転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



今月も、とにかくラジオを点けることは続けた。
朝が忙し過ぎ、午後は仕事があるので再放送など聴けず、
否応なしに、15分間の「耳だけ」の学習になっている。
いつか仏検を受ける生活に戻れることを願っている。
思い返すと、今年は3月頃にはTOEICを受けに行ったりしていたので、
おそらく春から初夏くらいまでの間は、やや自由時間が増えて、
またなんらかの勉強らしきことを再開できるようになるだろう。多分(汗)。
それまで、完全にフランス語から離れてしまうことだけは避けたい。

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今朝、我ながら信じ難い感覚の変化だと思ったのだが、
リーグ優勝連続3年となると慣れが生じて、まるで年中行事のように、
「さて、きょうは優勝決定の翌日だから、朝のうち新聞を買いに行って、
ついでに○○と○○の店頭をチェックして、それから……」
と、自分の中で手順が既に出来上がっていたのであった。
なんと不遜な話なのだ!カープのリーグ優勝に「慣れた」などと!!

勿論、わたしは体験的に知っている。
このような浮かれ気分など、全く永続的でもなんでもなく、
途切れたら最後、次は25年後かもしれない、ということを(爆)。
ゆえに、私はこの3年、軽薄だろうがなんだろうが、
毎回、このお祝いムードを味わい尽くすことに決めて、やって来た。
今年は尚更、肝に銘じて噛みしめなくては。
巡ってきたものは、逃さない。祭りは、今だ(笑)。

「また」は無いのさ
(byルイ・バランタン『琥珀色の雨にぬれて』@1984年宝塚歌劇団花組)

ということで、今朝は仕事に行くついでもあり、まずは広島駅から攻めた。
カープ優勝が第一面の、スポーツ新聞5紙セットと地元・中国新聞が、
駅の正面入り口のすぐ横で、大量に売られているのだ。
私は一昨年は、家の近所のコンビニで買いあさったが、
駅でこうして売られているのを、去年の優勝時に知った。
記念の赤い収納袋もついていて、なかなか親切だ(笑)。



JR広島駅構内も、優勝、3連覇を祝うポスターや飾り付けでいっぱいだった。
各所の壁に大きなポスターやボードがお目見えし、
多くの人達が立ち止まってスマホを構え、
家族や友人同士で並んで、記念撮影をする人達も後を絶たなかった。
街のお祝いムードを取材しに来たテレビ局も、あちこちに居て、
私は映りたくないため(^_^;、カメラを避けて歩くのにやや工夫が要った。



コンコースのカウントダウンボードは優勝お祝いボードにお色直しされており、
これは改札を入らないと正面から見ることができない位置にあるので、
私が通りかかったときなど、「写真を撮りたいので入らせて欲しい」と、
駅員さんに訴えている男性が居たりした。
許可にならず、押し問答をしばらく続けていた様子で、
詳しい事情は不明だったが、入場券を買って入れば良かったのでは……???




広島三越のライオンは、今年は赤いビジターユニを着て、
「三連覇」の書を背景に、優勝を祝っていた(笑)。
テレビニュースで観たが、広島三越のくす玉割りを担当されている社員の男性は、
カープ初優勝のときからすべての優勝セールに立ち会って来られた方だそうで、
今年で定年を迎えられるため、今回が社員としては最後の優勝セール、
とのことだった。
(これを聞いて主人が「三越ってそんな昔からあそこにあったっけ」と言うので、
Wikiで調べてみると、広島三越の開店は1973(昭和48)年とあった。
カープ初優勝が昭和50年なので、開店してすぐ、最初の優勝セールがあったわけだ。)



福屋八丁堀店は、普段でも各種カープグッズの販売があるが、
きょうからビールかけTシャツが正面玄関入ってすぐのところで売られ、
大変な行列ができており、カープユニ着用の店員さんが交通整理(笑)されていた。
温度計を模したカウントダウンボードは、完成して優勝バージョンに。
思えば、この店舗は開幕の頃から、電停沿いの壁に
「3連覇目指して 頑張れカープ!」の看板を掲げ、
私は八丁堀界隈を通りかかるたびに、「あるワケない(^_^;」と思っていたのだが、
本当に、三連覇してしまった………。
私が間違っていました、悪ぅございました<(_ _)>。



