魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

ほめ言葉

2009年04月05日 | 日記・エッセイ・コラム

日本の女優はフランス並みになった。
近頃の日本の女優は美形が少なくなった。というか、ほとんどいない。
個性や味が重視されるらしい。結局、大衆がそれを求めるからだが、中国や韓国の女優に比べればバラエティに富んでいる。

昔からフランス女優は個性的だ。
シモーヌ・シニョレとかジャンヌ・モローとか、魅力的だが、古典的な美形とは言えない。
美男美女でなければ絵にならないという価値観は、文化がナイーブだからだ。

同じ事は、スターが美男美女だと思う人にも言える。
テレビや映画の露出度が多い人を「美男美女」だと思い込んでいる。
スターの誰かに「似ている」と言うのが「ほめ言葉」だと、言う方も言われる方も喜んでいる。
マドンナ旋風の頃、社会党の土井たか子に、野次馬のおばさんが、
「きれいだぁ」と言っていたので、ひっくり返った。(ゴメン)

最近の日本のスターやモデルは、フランス並の個性派だから、決して美形の標準にはならない。
オーラだけが持ち味だから、似ていても、オーラがなければ、ビタミンウォーターを飲まない速水もこみちだ。

逆に、美形でもオーラがなければ、スターにはなれない。
きっと、当時の土井たか子にはオーラがあったのだろう。

先日、知人の社長が、部下の女性社員を目の前にして「この人、美人やろ、女優のOOに似てるやろ」と同意を求めるので、間接的に口説いているのかな?と思いながら、困ってしまった。

性格が歪んでいるので、女の人に「美人だ」と言ったことがない。
あまり同意を求めるから、『それ以上言うとセクハラだ』とも言えないし、確かに美人系なので、
「誰に似て無くても、美人は美人だね」と逃げたら、
「あっ、そう言う手もあるか!」
(かんべん、してくれよ)