転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



「日本維新の会」の議員が、高等学校では三角関数より金融経済を教えろ、
と発言したそうで、Twitterであれこれ言われていたが、
どうしてここで、三角関数か金融経済かの択一になるのか、
私は問題の発言全容を知らないので、よく理解できない。
経済学は、一定の数学を経ていないと修められない学問だと思うのだが、
高校レベルの三角関数を知らなくてもできる「金融経済」とは何のことか。
高等学校ではどちらかしかやらないように選択するのでなく、
両方とも基本的な事柄を扱うべきだと私は思うが。

それはさておくとしても、このテの議論自体はよくある。
大抵、自分が苦手だったり価値を見いだせなかった分野を「要らない」と言い、
それを引き合いに出して、社会に出て強みを発揮できるようなことを
学校で教えてくれるべきだったと恨み言を言うパターンだ。この件は違いますか。
「日本の学校の英語は、文法と『訳しなさい』ばっかりで、
だから英会話が全然できるようにならなかった」
みたいなヤツだ。

しかし、学校であれを教えろこれを教えろと言うが、
学校で教えれば皆、できるようになり、卒業後も忘れないのか?
英文法と訳読のほうは、習った御蔭でちゃんと出来るようになったんですか。
中学社会の公民や高校の現代社会・政治経済で、金融関連の単元もあった筈だが、
それらの中身についてはどの程度ご記憶で?
私は「公定歩合」の話をされたときの先生のお顔が、うっすら思い出せる程度だ。
その他の科目も、「二項定理」「窒素同化」「ベンサムの快楽計算」などなど、
いろいろあったとは思うが、頭に残っているのは断片的な用語だけ。
全日制普通科の県立高校に、ほとんど無欠席で通ったのに。
何を習おうが、学校の授業で聞いたことなんて、そのままのかたちでは
多くの人は身についていないし、世の中に出るまで覚えていたりしないと思う。
「金融経済」だって、三角関数を犠牲にして力を入れたところで、
授業をしたらやっぱり皆、たいして聞いてないのではないか。

その一方で、卒業後にそれを直接使用して暮らすことがなくても、
普段の生活の中では触れられない概念について、授業で教わったことは、
かたちを変えて、自分の中に何か、残っている、とも私は思っている。
嫌いで、できなくて、定期考査のためにだけ悪あがきした単元もすべて、
今日の私の思考力や検索力、忍耐力の土台となったとは思っているし、
学校で習わなければ、自分の人生の中でそれらに出会う機会など、
おそらく全く無かったと思うので、やったことが無駄だったとは思わない。

社会人になって役に立っていない、という意味では、
三角関数や英文法だけでなく、体育だってたいがいだった。
よくやり玉にあがる「逆上がり」なんか、
そのへんの大人がやっているのなんて、見たことがないし、
私に関して言えば、「平均台の上での前転」なんて、
時間を費やして習得したにも関わらず、
高校卒業以降、全く一度も使わないまま、失った技能だった。
しかし、高校保健体育がなければ、器械体操など
私は一生、縁がなかっただろうから、
あの平均台がどれほど高いか、足裏で平均台をつかむ感触がどういうものか、
等を実際に経験したことは、やはり私の中に残っている、と思っている。

そういう訳で、言いたいのは、
三角関数か金融経済か、などという択一を迫る考え方には私は賛同しない、
ということだ。
三角関数のみならず対数関数も数列も微積分も、
「なんだか聞いたことがある」程度でも知っている人生は、やはり豊かであろうし、
金融経済だって、科目としての「現代社会」のカリキュラムの中に、
財政・税金・債権・金融機関のしくみ、等の単元は、ちゃんとある。
高校の学習課程は多彩な内容を網羅しており、
生徒たちの前に、多くの可能性を提示してくれていると私は思っている。
あんまりちゃんと聞いていなかった科目も含めて、その体験の意義はゼロではないし、
そうして様々なものに触れたことこそが、学校に行った甲斐というものだろう。
その中から、将来の専門に繋がる分野を見つける生徒もいるだろうし、
うんとあとになってから、学校であのとき言っていたのはコレだったのか、
と職業上の必要性などから、記憶がつなることもあるだろう。
高等学校は、実生活のハウツーを習いに行くところではないと思うので、
授業で習ったことが、社会人になった途端にばりばり活用できて大助かり、
を理想とする考え方に、私は基本的に賛成していない。