ほか、もみじ銀行本店は今年は丸選手の特大写真つき。
広島信用金庫八丁堀支店は、例年どおり壁面いっぱいの真っ赤な「祝」、
加えて、道路沿いの全面ガラス窓にも祝勝ポスターが。



アーケード商店街もカープ一色だ。
本通り、金座街、えびす通り、中央通り、……それぞれに趣向を凝らした、
カープ優勝祝いのバナーやポスター等が続いている。




行った先も、帰って来てからも、街じゅうカープが溢れていて、
応援歌がひっきりなしに流れ、どこもかしこも優勝セールで大賑わいだった。
そういえば今年は、私の知る範囲内ではCS進出お祝いセールは、
無いに等しい状態だったように思うのだが、違うだろうか。
リーグ優勝のほうを当然だと、地元でも思うようになったのか。
また、過去3年とも、カープのリーグ優勝は割と早い時期から見えていて、
各所・各社とも優勝イベントの予定が立てやすかったのだろうが、
もしこれが、10月になってももつれ続ける優勝争いだったら、
どうなっていたのだろう(^_^;、……と、ふと思ったりも、した。

ともあれ無事に地元優勝の日を迎えられ、まことに、めでたいことだった。
このような時代に広島市民であった幸運に感謝しつつ、
しばし私も、祝賀ムードに浸ろう(^^)。





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(写真は、優勝決定のあと夜22時半頃、本通り商店街にて)

広島、初のリーグ3連覇 ヤクルト破り本拠で歓喜(朝日新聞)
『プロ野球セ・リーグは26日、広島東洋カープが3年連続9度目のリーグ優勝を決めた。マジックナンバーを「1」として迎えたこの日、マツダスタジアム(広島市南区)で2位ヤクルトを10―0で下した。セ球団の3連覇は巨人に次いで2球団目。広島が本拠で優勝を決めるのは1991年以来、27年ぶり。2009年開場のマツダスタジアムでは初めて。』

カープ、三連覇~~!!!

前日までとは別人(別球団)のような猛攻で、
今夜、カープはリーグ優勝、セ・リーグ三連覇を決めた。
私は勝利の瞬間には、仕事帰りの電車の中に、いた(^_^;。
夕方から、仕事の合間に時々スマホで速報を見ていたので、
これはいよいよ今夜、勝ちそうだなとわかってはいたのだが、
夜9時何分だったかに、車内で、隣の席にいた男性がいきなり、
くぅ~~~!!!と前のめりになって咽び泣きをし始めて、
それで私はカープの優勝を、知った(爆)。

そもそも今日は、両親宅の村のほうでの仕事で、
昼に、時間もないしタクシーで行こうと某タクシー会社に電話をしたら、
「きょうは15時から21時頃までは、ご予約はお受けできません」
と言われて、仰天した。
「カープがありますので。今夜、優勝するかもしれませんでしょう。
そのために、今日を含めてここ数日の夕方から夜にかけては、
もう、前々から予約されている方々ばかりで、いっぱいで」
と予約受付の女性は、申し訳なさそうに、言った(汗)。
カープのホーム球場での優勝決定を、かねてから地元経済界が強く望んでいる、
と耳にしてはいたのだが、なるほど、こういう規模の話だったのか……!と、
私はその一端を垣間見た思いがした。

という次第で、私は往路はマンション付近で流しのタクシーを拾い、
夕方から夜まで、両親宅での用事をしたあと、
帰りはもうタクシーを呼ぶことは最初から諦め、
真っ暗な道を、徒歩で小一時間かけて、実家の最寄りのバス停まで行き、
そこから電車の駅まで出て、市街地に戻る路線に乗ったのだった。
ったく、よくぞ平日だった、よくぞまだバスがあったものだ、と思った。
そうしたら、電車内での、カープ優勝の報であった(^_^;。

夜道に日は暮れないので、それから延々と1時間半ほどかけて帰り着いたら、
市街地は既に打ち上がってお祭り騒ぎになっていた。
本通り商店街では今年も『歓喜のハイタッチ』が展開されており、
その歓声は遠くからでもワーワーと聞こえるほどだった。
どこの居酒屋もお好み焼き屋も赤い人達の背中がたくさん見え、
「おめでとーございまーーーす!!」
と大変な盛り上がりであった(^_^;。
八丁堀の百貨店では、早速明日に備えて「三連覇」のデコレーションと
記念グッズの発売の準備が進められていた。

嗚呼、皆の切望した「地元優勝」、ついに叶った!!
しかも、2位チームを直接対決で下しての、優勝決定、胴上げだった。
球団史上初の三連覇、完璧だ……!!

