聴け、というのは至言である。
 そんな「ナイト・イン・マンハッタン」、アルバム全編を通して彼女の魅力であるハスキー・ヴォイスと都会的な感覚の気品に満ちた唱法が満喫できる。彼女の代名詞と言える①「マンハッタン」はロジャース&ハートが1920年代に作った都会的な曲で、古き良き時代のニューヨークを想わせるその小粋な歌声、洗練された気品がたまらない名唱だ。そんな優雅な彼女の歌声にピッタリの、もうこれ以外は考えられないというくらいの絶妙なオブリガートを付けているのがイニシエのトランペッター、ボビー・ハケット。彼のトランペットは甘く、懐かしく、温かいムードを見事に演出している。又、まるで歌伴ピアノのお手本のようなジョー・ブシュキンのセンス溢れるいぶし銀プレイもこの名演に欠かせないもので、歌・演奏共に私の持っているすべての女性ジャズ・ヴォーカル盤の中でベスト!と言っていい素晴らしさだ。
 ②「アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー」は元々ブロードウェイではアップテンポで歌われていたものを彼女がセンチメンタルなミディアム・スローのバラッドにしてレコーディングし、以後そのアレンジが完全に定着したというからさすがである。聴く者の心を包み込む温かい情感がたまらない。③「ゴースト・オブ・ア・チャンス」は片思いの切々たる女心の微妙な綾をしっとりとした歌声で巧く表現している。哀しいけれど美しい... もうお見事と言う他ない。ブシュキン作の④「オー・ルック・アット・ミー・ナウ」は①の続編的な曲想を持ったナンバーで、「マンハッタン」大好き人間としてはそれだけでもう嬉しくなってしまう。ここでもハケットとブシュキンの軽妙洒脱なプレイが彼女の歌を十二分に引き立てている。
 ⑦「ストリート・オブ・ドリームス」はヴィクター・ヤング作の名曲で、情感豊かに歌い上げるリー・ワイリーのスタイルにピッタリの曲想を持ったナンバー。ハケットとブシュキンも相変わらず絶好調だ。同じくヴィクター・ヤング作の⑧「ア・ウーマンズ・インテュイション」ではほのかな気品を漂わせながら見事な歌詞の解釈を聴かせてくれるし、⑨「シュガー」は彼女お得意の懐古調ナンバーで、「ピート・ケリーズ・ブルース」でペギー・リーが歌うヴァージョンと双璧と言っていいと思う。ペギー・リーとリー・ワイリー、私はこの二人のリーが大好きだ。④同様①っぽい雰囲気を持った⑩「エニー・タイム・エニー・デイ・エニーホエア」は何とリー・ワイリーの自作曲。ミディアム・スローで気持ち良くスウィングするリー・ワイリーと歌心溢れるブシュキンのピアノが絶品で、このアルバムの中では①に次ぐ愛聴曲だ。
 別セッションから追加収録されたA面ラスト2曲⑤「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、⑥「タイム・オン・マイ・ハンド」、そしてB面ラスト2曲⑪「ソフト・ライツ・アンド・スウィート・ミュージック」、⑫「モア・ザン・ユー・ノウ」の4曲は、ハッキリ言ってガクンと落ちる。トランペットやストリングスがいないという編成上の違いよりもピアニストが変わったことによるパワー・ダウンが大きい。華がないというか、改めてジョー・ブシュキンの偉大さを思い知らされる。これらの取って付けたような4曲はアルバム全体の流れから言うと不要だったように思う。
 艶やかな歌、ツボを心得た伴奏、センス溢れるジャケットと、三拍子揃ったこのレコード、“粋なヴォーカル盤” といえば何を差し置いてもこのアルバムだと思う。

Lee Wiley - Manhattan - 1951