追記:当該箇所の審議の全容。
会議名:財務金融委員会 開会日:2022年5月17日 (火)(衆議院TVインターネット審議中継)
金融に関して、既に中学高校ともに相当な内容が扱われていることが答弁からわかる。
三角比は数Ⅰだが、三角関数の大部分は理系選択科目の範疇である一方、
金融関係は高校生の必修科目に組み込まれており、十分に優先されている。
生徒側が本当に金融経済を学校で教えて貰っていないと感じるのだとすれば、
聞いていなかった→やった気がしていない、というだけだろう。

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学校を休むのは悪いことなの? 小学校の「皆勤賞」に賛否両論(Jタウンネット)
『福岡市と北九州市の教育委員会に問い合わせたところ、現在、皆勤賞については学校の判断に任せるようになっています。』『番組で問い合わせたところ、福岡市中央区の小学校では、11校中6校、北九州市小倉北区の小学校では20校中14校が皆勤賞を実施していないということが分かりました。』『皆勤賞を実施していない理由として、福岡市内の小学校の校長は、「ケガや病気中でも皆勤賞のために無理をして学校に来る生徒がいる」「不登校など様々な事情でやむを得ず欠席する生徒に対しての配慮」と答えました。』

以前、「クラスみんなで皆勤賞を目指す!」という話をTwitterで見たが、
担任の先生がそう言って皆を励ますので、生徒たちにとっては重荷で、
熱があっても皆に迷惑をかけたくないからと、無理して学校に来る、
場合によってはそれでインフルエンザ等が流行ることになる、
等々という状況や体験談が書かれていた。
私も、全員皆勤の類いの指導は傍迷惑以外の何ものでもないと思う。
同じクラスとはいえ、生徒それぞれの健康状態も家庭環境も違うのに、
揃って無欠席で過ごさなくてはならない、と先生から言われるのは、
心身の大変な圧迫であり、私だったらそんなクラスは絶対に嫌だ。
4月のうちに休んで、私が記録を最初期に止めてやろうか(殴)。

ただ、私自身は、個人の皆勤賞はあっても良いと思っている。
偶然にせよ努力の賜物にせよ健康で、おそらくは家族の協力もあり、
一年間、場合によっては入学から卒業までの日々をずっと、
一日も休まず学校に来ることができたのだとしたら、
それはやはり素晴らしいことだったと思うし、
表彰あるいは祝福されて然るべき事だと私は感じる。
上記の記事には、
『学校を休むのは悪いことなの?』
というタイトルがつけられているが、少なくとも、その逆の、
「休まないで毎日元気よく登校できるならば、それは良いこと」
だというのは言える、と私は思う。

また、記事中には、
『病気で皆勤賞をもらえなかったので納得いかないから反対』
という意見が紹介されているのだが、これも私には少し意外だった。
表彰される人がいるのにひきかえ、自分自身が表彰されなかったことを
「納得がいかない」と言うとは、
それほどまでに、皆勤賞というのは欲しいものだったのか。
皆勤賞という表彰がある以上は絶対に欲しい!
というのが一般的な感覚なのだろうか?
そうだとすると、私の話は理解されにくいかと思うが、
私自身はそこまで皆勤賞を取りたいと思ったことは一度もない(汗)。
この人はたまたま、物凄く頑張って無欠席を目指していたのに、
病気をし記録が途絶えて、ひどく悔しかったということだろうかな。