おめでとう~~~!!!



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がっくり。マジック1まで来ていながら、状態が、ひどい。
今夜のマツダスタジアムではDeNAとの3戦目途中だが、実に貧相な試合展開だ。
何をやっても「勝ち越さない程度の反撃」どまり。
カープは勝ち方をすっかり忘れてしまったらしいorz
打線が肝心なところで繋がらず、数年前のカース打線さながらだ。
直近で勝てたのは、8回127球を投げて1失点に抑えた、一昨日の大瀬良の日で、
それの前の阪神戦も負け越しており、きょう負ければここ6戦で2勝のみ。
こうなったら、今日はナゴヤドームのヤクルトには勝っていて貰いたい。頼む。
カープが負けたのに、他球場でマジック対象チームも負けたから、胴上げ、
なんて私ならショボくてナサケないだけだ。バンザイなんか言えるか(--#)。

……いや、勿論、これが実に贅沢な望みだとはわかっている(^_^;。
10年前なら、優勝なんてものが本当にできるのであれば何でも良かった。
優勝を決める場所がホーム球場でなかろうが、
マジック対象チームが他球場で負けた御蔭で地味に優勝しようが、
新幹線移動中にひっそり優勝しようが、
全く、何ひとつ問題ではなかった。
25年間、優勝というもの自体が、完全な夢物語だったのだから。

それが、どうだ。
今や、優勝して貰いたいと願うだけでなく、
優勝の仕方にまで注文つけるなんて、なんと傲慢な話なんだ(^_^;。
早くから「地元胴上げ」をハッキリと望まれていることが、
チームや監督にとっては、この終盤の連戦のさなか、
実は結構、重荷なのかもしれないな。



追記:マツダスタジアムでカープはすんなり負けたが、
ナゴヤドームでヤクルトが中日に逆転勝ちしたので、
今夜もまだマジック1のまま(^_^;、止まってくれた。
それだけは、本当に良かったorz。

9月になってカープは打線が弱々になった。
チャンスであれだけ打てないことが続けば、どんな投手も踏ん張れない。
今夜に関しては、一岡もフランスアも失点したが、
彼らがしっかり抑えないから悪かったとは、観ていて全く感じなかった。
むしろ、味方打線に力が無いから、勝ち運のほうから遠のいて行くのだ。
去年と違い、ラミレス采配が効いたかどうか以前に、
今は、身内の問題のほうが深刻だと感じる(^_^;。
「悲願の地元胴上げ」という、広島の各方面からの要求がプレッシャーなのか?
それとも、新井さんの引退発表で選手等が意気消沈したから、こうなったのか?

ともあれ明日から、マツダスタジアムでヤクルトとの3連戦。
これで、他球場のヤクルトを全力応援する必要だけは、なくなる(爆)。
このあとなんとか再度、良い運が向いて来ることを祈るしかない。
逆説的に言えば、カープみたいな運頼み(爆)のチームにとってはむしろ、
今この瞬間が好調の頂点でないことは、良かった、
と、もしかしたら、言える、………かな????
先日の7連勝のあとから、チームがいきなりドツボにハマったので、
逆に考えるなら、………………いや、わからんが(大汗)。

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(写真はJR広島駅のカウントダウンボード。
改札内に設置されており、外からはこの角度でしか見えない(汗))

