転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



広島1区は、昨夜、結果の出るのが最も遅かった選挙区のひとつで、
最後まで、岸田文雄(自民)と菅川洋(民主)が競り合っていた。
結局、前者が小選挙区を制して議席を守り、
後者は落選したが比例区で復活という決着だった。
開票率0パーセントで「当確」と言われるのも出来レースみたいでイヤだが、
昨日のように日付が変わるまで引っ張られるのも、眠くて困った。
テレビの字幕では、「接戦」が「接線」になっていたし(--#)。

私は全く民主党を支持していないのだが、
一旦結果が出たからには、今後、自分にできる協力はするつもりだし、
揚げ足取りだけに終始するのは見苦しいことだとも考えている。
だいたい私は、自民党支持でもないし、
今までだって特定の政党支持者になったことなどないのだ。
ときどき、面白いなあと思う政治家には出会えるけれど。

そもそも昨夜、眠いのに選挙速報を見続けることになったのは、
主人が最初に居間に来てテレビをつけたからだ。
私はテレビが嫌いで、見たくないのに、
「ながら」ができない体質ゆえに、鳴っていると捕らわれてしまうのだ。
主人は主人で、政権交代でワクワクするほど瑞々しい感性の持ち主ではなく、
今回はただ、小泉ジュニアが落選するのだけが楽しみなのだと言った。
結局、あっという間に当確となって、主人はフクレた。

ときに、私が選挙のたびに結構注目しているのが、共産党の議席数で、
今回の獲得議席は9、前回とまったく同じだった。
とてもとてもコアな面々が当選していることが伺われた(苦笑)。
昔々、私は共産党委員長だった不破哲三(の思想)に心惹かれ、
彼の著作を一生懸命読んだことがあるので、
野党としての共産党には、是非、存在感を示し続けて欲しいと
いつも願っているのだ。

だが、勿論、こんなことを書いたからと言って、
私はコミュニストではないので悪しからず。
私にとって魅力があったのは、不破哲三の、政治理念ではなく、思想だ。
そのすべてに心から共鳴し心酔したというのとは違う。
赤尾敏に、どうしようもなく心惹かれたのもこれと同じだ。
だいたい、不破哲三はもと軍国少年だったし、
赤尾敏は、そもそもは極左の活動家だった。
極右と極左は根源的には相通ずるものがあるのだ。

さて、そんなことより、もうひとつ、
今回、私が心密かに注目していたのは東京1区だ。
与謝野馨と海江田万里の一騎打ちに興味があった、
・・・なんてことあるか。
又吉イエスに何票入るか、見たかったのだ。
今回は又吉光雄の御名前で立候補されていたが、
なんたってアナタ、マニフェストが、
ミニスカートとそれに類するものの廃止』。
結果、718票入っていた。しかも、最下位ではなかった。

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24時間テレビ
娘は中学のお友達と映画を観るのだと言って、
きょうは朝9時から出かけた。
バルト11で『ナイト・ミュージアム2』を観る予定だそうだ。
24時間テレビの募金会場のひとつが同じ建物内にあるので、
「ぶらぶらしよったら、あたしもテレビに映らんかな~」
などと笑っていたが、募金する予定かどうかは何も言っていなかった。
一応、小遣いのほうは映画代1000円+数百円は持たせたのだがな。

選挙
娘が出かけたあと、主人と私とで10時前頃に投票に行った。
会場に入ってみると、今朝は、今までと比べて、
人の出足が良く、来ている人数が多いという印象があった。
期日前投票も多かったとニュースで読んだし、
今回の選挙はやはり、皆、それぞれに言いたいことがあり、
関心が高いということのようだ。
帰宅して主人がテレビをつけたら、ちょうど定時のニュースで
きょうが選挙の投票日だということを言っていて、
「受付は、各会場とも、特別な場合を除き午前8時までとなっています」
と、ベテランアナウンサーが大間違いをしていた。
もし本当に朝の8時に投票を締め切ったりしたら、
選挙の結果は、随分と独特なものになりそうだな(苦笑)。