私は、学校を無欠席で通すことなどあり得ない子供だったし、
今の職場だってインフルエンザ疑いの段階で迷わず休んだ人間だが、
仮に、皆勤で表彰される人が身近にいたからと言って、
「休んでしまって表彰されない私は、劣った、悪い人間だ」
とは全く思わないし、
「私が表彰されないのに、たまたま恵まれていた人が表彰されるなんて不公平」
という発想もない。
皆勤賞で表彰される人達のことは、単純に「凄いな~」と思うが、
それは私とは直接関係のないジャンルの話だと感じるので、
我が身に引き比べてどうこうとは全く考えたことがない。

休むヤツもいれば休まないヤツもいる、
欠席が一度も無かったなら素晴らしいだけであって、
それは、できないのが悪いという話と対になどなっていない。
休まないで来られた人は見事だった、良かったね、おめでとう~~!
それだけのことではないか。
……違うんですかね(^_^;?

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今朝は、娘の大学の卒業式に行った。
10時からの式で、場所は入学式のときと同じく構内の某会館。

これに先立ち、娘は横浜某所での着付けと写真撮影があり、
その予約時間が早くて5時起きで出かけたそうだが、
私は特に手伝うこともないので都内の定宿で普通に起床し(殴)、
LINEで娘から進行状況を聞きつつ、8時過ぎに大学の敷地内で合流した。

娘の支度がそのように早い時間になったのは、
ひとえに、昨年秋、衣装決めと着付け予約の段階で出遅れて、
10時の開式に合わせて仕上がるような丁度良い時間帯は皆、
既に予約で埋まっており選択の余地がなかった、という事情によるのだが、
結果的には、当日、早く用意が整ったことは大変良かったと思った。
混雑する前にキャンパス内で写真をいろいろと撮ることができたし
式までに時間的な余裕があり、ゆったり行動できたからだ。

和装のレンタルは、去年の9月だったか大学の生協に業者さんが来たときに
娘が自分でいくつか試着して決めたものだったが、
本人の選んだ小振袖と袴を実際に見てみたら、なかなか清楚で良かった。
すっかり大人になった娘を見て改めて嬉しく思った。
良いお友達にも恵まれ、幸せな大学生活であったと思う。
娘が学生時代を過ごした街も、私にとっては恐らく今日が
とりあえずは見納めとなりそうだった。

四年間はあっという間だったな。
卒業おめでとう、転娘みーちゃん。

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ゼミ  


来年度から入るゼミが決定したと、娘からメールが来た。
第一希望で入れて頂けたようで、身の振り方が決まって本当に良かった。
ゼミだなどと、いかにも上級生という感じだ。
娘の大学生活が、早くも後半に突入するということではないか。
本当にあっという間だな……。

しかし改めて考えてみると、総合大学の3年4年合同のゼミって、何をするんだ?
私は極めて小規模な単科大学の女子大で3年セミナーを受けた経験しかなく、
4年次はセミナーか卒論指導かという選択になっていて、卒論を書いたため、
世の中で言うゼミなるものが何なのか、実はよくわかっていなかった。
それで、これを機会にと某Q&Aサイトで検索してみた。

すると出てきたのは、
「大学のゼミって何ですか」
「ゼミは就活に関係がありますか」
等々で、多くは個人の体験談の範囲での回答ではあったが、
ゼミで各自の関心に応じた研究を深める経験は得がたいものであることや、
ゼミ内での先輩後輩やOBとの交流から学ぶことが多いという話、
また業界によってはゼミの教授の人脈で就職先が左右されることもある云々、
いろいろと書かれており、私にとってはなかなか社会勉強になった。
娘には、ゼミでの経験をこれから大切にして貰いたいと思った。
これこそ、大学時代でないとできないことなのだからね……。

……と、それらを読み終えて、ふと、同じページの下の欄まで見てみると、
『関連度の高い質問』に「進研ゼミについて」が挙がっていたのは、まあ良いとして、
『あなたへの おすすめQ&A』という趣旨のところに、
「(宝塚の)○○さんが退団なさるというのは本当ですか」
「△△は、なぜあの顔でトップになれたのですか
が出現していたのには、キョーガクした。