今年は去年のようにマジックが点いたり消えたりはしないが、
連敗があったり打線が沈黙したりで、減りが遅い(汗)。

マジック4で昨日からマツダスタジアム9連戦が始まり、
いきなりの大雨だったが試合は決行された。
通常であれば雨天中止にすべき天候で、無理な開始に批判もあったが、
シーズン終盤の今、試合開催の可否はNPBが決定しているので、
決して、断じて、主催側の自己都合や吝嗇が理由ではなかった(逃)。
カープ以上に相手の阪神のほうも、これまで雨天中止等が重なり、
更なる試合延期となれば、もはやダブルヘッダー以外では再試合が組めない、
というところまで来ているため、NPBは試合消化を最優先にしたようだった。
7月の豪雨災害のときに中止した3試合も、阪神との3連戦だったので、
最後にこういう日程になってしまい、阪神には本当に申し訳ないと思った。

ともあれ昨日はそういう事情で、1時間遅れの強引な試合開始、雨による中断、
等を経ながら、延々と日付が変わるまで試合が続き、結局1点差で阪神に敗れ、
怪我が無かったのだけが幸いという有様、全くさんざんだった。
そして本日もまた生憎の雨模様の中、今度は定刻に第2戦目が始まり、
3点先制されたものの、後半で得点することができ、1勝をあげた。

という次第で、今晩、マジック3になった。
明日から、マジック対象のヤクルトが全く負けなかったと仮定して、
カープは残り7連戦で3回勝てば、地元優勝が実現することになるが、
さてさて、Xデーは、いつ(汗)?
毎年、最終段階では「いつ、どこで、どんなふうに」が最大の問題だ。

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キッチンと洗面室、廊下と洗面室の、
それぞれの間の仕切りとなるカーテンが完成した。
写真の向かって左がキッチンとの境、右が廊下との境。
左側はLDKと同じカーテンレールにして、ピンチプリーツタイプ、
右の廊下側は装飾レールを奮発し、クロスオーバースタイルにした。

特に廊下側のは、ギャザータッセルもオーダーしたし、
リングランナーも通常の倍ほど使った。
今回はクロスオーバーなので、生地の重なった部分の重みを支えるためにも、
特別に小刻みにフックをつけて欲しいと頼んだのだ。

結婚以来ずっと、突っ張りポールにパネルカーテンもしくは「のれん」、
という格好で凌いで来たが、もはや官舎住まいでもないのだし、
長い間の理想をひとつ実現させようと、思い切った(^_^;。

 

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昨夜はようやくカープが勝って、連敗が止まり、
きょうは仕事に出かける足取りも軽やかだった(笑)。

カープが優勝できるなら、もうそれだけで満足、……の筈なのだが、
できれば地元での胴上げが見たい、
というのもまた、地元ファンの願いでは、ある。
きょうが終わると、カープの試合日程はしばらくイレギュラーになり、
明日金曜日はもともと試合予定なし、
土曜日はマツダスタジアムで中日戦、日曜日に神宮球場でヤクルト戦、
と1試合ずつやり、そのあとは3日間、また試合のない日を挟んで、
今度は9月20日からマツダスタジアム9連戦、となっている。
そこで決まれば最高なのだが、さて、そう巧く行くかどうか。

皆が待ち望んでいる「地元優勝」を全うするための条件としては、
マジック1になってからの、最後の試合がホーム開催のものであることと、
更に、その試合にカープが勝って優勝が決まること、
の両方を満たさなくてはならない(汗)。
欲張りだとは、もうよくわかっているのだが、ホーム球場での試合であっても、
「カープは負けたが、マジック対象チームも負けたので、決まっちゃいました」
みたいなのは、幕切れとして完璧なものとは言えまい(^_^;。
対象チームの試合を観ながら、「御願い、今日だけは勝って!」と応援する、
などという展開も、ここまで来たらあり得る。
というかですね、基本的にヤクルトには今後しばらく、
カープとの直接対決以外では負けないで貰いたいのですよ、
カープが弱々な今の状況だと(爆)。
ヤクルトが勝っていてくれれば、あとはカープの勝数次第で優勝が決まる(逃)。