ベートーヴェンのソナタ5番
春になる前からやっていたモーツァルトのソナタKV545がついに上がって、
来週からベートーヴェンのソナタ第5番作品10-1を始めることになった。
第一楽章だけで一年くらいやるんじゃあるまいか。
で、譜読みを開始した途端にビックリだったのだが、
この第一楽章って、4分の3拍子だったのデスね(殴)。
私は何かの2拍子のように、長年、誤解していたので、
記憶にある通りに弾いていたら、拍がズレまくった(恥)。
仕方がないから、今はとりあえず、毎回、
「いち・にッタ・タッタ」「タッタ・タッタ・さん」
と鼻歌つきで弾いている。
この変な歌を歌わないと弾けない、
などという習慣がついてしまったら、だうしやう(汗)。

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転夫ころもんは、何か食わせろと、もう、ウルサくなった。
胃はどうなのかと訊ねたら、
「いや、まあ、もうちょっと」
と口ごもっていたが、とにかくもう雑炊では我慢ならないとのことだった。
それで晩は御飯を炊いて、ブリの照り焼きと野菜の煮物にした。
ころもんは、ばくばく食べて、おかわりしていた。
あとで、もたれても知らないぞ(--#)。

*************

きょうは、午後、半病人の転夫ころもんが昼寝をしていたので、
娘と私とで、市街地まで買い物に出かけた。
娘が「ぷちサンプル」シリーズの、「おどる 食品サンプル」を
買いたいというので、まず東急ハンズに行った。
中学生の娘には経済力は無いので、
全種類入ったフルセットをいきなり購入することはできず、
ええい!と狙いを定めてひとつだけ選んだモノは、
帰って開けてみたら『イタリアン』だったそうだ。
「楽しいね~♪でもどうせなら実物大のも欲しいなぁ」
と将来の希望を語る娘であった。

それから、デオデオに行って、私が、
パーヴェル・ネルセシアンの広島公演のチケットを買った
(10月2日(金)19:00 はつかいち文化ホールさくらぴあ)。
ネルセシアンは、去年山口まで聴きに行って
そのあまりのセンスの良さに感銘を受けた演奏家で、
今年も来日、しかも広島公演があるとあって逃したくなかったのだ。
9月30日のフー・ツォン京都公演の翌々日であるため、
日程的にちょっと厳しいのだが、地元ではあるし、
出来るだけ頑張って出かけるようにしたいと思っている。

そのあとは、娘の希望でUNIQLOに行った。
安価で何枚でも買えるのが楽しくて、娘はUNIQLOファンだ。
タンクトップが値下げになっていたので、色違いで数枚買った。
新作の秋物がさっそくいろいろと出ていたが、
「いやもうちょっと頑張って待ってから買う」
と娘は、えらく堅実なのだった。
衣類は小遣いではなく、親のほうで買ってやっているのだが(苦笑)。
それで私が勧めて、チェックの長袖カジュアルシャツも一枚選ばせた。
涼しくなって来たら、さっそくタンクトップの上に羽織れば良いのだ。

次に紀伊國屋書店に行って、娘が、
色鉛筆のスケッチに関する本と、パースの取り方の本を買った。
娘は夏休みの英語の宿題のひとつとして、
「英語の絵本」を書いている最中なのだが(未だにやっている)、
多分、背景か何かの書き方で手間取っているのだろうと思われた。
肝心の英語の物語よりも、挿絵のほうにリキが入っているという。

なんだかんだで2時半から6時頃まで外を歩き回って、
長い外出だったが、なかなか楽しかった。
考えてみたら、ここしばらく、
娘と買い物などゆっくりしたことがなかったかもしれない。
年齢的に、親と一緒に出歩いてくれる期間は、そう長くないだろうし、
こういう時間を持てて、良かったなと思った。