こりゃ、ひどいっっ
これまでオノレのしてきたことを、突きつけられた気分だったorz



追記:ちなみに私がマジレスするなら、宝塚のトップには『顔』は重要ではない
(宝塚としての舞台化粧の巧拙には、ある程度大きな意味があるけれども)。
歌やダンスの技術も、無いよりあったほうが良いが、全くもって決定的な条件ではない。
『男役芸』『娘役芸』を極める道は、それくらい奇々怪々である。…と私は思っている。

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「ネコ解剖、人間でも」=同級生殺害の女子生徒―遺体腹部にも大きな傷・長崎県警(時事通信)
『長崎県佐世保市のマンションで、県立高校1年の松尾愛和さん(15)を殺害したとして逮捕された同級生の女子生徒(16)が、県警捜査1課の調べに、「ネコを解剖したことがあり、人間でもやってみたかった」という趣旨の供述をしていることが29日、捜査関係者の話で分かった。松尾さんの遺体は一部が切断された他に、腹部に大きな傷があったことも判明した。』

思い返してみると、私は子供の頃には、かなりの殺生をしたと思う。
何しろ田舎で、暇さえあれば子供同志で神社や畑に行っていたので、
そのへんにいる昆虫は日常的に私達の犠牲になった。
特にアリは手近で、虫眼鏡でアリを焼いたり、
細い木の枝を突っ込んでアリの巣を掘り返したり、
巣穴に水を注いでアリたちの右往左往を見たりするのは、
誰でもやった遊びだった。
軒下に蟻地獄の巣があれば、通りすがりのアリをつまんで落としたり、
ときには自分で巣そのものをフーフーして砂を飛ばし、
家主の蟻地獄(^_^;を捕まえることを楽しんだりもした。
バッタやカマキリも、触り方によってはすぐに死んだが、
命をもてあそぶ、というような畏れを持ったことはなく、
ただ、「こうするとどうなるのかな」という興味があっただけだった。
『みなしごハッチ』とか観てたのに、情操面ではこのザマでしたよ(^_^;。

夏休みに従兄弟たちが、アブラゼミに爆竹を背負わせて飛ばすことに
熱中していた時期もあった
(一応書いておくと、割と不発に終わった。
華々しく散る(←殴!)ようなものを想像していたが、現実は違った)。
小学生のときには昆虫採集もやったし、カエルをサツガイしたこともあった。
都会育ちの人は、きっと「ひどい」「野蛮」とお思いになるだろうけれども、
あの頃、田舎の日常では蚊でもアブでもたくさんいてしょっちゅう叩いていたし、
県道にはカエルの轢死体が普通に落ちていて見慣れていたので、
このレベルの生き物には、子供時代の私は繊細な感情移入などしなかったのだ。
また、納戸には鼠とり器がしかけてあり、ヘビがかかったこともあったし(!)、
放し飼い同然の我が家の猫が、網戸にとまったハエを食べたり、
鼠や鳥、モグラをいたぶったりするところも目の当たりにしていたので、
生きているとゆーのは、そういうもん、…みたいな納得が私にはあった。

更に、私は解剖に興味があった。
もともと、血を見ても割と平気で(それは今も変わっていない)、
図鑑の人体解剖図や、理科室にある内臓模型などを
飽くことなく眺める子供だった。
イラストやつくりものでなく、できれば本物に触れたいとよく思っていた。
だから、理科の教科書に出ていた「フナの解剖」の単元は
学年の初めからとても楽しみで、幾度か解剖図をノートに写しては
自分なりに検討(?)していたものだった。
だのに、待ちに待って実際にその単元になってみたら、
解剖そのものは、担任の先生が一体だけを模範として行い、
私たち児童はそれを眺めるだけだったので、本当に失望した(爆)。