1980年の優勝のときは、デーゲームの甲子園で勝ってマジック1になったあと、
カープの選手たちが夜に広島へ移動している最中、
ナイターで2位のヤクルトが中日に敗れ、カープ優勝が決まったものだった。
いわゆる黄金時代で、私などは、「どうせまたすぐ次の優勝があるワ」と、
……今考えたら恐ろしく不遜なことを思っていた時期だったので、
落胆したというほどではなかったが、やはり、盛り上がりには欠けた。
胴上げ投手も居なければ、球場のファンと一体になったバンザイも無かった。
今年の場合も、カープの試合がない日にマジックが0になる可能性が、
まだ、全くないとは言えない。
万が一、そういう巡り合わせになったら、
これまた、やはり、軽く残念だろうとは思う。

 まあ、15年連続Bクラスだった頃には、
 「新幹線の中ででもいいから優勝して貰いたい」
 と、思ったけどもよ(^_^;。


ときに、昼過ぎ、本通り金座街のカウントダウンボードの前に
ひとだかりが出来ていたので、何事やならん、と寄って行ったら、
お笑いの『千鳥』の2人が、何かの収録をやっている最中だった。
この時期ならではの、Cマークのつり下げバナーがズラリとハタめく金座街の、
カウントダウンボードの前で、クセの凄いヒトを目撃し、結構興奮した(笑)。
(彼らはプライベートでないので、ここにUPしても許されます、……よね(^_^;?)

  

これかな?↓
街頭TV 出没!ひな壇団(広島RCC)毎週土曜ひる0時放送
街頭TV 出没!ひな壇団@rcc_hinadandan(twitter)
【千鳥が広島県人をいじり倒す60分。広島のあちこちに、勝手にひな壇を設置!素人さんとひな壇トーク!】

*****************

追記:今夜の試合もカープが勝ち、
かつ、マジック対象チームのヤクルトも勝ったので、ひとつ減ってM6、
これにより、カープ優勝は最短で9月20日、となった(^_^;。
さあ、先日来の6連敗が、吉と出るか凶と出るか。

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8月は割と落ち着いていた母の精神状態が、また悪化している。
ホームの職員さんの説明というか、報告によると、
先週は、幾度案内されても、自分で食事を拒否しておいて、
「一食も出て来ん。ここは、ひどい」
と文句を言った日があったそうで、
また、ホームの連携病院が気に入らず、そこの医師への苦情を、
夜中に薬剤師さんの緊急窓口に電話して、
延々と訴えたりもした、とのことだった。

一昨日には主人が東京出張で留守だったので、私は晩ご飯の支度が要らず、
そのぶん、ホームで夕方から夜まで両親とゆっくり一緒にいたのに、
昨日はもう、母から、1日で7回電話があり、
「急に涼しくなったが、皆さん元気ですか」
「私は窮地に陥っている」
「おじいちゃん(父)が、全く御飯を食べず、元気がない」
「あんたに今後のことを相談したい」
「私だけ、あんたの家の近所の老人ホームに移ろうと思う」
等々と繰り返され、閉口した。
私が仕事中とか、外を歩いている最中などに携帯が鳴り、
応答できないと繰り返し着信があり、かけ直すと出ず(--#)、
何度目かにやっと巧く受けることができ、話を聞くと上記の通りで、
更に帰宅すると家電にも、同じ内容で留守録が3件、入っていたorz

高齢で頭が壊れたのだから、どうしようもないのだが、
ある意味、乳幼児と似ていて、こちらが超・忙しいときに限って、
その尋常でない空気を察するのか、グズり始めて手を取るのだ。
そもそも私が忙しいのは、会社の仕事もあるが、
それ以上に、両親、特に父が、なんの始末もつけずに抱え込んで、
挙げ句、どうにもならなくした、実家の仕事の引き継ぎや後片付け、
諸手続、金策、等々に日々、奔走しているからで、
「もっと会いたい」「あんたはいつも忙しい」「電話しても出ん」
と苦情を言われても、私だって、
「誰のせいやねん(--#)」
と言いたいものがある。