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昨日のワイン(フルボトル一本ひとりであけた)が祟ったか、
きょう、転夫ころもんは、昼過ぎに
『胃が痛い~』
とメールしてきて、それでも仕事は頑張ったようで、
午後6時頃になってから、しょんぼりと帰宅した。

胃痛は夕方には和らいでいたが、依然として胃が重苦しく、
「胃を使うと痛みが来そうな感じがまだある。晩は雑炊にしてくれ」
と、ころもんは言った。
そして冷蔵庫をあけてジュースを飲み、プリンを食べるという、
ワケのわからなさだった。

それを見て、娘が、
「冷飲食する、おとーちゃんに、幸あれ」
と、もっとわからぬことを言った。

医者には行かない、と言うので、
仕方がないから私が近所の薬局で、H2ブロッカーを買って来た。
薬事法が改正になったことを受け、薬剤師さんから、
「一包飲んだら、次の服用まで8時間は空けること」
「3日連続して飲んでも良くならないときは、医療機関にかかること」
「だいぶ良くなったがまだスッキリしない、などの理由で、
 二週間を越えて漫然と服用しないこと、その場合は医師に診せること」
等々、じきじきの説明と確認があった。

私が家に戻ってみると、ころもんは珍しく冷房を切っており、
「なんか、寒いような気がする。熱があるんじゃろか」
と言い出した。それで家の体温計で測ったら36度4分だった。
ころもんは「やっぱり。ちょっとある」と納得した。
36度4分のどこが発熱?と普通の人は思うだろうが、
昔から平熱が35度7分あたりのころもんにとって、
36度をシッカリ超えるような体温は、要注意なのだ(苦笑)。

胃の不調、悪寒、それに眼精疲労による頭痛、が現在の症状で、
ころもんは珍しく部屋に籠もり、漫画も読まずに眠っている。
まあ、今夜はカープもロクなことになっていないようだし、
テレビを観ないで寝るのが正解だろう。
随分長い間、風邪のひとつもひかずに元気で動き回っていたので、
ここらで休息せよと体が言っているのではないかと思う。

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転夫ころもんは、ときどき、ネットで見つけたお店から
美味しそうなものを「お取り寄せ」している。
我が家は各自勝手に食べたいものを食べるという雰囲気が、
常日頃からあるので、ころもんはそういうときは、
自分だけのために、純粋に自分の欲しいものだけを注文する。

先日のお取り寄せは、なんとかいうワインだった。
既に馴染みの宅配業者さんのオジさんが、
「転妻さん。きょうは、ワインが届いてますよ!」
と、いつも以上に、大変ニコヤカに配達して下さった。
私は出不精で、何かというと、これまでにもよく、
ニッ○ンとかセ○ールとか各種通販会社を利用して来たのだが、
『おばはん、ついに酒かよ~』
と宅配業者さんは考えたに違いなかった。

そして、今朝また何か来た。
「きょうは、クール便ですよ♪」
と、くだんの業者さんが、やはり朗らかに届けて下さった。
見たら、フォアグラのテリーヌだった。
業者さんには、どういう道楽もんのおばはんだと思われたことだろう。
主人の留守に、テリーヌをつまみにワインを愉しむとは。

さて、主人はきっと、これを楽しみにしているに違いない。
そう思った私は、主人の携帯にメールをした。
転妻『今、フォアグラ、来ましたよ』
転夫『わ~い♪』

なにしろ、ころもんにとって、滅多に食べられないご馳走だ。
今晩の御飯は、ワインとテリーヌに合わせて、
お酒のアテになりそうなものを用意することにした。
白身魚を揚げたものとか、カルパッチョとか。
私自身は全く飲まないが、それらをオカズに
普通に御飯を食べるのにはやぶさかではない。
まぁ白い御飯にフォアグラ乗せて食べようとはさすがに思わないけど。

果たして、いつもより数段早く戻って来た主人は上機嫌だった。
が。

「あ。パン買って来んの、忘れた」
主人は家に入るなり、そう言って、また回れ右して、出て行った。
主人は、テリーヌを好みのフランスパンに塗って食べるのだ。
そもそも私が事前にメールでテリーヌ到着を知らせたのも、
そのパンを、主人本人が、帰宅途中にどこかに寄って、
自分で選んで買ってこられるようにと考えたからだったのに、
本人、喜びのあまりか、すっかり忘れていたのだった。