自分のそういう過去を振り返ってみるならば、私は今回の事件の女子生徒が、
猫を解剖したと語っているあたりまでは、なんとか理解できないことはない。
現実には、子供の頃の私は、生まれたときから猫と一緒に暮らしていたので、
猫とは情緒的なつながりがあり、猫をヤろうという発想はあり得なかったが、
私が虫やカエルに対して抱いていた興味の方向性を思うと、
この女子生徒の感覚は、それの拡大版ではないかという気がする。

しかし、それと同時に、自分が何歳でどんな殺生をし、それがいつまで続いたか、
等々を考えてみると、昆虫レベルの生き物が絶命する様を直接見ているうちに、
徐々に、自分の中に形成されていった新しい価値観があったことがわかるし、
害虫駆除のような事情があるのでもないときに、
興味本位に生き物を死なせるのは、良いことではないという感覚が、
年々、着実に出来上がって行ったことも、今、思い出すことができる。
一般的に言って、生き物に手を出したいという原始的な興味や衝動は、
年齢に従って、社会的に妥当性のあるレベルにまで、
ごく自然に抑制され、適切な設定がなされるとともに、
観念の面での成長も追いついて来るものだと思う。

ちなみに主人は都会育ちのうえ仏教徒なので、蚊を叩くことさえ良しとしない。
蚊に血をやったくらいでは人間はなんともない、というのが彼の持論だ。
彼は、子供の頃から、私のような殺生はしたことがないそうである。
今でも、家にゴキやムカデが出ても、この人は手を出さない。
そういったものに遭遇すると大声で私を呼び立てておいて、
私がそいつらを駆除するのを傍で眺めながら、
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
と呟く彼は、つまり偽善者というものであろうと思う(--#)。

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なぜ?若者が「ぼっち席」を好む理由(JIJICO)
『大学の食堂で一人専用席、通称「ぼっち席」が静かな人気を呼び、各大学に広がっているそうです。「ぼっち席」で食事をしていたある学生は「大きなテーブルに一人で座っていると、友達がいないみたいで恥ずかしい」と答えていました。こうした若者が増えているのは、小さいころから家庭や屋外での一人遊び、一人食事など、一人っ子のような環境で過ごすことが多いからではないかと思われます。』

友達、それもたかが昼食を一緒にするかどうか程度のツレがいない、
というのは全く恥ずかしいことではないと私は思うのだが、
一体全体、今時の若い子はどこに恥の基準を置いて行動しているのか。
どんだけ恥の種類の多い人生を送っとるのか(--#)。
周囲の人としょっちゅう喧嘩したり気まずくなったりする人の場合は、
どこかに問題のある人間なのだろうと私も思うが、
絶えずくっついて行動する類いの『友達』が居ないことなんか、
全然どうでもいいことだし、恥でもなんでもないだろう。

『一人を好む子どもにしないため、ならないためには何に気を付ければいいのでしょう。親の立場では、子どもが小さいころから、多くの子どもたちと遊ぶ環境を与えることです。』

どのような人とでも円満に付き合うことを目指すのは悪くないが、
友達が多ければ多いほど立派、みたいな教育をし過ぎているのではないか。
その結果、「私は友達が少ない」→「友達に囲まれている姿をアピールできない」
→「劣った人間だとまわりから思われるだろう」→「恥ずかしい」
という思考回路に陥るのではないだろうか。
私の考えでは、『一人を好む』こと自体は基本的に結構だと思う。
誰かに常に相手をして貰わなくても情緒が安定している、
というのは、ひとつの長所であると私なら考える。
もともと、一人でマイペースに行動するのが好きな人もいれば、
大勢の人をまとめたり盛り上げたりするのが得意な人もいるのだから、
そのような個人の傾向まで、わざわざ「改善」しなくて良いだろう。