晩年に、ゆっくりと時間を取って私に一緒にいて欲しかったのなら、
どうして、そうできるように自分たちで道筋をつけておかなかったのか。
「どれも待った無しなので、御願い、全部をこれから何とかしてね」
とばかりに、山崩れ寸前になった用事を丸投げされたうえ、
「そんなに忙しそうにしないで、ゆったりと腰を据えて話を聞いて欲しい」
と言われても、両立は不可能だ。
私だって、ハッキリ言ってストレスや過労で死にたくはないので、
解決済みの、同じ話題の反復に過ぎない愚痴に付き合う時間があったら、
その分、少しは自分の楽しいことをしたい、または1人で横になりたい、
という選択になるのは、やむを得ないことではないか。

いずれ貴方も行く道、老い先短いご両親に優しくしてあげなさい、
と、介護の全責任を1人で負ったことのない他人ほど気軽に言うようだが、
口先だけ「ほんとですねぇ、心掛けます~」と言いつつ、
内心では「申し訳ないが、できません」と思っている。
あと○年等と「老い先の短さ」が予めわかっているならともなく、
もしかするとあと十年以上続く可能性もあることに対しては、
割り切った取捨選択をして行かないと、共倒れになる。
「老い先短い」明らかな高齢者たちには、
若い者を引きずり倒すパワーがある、ってご存じでしたか(^_^;。
道連れにされて死んだ、中年や初老の人達を、
私の見知った範囲でも、何人か思い浮かべることができる。
「いずれ私も行く道」などという保証自体が無い。

*****************

唯一の幸福は、私にきょうだいが居ないことだ。
今、私はすべてを1人で決定でき、くちばしを入れる身内は存在しない。
きょうだいが居れば助け合える、という言い方をする人もあり、
仲の良いきょうだい関係とはそのようなものなのかもしれないが、
私は必ずしも、そう巧く行くことばかりとは思っていない。
もし、私が今のまま司令塔となり、
「私が親の話相手をするから、あれとこれと、それとを、
いついつまでにやっておいて頂戴」、もしくは、
「私は今すぐ、あれとこれと、それとをやらなくてはならないから、
その間、両親の相手をして話を聞いてやって頂戴」
と頼んだときに、気持ち良くやり遂げてくれるきょうだいなら欲しいが、
きょうだいとはそもそも、私のして欲しいことだけを
私の思い通りにやっておいてくれるような、都合の良い存在ではない。
意見もあるだろうし、きょうだいにはきょうだいの生活がある筈なのだ。
その意味では私が欲しいのは、自分とは別人格の「きょうだい」ではなく、
私自身の「クローン」もしくは「コピー・ロボット」だ(^_^;。
それなら私の意のまま、どんなに残酷にコキ使っても私自身だからOKだ。
目下、両親の問題に対処するだけでも大変なのに、
きょうだいと交渉し、相手の状況やその配偶者の気持ちにも配慮したうえで、
意見をすり合わせる仕事までせねばならなくなったら、私は倒れる。

更に、将来的に相続をするのも私1人(の筈・爆)なので、
相続分が残った場合でも、借金が残った場合でも、
いずれにしても私ひとりの話であり、大変に気が楽だ。
分け方が不公平だとか、
介護や家の始末で無駄使いしたから預金が残らなかった、等々と
私のやり方に外側から文句を言って来る人間は、誰も居ない。
仮に某か金銭が最後に残ったとして、遠方在住のきょうだいと私で、
民法に従った等分の相続になると言われたら、
これだけの時間と体力を費やしてきた私は、キレますよ(^_^;。
相手は相手で、自分は遠距離にもかかわらず物凄く頑張った、
と思っていたりするだろうから、きょうだい喧嘩は避けられまい(^_^;。
棺桶の前で、親を泣かせるような言い争いはよそう、
と、もし理性で耐えたとしても、
そのしこりは、きっと生涯、私の中に残り続ける。

*****************

実家にいた頃、母は幾度も、
「何もせんでええという自由な境遇になって、早く安心したい」
と言っていて、現在の暮らしぶりはまさにその通りのものになった。
母は自分でもそれは認めていて、
「ここは天国や。御飯は出てくる、24時間、誰かがおって相談できる、
掃除もしてくれる、お風呂も入れてくれる。ええ世の中になった。
家のことは、ぎりぎりの滑り込みやったがあんたに受け継いで貰えた。
あんたに迷惑をかけて済まんね。ほんまに有り難い」
と、良い言葉を、しょっちゅう言っているのだ。
こういう言葉は、言わないより言ったほうが百万倍、良い。
その点は私は母に感謝している。
半分は、母は自分にそう言い聞かせているだけかもしれないが、
その認識自体は、大筋で間違っていない。

