転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



A中学高校の体育大会があり、朝から出かけた。
娘の応援をするためではない。
私にそんな気力は本来ないし、
だいたい娘だって応援に値するようなアスリートではない。
こいつは玉入れと騎馬戦にしか出ないというヤル気の無さだ。
だのに私は、本当に健気なことに、開会式前から会場入りした。
PTA役員の仕事として、ジュース販売をしなければならなかったのだ。
これは例年、前年度中2・高1で役員をした保護者が
新年度の体育大会のときに、やることになっている仕事だ。

私は午前中8:50~12:20の担当だった。
晴天で気持ちが良いのは大変結構だと思ったのだが、
晴れ過ぎて、途中から暑くてたまらなくなった。
まさに、『っついぜベイベー』な気分だった。
そんな、気温の上昇しまくる午前中、
生徒らのカバンは、生徒席テントの外に山積みにされていた。
カバンの中には間違いなく昼用のお弁当が入っていた筈なのだが、
朝から4時間以上照らされ続けたお弁当って、大丈夫なんだろうか。
でも今まで、A中高の体育大会で誰かが腹をこわした、
という話は聞いたことがないし、人間って案外、
何食っても大丈夫なんだなぁ、と変なことに感心した。

役員仲間は、いつもの、本当に仲良しで楽しい面々なので、
仕事そのものは相変わらず大笑いで進行した。
働きながらも、ときどき、自分の娘の出番になると見に行ったり、
娘らのほうからテントを覗きに来たり、賑やかでもあった。
暑いせいか、午前中いちばん売れたのはキ○ン・レモンだった。
カフェオレ系はハケなかったが、ミルクティはよく出た。
競技がひとつ終わるたびに生徒さんたちがドっと押しかけてきて、
私たちはバザーほどではないがやはりてんてこ舞いさせられた。
「商売繁盛ですねえ」
と校長先生まで陣中見舞いに来て下さった。

女子校なので、応援団の演舞などは見られないし、
「男子が女装する」たぐいの出し物もないが、
そのぶん、応援合戦は綺麗なチアガールたちで可愛らしかった。
中に『近代女性五種』という意味不明な題の種目があり、
何かと思って眺めていたら、つまり普通の障害物競走で、
何がどう近代なのか、完全な謎だった。
「私たちの頃から、この題なのよね~」
「変える勇気、とうとう無かったんと違う?」
と役員仲間でA中高卒業生のお母さんたちが笑っていた。

追記:オリンピックの『近代五種競技』のもじりだと、
あとで気づいた。『近代女性』で区切るのではなかったのだ。

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私が清志郎ファンであることを知っていて下さる役員さんからは、
「きょう、東京、行くの?早く帰らせてあげないとと思って」
と本当に思いやりあふれる言葉をかけていただいた。
ありがとうございました<(_ _)>。
公式発表では、弔問は午後6時までとなっていたので、
私は迷った末に断念したのだが、
午後、ジュース販売の仕事を終えて、帰宅してネットを読んだら、
青山葬儀所界隈は、私が予想した以上に凄いことになっていた。

青山葬儀所へと伸びる列を辿ってみると、青山墓地を横切り、
根津美術館前で折り返し、乃木坂駅向かいで西麻布方向へ伸び、
外苑東通りと西通りの合流するあたりでまた折り返し、
乃木坂手前の公園内でも何重もの列になっている、
と某掲示板に書いてあった。
つまり乃木坂駅を出たらもう、すぐに行列なのだ。
もうひとつ、青山一丁目からも列が出来ていて、
乃木坂方面の列と青山墓地出口で合流して一本になっているそうだ。

会場には清志郎の歌声が流れ、ヒトハタウサギのバルーンが飾られ、
清志郎の遺影と同じ写真のカードが配布されているとのことだ。
『行列は半端ではないが、待つだけだったらなんでもない』
『暑いのと足が痛いのと。でも清志郎の闘病に較べたら!』
という内容の実況カキコミもあった。
更に、『これから水をたくさん買ってから行きます。
困っている人いたら声かけて下さい。僕の服装は○○です』
『幼児を連れた女性に、ほかの人が日傘を譲っているのが見えた』
『苦情を言う人もいたが、警備員もスタッフもとても優しい』
等々、こんなシンドい過酷な行列の中で、
清志郎のLove&Peaceそのままの行動をしている人たちも
たくさんいるということがわかった。
広島の空の下から、清志郎に、皆に、エールを送ります。
熱いぜベイベー!

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