また、記事にもある通り、いくら『一人を好む』タイプであろうとも、
普通は成長の過程で一通りの社会性が身につき、
必要な集団行動は十分にできるようになるから、心配することはない。
保育園・幼稚園・学校に行っている間に、何年もかけて、
数十人規模かそれ以上の、様々な人達との集団生活を毎日経験するのだ。
その中で何がどの程度まで許容され、自分はどう振る舞えば良いかを、
ほとんどの人が、学校教育を受ける間に自然に体得する。
ただ、一人で居たがることと、周囲の人達と衝突することとが
イコールの関係であるなら、将来の社会生活に支障を来すから、
ある程度、意図的な経験や訓練によって、人間関係の築き方・維持の仕方を、
子供に考えさえ、会得させる必要があるとは思う。

『一方、若者が自分で気を付けるには、周りの声を拾えばいいのです。「もっとみんなと一緒に食事したほうがいいよ」などと注意してくる人がいれば、バランスが偏ってきていると判断し、その声に従うようにしましょう。』

私の感覚では、「もっとみんなと一緒に――」などと
言って来るタイプはかなりイタいような気がする(爆)。
私だったら、孤食の人を見かけてもこういう台詞は口に出せないし、
自分が言われても受け入れ難いだろう。
「一緒に食べない?」
という程度に、誘ったり誘われたりするくらいなら良いかなと思うけれど。

喫茶店やカフェなどで、ゆきずりの人々を観察していて思うのは
(ご明察の通り、私は一人っ子なので外食なんか一人でなんともない・笑)、
人は基本的に、自分について話すのが好きだということだ。
世の中、「聞いて欲しい人」が圧倒的に多いと思う。
友人と喋って、ああ楽しかった!と思うときというのは、
だいたい、自分の望む自分の話題を自分のペースで喋り、
同席した人(たち)がそれをよく聞いてくれて、
かつ、一緒に喜んだり面白がったりしてくれたときだろう。

何人かで集まっていると、場を仕切って自分のペースで喋る人と、
それに合わせて笑顔で相づちを打ったり、合いの手を入れたりして、
主として聞き役をしている人、というのがだいたい決まっているように思われる。
その場の皆がそれぞれ生き生きと自己主張しつつ、互いを尊重している、
という関係は皆無ではないが、普通にどこででも出会えるほど多くない。

仕切る人は、集団においても、ある意味で恐れず自分本位に振る舞えるので、
自分の話を聞いてくれる「観客」がいることを楽しいと感じるだろう。
こういうタイプは、良くも悪くもエンターテイナー的要素があり、
発信者になることに向いている。
一方、性格や力関係などの理由で聞き役を務めることになる側は、
他人の珍しい話や貴重な体験談から得るところがある一方で、
基本的に受身であり、場の空気を良くするために気を遣うことになる。
そこで展開される話が『さんま御殿』級に可笑しければ、
聞き役のうま味もあると思うが、長い身の上話やよく知らない人の噂話に、
付き合わされるハメになることもあるだろう。

日頃、聞き役を務めることの多いタイプは、
学食の『ぼっち席』が好きだろうと思う。
食事のときくらい、人様の相手をせず、リラックスして黙っていたいからだ。
変だよ!みんなと一緒のほうが楽しいよ!友達いないなんて寂しいじゃん!
という方向でしか考えられない人は、自分が集団の中で、
友人たちに相手をさせ、得手勝手に振る舞っていないかどうか、
一度は反省してみたほうが良いのではないかと私は思っている。
そんなことない!うちのグループは、みんな楽しく語り合ってるよ!
と思うかもしれないが、本当に皆が同様に感じているかどうかは
簡単にはわからないことだ。

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きょうは娘の大学の秋学期成績発表の日だった。
朝10時から4年生の成績が、続いて11時からは3年生の、
……と一時間ごとに区切ってウェブ発表になるという方式で、
娘たち1年生の成績は午後1時から閲覧可能になる予定だった。
朝寝坊の娘もさすがに昼には起きて(殴)、
居間のソファに憂鬱な表情で陣取り、
「ああ~~(T_T)」とひとしきり悶絶したのちに、
iPadから大学サイトにアクセスして、自分のページを開いた。
夏休み中の春学期成績発表のときは、娘はパスワードを下宿に忘れ
成績表が郵便で実家に届くまで待たなくてはならなかったので、
今回は懲りて、IDとパスワードを記録したものを手元に持っていた。