しかしそれで幸せになったのかというと、かなり違っていて、
やっと手に入れた自由な時間の多くを、今や母は、
不満や不幸せを見つけ出すために使っている。
『小人閑居して不善を為す』
と、これは私が言い出したのではなく、母が自分のこととして自分で言った。
「小人物である自分は、暇を持て余すとろくな事をしない」
と母は言いたいわけだ。
元来、母は賢い人なので、調子の良いときには
自分の状態がかなり客観的に把握できているのだ。

(尤も、本来的には、原文の「小人閑居為不善」は
「小人物は人が見ていないとなると、良くないことをする」
と解釈すべきだろう。母のは、ちょっと違う。
……悪いね、私は漢文が趣味なんだよ・逃)

一方、父のほうは、不平不満がないことはないのだが、
口数が多くないせいか、母ほど私を怒らせることは、ない。
観察していると、確かに出される食事の大半は残して、
差し入れの菓子パンや、売店で買ったお菓子などを主食にしているが、
その他は、言われるままに風呂に入り、糖尿病関係の受診をし、
用事のないときは、テレビをつけたまま昼寝をしたり、
杖をついてホーム内を散策したりして、父は淡々と暮らしている。
おもろいこともないが、目をサンカクにして訴えるほど嫌なこともない、
という様子に見える(^_^;。

夫婦仲は、私の見るところほぼ良くない(爆)が、
それは私が子供の頃からそうだったので、珍しいことではない。
「昔はふたりで力を合わせて、いろいろなことを乗り切ってきた」
と、母は懐古しており、完全に嘘だとは言わないが、
その物語はかなり美化されたものだというのが、私の認識だ。
私が小学生の頃から諍いはしょちゅうで、母はよく尖った物言いをし、
父は不機嫌に黙り込むことが多く、しばしば家の中は不穏になった。
老いて突然に不仲になったとは、私には到底、思えない(爆)。

ともあれ、近々、母には精神科を受診させようと思っている。
戦前の教育を受け、偏見のカタマリである母は、
「人をキ○ガイ扱いして!」
と怒りそうだが、そこはまあ、
「よく腸の具合が悪いと言うとるやん。ストレスが原因かもしれんから」
という方向で、説得してみようかと私は今、考えている(^_^;。

*****************

・私が今日あるのは、両親の御蔭だ。
・私にはわからない、私に見せなかった、両親の苦労が多々あった筈だ。
・親の話を聞けるのも、親が生きていればこそだ。
・両親がああなったのは、老いたせいであって、あれは本来の姿ではない。
・90歳になっても居てくれて、私は、両親に感謝しなければならない。

以上の五箇条を、私はお題目のように自分に言い聞かせているが、
それで現状のシンドさが軽減されるわけではない(汗)。
怒る前に5秒数える的な若干の効果があるのみだ。

前も書いたが、2人を反面教師として私がつくづく学んだのは、
老いきっていないうちに、――どんなに健康でも前期高齢者のうちに、
仕事や家の始末、その他の懸案事項に結着をつけ、
自分ひとりで金融機関その他に出向ける間に、預金や保険を整理し、
自分の幕引きを自分で意識的にやっておくべきだ、ということだ。
幸か不幸か、悪性疾患の診断や、余命宣告をされることのないまま暮らすと、
自分の始末を自分でつける能力がなくなるまで、そうと気づかず老い続け、
最後は社会的に未整理・未解決の問題の山と、ゴミため同然の家屋を残して、
周囲にも世の中にも多大な迷惑をかけることになる。
後期高齢者にもなるときに、中年期と同じ程度の自覚しか持たずにおいて、
若いですね、と近所の人にお世辞を言われて喜んでいる場合ではないのだ。
まだまだ十分にやれる年齢や体力のときにこそ、
「もう自分は老人だ、自分で自分の人生の後片付けを始めよう」
という認識を、早く持った者勝ちだと、私は思っている。
それは残される者にラクをさせるためだけでなく、
自分の本質的な納得のためにも必要なことなのだ。

