魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

尊住攘夷

2023年09月20日 | 日記・エッセイ・コラム

観光公害と言われるものの多くは、住民の日常生活に支障が起きることだろう。
今や世界観光都市の京都は千年の昔から、よそ者に苦労してきた。それが、当たりの良い冷たさとして、意地悪のレッテルを貼られている。
お金を落とし、文化刺激をもたらす「よそ者」に、受け取る時はニコニコ顔、生活を乱されれば後ろを向いて顔をしかめる。これは、正に今の日本の対応だ。

清朝皇帝に英国がお茶輸入赤字の穴埋めに様々な物を売りつけようとしたら、「そんなものは全て我が国にある」とバカにされ、英国は阿片を持ち込んだ。物事はギブアンドテイク、お互い様でなければ争いになる。
観光であれ貿易であれ、異文化と接触する以上、必ず自らも影響を受ける。その覚悟と寛容さを持たないのであれば、完全にシャットアウトして閉じこもるべきだろう。

ルール破りの観光客に困ると不満を言う前に、「観光客の視点」から考えたことはあるだろうか。様々な観光対策は受け入れる側の視点から行われている。
観光客視点で考えたつもりだろうが、それは、金儲けのためであって、その思惑に引かれて来る観光客には、商品しか見えない。当然、商売人以外の通行人には目が行かないから様々なトラブルが起こる。

住観WINWINの観光
本当に観光客視点で考るなら、富士登山にしても、とにかく来てもらおうの安売りではなく、初めから簡単には入れない神社の本殿と同様に聖域として設定し、五合目より上は、予約による入山申請と審査による許可のある人だけ登れるようにすべきで、初めからそうと決まっていれば、誰も文句は言えない。神社のご神体を見せろと文句を言う観光客はいない。
それをしないで、「富士山がボロボロに・・・」などと、観光客を蔑むのはご都合主義だ。

観光客にとっては、生活文化そのものがテーマパークだから、住民の迷惑など考えない。逆に言えば、住民側もそのつもりになって、備えとルールを解りやすく宣言しておけば良い。見る物は全て観光のためにあると思っている観光客を前提に、見せるものと見せないものをハッキリさせ、客のための専用通路、専用施設を設ければ、生活も守れる。
もちろん、少数の探求派はいるだろうが、そういう人はわきまえている。

京都の例では、住民のためのバス路線が観光客で満員になり、住民が利用できないと問題になっている。実際、乗ろうとして乗れなかったことがあるが、これは市の怠慢だ。
観光客用のバス路線を作っておけば、観光客も住民もWINWINになる。
バスを満員にする観光客の行き先は決まっているのだから、定番の観光ポイント10カ所ほどを直接繋ぐ観光循環路線があれば、観光客に分かりやすく早く着く。一方で、生活路線が混み合うこともない。
アニメ聖地など、思いがけない観光スポットになって困っている地域も、積極的に受け入れるつもりになれば、必ずWINWINの解決策がある。

「有り難いが困る」観光客は、「有り難迷惑」のお節介とは違う。実際に金を落とす経済チャンスなのだから、受け取るならそれなりの努力が必要だ。
そんな努力はしたくない、生活も乱されたくないというのなら、世界文化遺産など全て返上し、観光ビザ免除も取りやめ、当然の事ながら、海外の観光ビザ取得も難しくなるから、海外旅行も止め、「尊住攘夷」の旗の下、準鎖国状態の静かな日本に閉じこもって暮らせば幸せになるだろう。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