成績表が表示されるのを心臓バクバクで待っていた娘は、
結果、どれも落としてはいなかったことがわかって、
フル単位キター♪再履ナシーーー(T_T)、と歓喜に包まれた。
このヒトの場合、成績が良いかどうかなどは既に関係がないのだ。
大事なのは、単位になったかどうか(^_^;。
特に、法学部必修の法律関係科目が無事に取れていたのは
大変めでたいことだった。
法学と民法がヤバく、刑法はギリギリか、
と娘は覚悟していたので、いずれも大丈夫であることがわかり、
心から安堵することができた(母娘とも)。

それで落ち着いて成績表を見直すと、
なんと、一般教養の歴史が「C」になっていた(O_O)。
ほかの科目があれこれ「C」なのは仕方が無いとしても、
おっっっ、お前っっっ、そもそも史学科希望だった筈ではないのか。
どーしてこんなところで危ういことをやっているのだっ!?

「いや~~……。教授と、歴史認識の点で相容れなくて……(^_^;」
どんな認識なんだどんなっっ(--#)

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『学校(高校)指定のコートを、卒業までに結局数回しか着なかった』
という、お子さんに関するお話を、さきほど某所で見かけた。
確かに、制服に準じて指定されている冬コートを入学時に買ったものの、
学校の立地や通学距離によっては、ほとんど出番が無かった、
というケースが、結構あるのではないかと思う。
……制服関係って、割とイイお値段するのにね(^_^;。

ご多分に漏れず、娘も学校のコートを持っていただけで、
在学中、着用することは、まずなかった。
娘は「真冬になっても、コートは着ない」という変な決まりを
自分に課していて、かねがね私はアホちゃうかと思っていたのだが、
卒業間近のある時期、PTA役員仲間のママに尋ねたところ、
そこの家のお嬢さんも、やはりコートを持っていながら、
「ゼッタイ着ん!」と言い続けていたそうで、
一体全体、彼女らにとってA高のコートって何だったんだ。

それで娘(たち)は、新品同様のコートを所持したまま卒業したのだが、
なんと、ここからがオドロいたことに、
娘は今、大学に通うようになって、高校時代のコートを愛用している。
「A高のコート送って下さい」
と昨年の晩秋のある日メールが来たときには、我が目を疑いましたね(^_^;。
確かに学生はお金がないので、コートなどそうそう新調できないわけだが、
高校コートを大学で着るという発想は、私には無かった。

「ほんで、まだ高校のコートを横浜で着よるんかね」
と今夜、娘に改めて尋ねてみたら、
「着とるよ」
と娘は涼しい顔で答えた。
県外の大学だと、同窓生に会う機会はそんなに無いので、
高校コートだとバレにくく好都合だそうだ。本当かね(^_^;。

更に私がウケたのは、地元国公立大学に進学した友人たちも、
やはり未だに高校コートを着て大学に行っている、という娘の話だった。
地元の大学となると、さすがに同じ高校出身の友人たちがいるので、
彼女らは「あ、着とる(^^)」とお互いに指摘が入るということだ。
それはまあ良いのだが、困るのは、夕方など大学から帰ってきて、
市街地で、その格好のままA高校の在学生と出会うときだそうだ。
まさに、目下そのコートを着用している在校生たちと行き交い、
「(え??それ、A高校の……よね???)」
という無言の視線を浴びるときのバツの悪さと言ったらない、とのことだ。