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マジック9が点灯していながら、ここまで6連敗中のカープ。
今年は8月に案外、ドツボにハマらなかったどころか、
9月はじめにかけて7連勝もしたので、こんな時期に妙に連勝するな?
……と思っていたら、案の定、今になって「底」が来たorz

負け始めの2敗は阪神が相手で、緒方は先発が崩れても継投に移らず、
点差が開いてから、あげてあった2軍投手を順繰りに試していたので、
勝ちは度外視、という感じだったのだが、今になってみると、
緩んだ試合をしたのでバチが当たった、ような気がしないでもない(汗)。
この2敗目の途中、ファンの男性が一塁側のカメラマン席の屋根に登り、
ベンチに直訴→試合中断→男性は現行犯逮捕、という事件があって
広島でファンが乱入…カメラマン席上の屋根に乗って抗議(サンスポ 2018年9月6日))、
そのときは、「こんな試合で何を熱くなってるんだよ(^_^;」
と思ったのだが、私のほうが間違っていたかもしれない(汗)。

その後のナゴド中日戦、そうでなくても以前から苦手意識があるところへ、
勝ち頭の大瀬良の日にまで、エラー絡みの不運とは言え1点差で敗北、
結局、3タテを食らって、中日に今シーズン負け越しが決定、
更に今夜も、広島4-5DeNAで終了@マツダスタジアム。
先制され、更に点差を広げられ、少し取り返し、………という、
数年前のカープによくあった、「名物、追いつかない程度の反撃」、
という試合展開による敗戦が、このところ続いている。
今夜は、新井さんのタイムリーが見られたことだけは、良かったけれども。

昔からカープを観てきた者としては、6連敗という数字は珍しくないが、
マジック9まで行った状態の連敗中、というのがシュール過ぎて困る(^_^;。
カープって結局、強いんだけ?弱いんだっけ?と道に迷った気分だ(^_^;。
この一週間の、適当に追い上げつつも最後には負けるカープ、
というのは、私などにはとても見覚えのあるものなのだが、
それは過去3年で考えると、多分、あってはならない姿、なのだよね??
「逆転のカープ」の筈だったんだよね???
チャンスで決して打たない4番、というのも昔の某にそっくりだがね(逃)。

と、それはともかく、現象として見ると、
どうもこの3年、カープは有利にシーズンを闘って来ていながら、
終盤に選手や関係者の引退・退団が発表され、
そこから勢いがなくなって尻すぼまり、というのを繰り返している。
2016年は、黒田の引退発表のあと日本シリーズで敗北、
去年は石井・河田、両コーチの退団発表からあと打線が弱り、CS敗退、
そして今年は、新井さんの引退発表の日から連敗に突入。
選手のメンタルについては、想像の範囲でモノを言うしかないが、
外側から見ていると、シーズン終盤のこうした発表が、
決定的にチームの勢いを削ぐ、という印象しかない。

経営側としては、引退試合や引退イベント、記念グッズ販売の企画が
早い段階から打ち出せるので、特に選手の引退については、
シーズンが終わらないうちに公表するのが得策なのだろうが、
「新井貴浩引退記念グッズ」発売について 2018.09.11(Carp Official Goods Shop))
これ、チームのためには、全然なっていない、………と、思います(汗)。

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タヌキとキツネ展』が広島にも来ていたので、行った。
以前からこれがあるのはわかっていたのだが、
忙しくてなかなか出かけられず、最終日の今日になった。
私はパルコには普段、あまり用事がないのだ(汗)。
本館10階の広島クラブクアトロなら、ちょっと、知っているけど。

もみじと戯れ、もみじ饅頭を食べるタヌキツ、
の広島限定イラストが飾られていて、関連グッズもあった。
撮影許可エリアでないようだったので、
イラストは撮っていないが、ステッカーは1枚買った。
メッセージボードに貼られた言葉を読んでいたら、私同様、
『大阪にも行った』という人たちがいて、微笑ましく思った。
可愛いタヌキツを、広島でも見ることができて、良かった(^^)。



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