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格差  


お蝶夫人(竜崎麗香)@『エースをねらえ!』の場合
高3の秋、彼女が自室で静かに勉強をしていると、
傍らの電話がRR……と鳴る。
「はい。あら、おとうさま。…まあうれしい。すぐしたくしますわ」
優雅な部屋着から豪華なワンピースドレスに着替えて、
彼女は母親に外出を告げる。
「おかあさま でかけてまいります。
おとうさまがお食事にさそってくださいましたの」
「まあ いいこと。いってらっしゃい」

転娘みーちゃんの場合
大学1年の春休み、彼女が自室で寝こけていると、
枕元のスマホにメールが来て、ぶぶ、ぶぶ、と鳴る。
「…………。、、、、、。、、、、、、、」
寝ぼけ眼でレスを打ち込み、おもむろに起き上がって
スウェットをセーターに着替えると、彼女は母親に外出を告げる。
「おかーちゃん。おとーちゃんが、『漫喫』に行かんか言うけえ、
ちぃと行って来るワ」
「ほぅ。えかったねえ。そりゃ満喫して来んちゃい」(←寒)


我が家は全く進歩がない、ということが、よくわかった。

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昨日は川崎市内のホテルで寝まくった(爆)。

前夜、ポゴレリチのリサイタルを聴き、
ホテルに戻って倒れ込んで寝て、夜中に一度起きたが
結局は朝というか正午まで覚醒せず、
それからパンを買いに一度外に出たが、
午後からまたベッドに戻った。
気力も体力も枯渇していた。

この日は演奏会がなく、夕方に娘と会うことになっていたので、
『武蔵小杉に着いたあたりでメールして下さい』
という文面を携帯から送信したあと、私はまた、
知らないうちに眠りに落ちていた。

午後4時過ぎに、娘からの
『武蔵小杉通過』
という連絡が来て、やっと本当に起きた。

午後5時頃に娘がホテルのロビーまで来てくれたので、
ふたりで川崎駅界隈に繰り出し、
彼女の希望で書店に行き、石焼きハンバーグの店で夕食を取り、
ユニクロでコートを買ってやり、
駅地下のスーパーでの買い物にも付き合った。

よくわからないが娘は楽しく暮らしているようだった。
先月の学園祭で、娘は似顔絵師として働いたのだが、
いろいろなお客様があって面白かった、という話をしていた。
娘によれば、目鼻立ちの小さい顔は特徴を出しにくいので難しく、
歌舞伎役者のように大ぶりで濃い顔だと、似顔絵にしやすい、
とのことだった。
「じゃあポゴレリチは描きやすい?」とフったら、
「ああええよ、メールで写真送って」と娘は笑った。
たいしたものだな(爆)。

ちなみに娘の言葉は相変わらず広島弁アクセントが混ざっていた。
私と喋っているからではなく、普段からそのままだと言っていた。
「完全になおすことは諦めた(笑)」
とのことだった。
まあ、フォーマルな言葉遣いと敬語さえきちんとしていれば、
普段の会話については何弁風だろうが『個人語』ということで
構わないだろうというのが私の考えでもあるので、
そのくらいで良いのではないかと思った。
フォーマルな言葉遣いと敬語さえきちんとしていれば、な(^_^;。

駅地下のフードコートで鯛焼きを売っている店があり、
娘はカスタードクリームの鯛焼きが好きだったことを思い出し、
「要る?買ってあげようか」
と言ったら、娘は、
「いや……、あれは良くない、と思う…」
と消極的だった。
娘は食べてみなくても、美味いかどうかは睨んだらわかると言った。
「私が、何年、鯛焼きソムリエをやっとると思うとる」
た、鯛焼きソムリエ……(^_^;?いや今初めて聞きましたけど…??
「これまで私が、幾度だまされ、どれほど欺かれ、……」
………???
娘には何か、私の知らぬ過去があったようだった(笑)。

この日の夜もまた私はホテルに帰って寝まくった。
家事も何もしなくて良いのだから、疲れを癒やすのみだった。
連日の演奏会でなくて、本当に良かったと思った。
これだけ枯渇していたら、たとえ演奏会があっても、
私はポゴレリチを受け付けなかっただろうから。

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