ちなみに、『ガラスの仮面』44巻は、忘れずに買ってきていた。
偉いのか、偉くないのか、不明だった。

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「今までの人生で何回インフルエンザにかかりましたか」
というのが発言小町に載っていて、
43歳のトピ主さんは「3回」とのことだったが、
レスをつけている人たちの間では
「一度もありません」というのが結構多かった。
世の中の人は、随分丈夫なんだと改めてわかった。

私の場合、一応、「2回」罹ったことがあると思っているのだが、
どちらも、今時のように検査して確かめたわけではなく、ただ、
「そりゃインフルエンザですなあ」
などと医師に言われて、そうだったのかと思っただけだった。
その二回というのは、24歳のときと、35歳のときで、
どちらも、軽い咽頭炎から始まり、次に39度前後の熱が出て、
解熱するまで3~4日かかり、咽喉の痛みや咳や鼻炎などが、
その後1週間くらい続いた、という経過だった。

それ以前に、子供の頃には、高熱が数日続いて、咳がひどくて、
……みたいな病気に、毎年一度は罹っていた記憶があるのだが、
1960年代には遺伝子検査も無ければ抗ウィルス剤もなく、
それどころか、抗生物質さえ、今ほど行き渡っていなくて、
まだサルファ剤程度しか無かった。
だから、ありふれた感染症がその都度、悪化していたのか、
あれらのうち何回かはインフルエンザだったのか、
今となっては確かめようもない。

大人になってから罹ったときは、インフルエンザというものを
私なりに理解はしていたつもりだったが、今ほど知識がなかったので
熱を下げるために、イブプロフェンやロキソニンなどの解熱剤を
自己判断でばんばん使ったものだった。
35歳のときは、私の前に主人がインフルエンザになったので
(これも簡易検査をした結果ではなく、ただ診察室で医師が口頭で断定した)、
娘のために確保していたボルタレン座薬を、主人に渡したりしていた。
幸か不幸か、「よ~効いたワ」ということで当時は終わったが、
今だったら、脳症が怖いから、そんなことは出来ない(汗)。

しかしそれにしても、昨今の新型インフルエンザに関する、
厳重な警戒と言ったら、どうだろう。
従来型のインフルエンザの間は、70年代こそ、
学校などで、ワクチンの集団接種が行われていたものの、
致死的な副反応を起こす可能性が指摘され、
近年ではすっかり任意接種になっていたのに、
今回、新型インフルエンザの話になってからは、
ワクチンの製造を急ぐ・数が足りない・ピークに間に合わない・輸入してでも、
と世の中が大変な騒ぎだ。
打って貰えるとなったら、皆、医療機関に殺到しそうではないか?

従来型のとき言われたような、ワクチンの有用性への疑問や、
副反応への恐怖心は、新型に関しては無いのだろうか?
それに、だいたい、新型インフルならワクチンも新型で、
日本では誰も今まで接種経験がないのだろうに、
思いがけない副作用などは全く考えなくて良いのだろうか。
そんなもん乳幼児や妊婦に率先して打って、本当に大丈夫なんだろうか。

また、従来型の場合、タミフルを服用すると異常行動が出るとか、
日本のタミフル消費量は異常に多くて、耐性ウィルスが出現しているとかで、
タミフルを使うのは良くないことであるというふうな論調だったのに、
新型インフルエンザに関しては、とにかく早めの治療・タミフルが有効、
という話ばかりだ。
タミフルをもうちょっとで葬り去ってしまいそうな雰囲気があったのは、
ついこの間のコトだったと思うのだが。

従来型の予防接種には懐疑的だが、新型は何がなんでも早くワクチンを!
従来型にタミフルは良くないが、新型にはどんどん使う!
……という印象が、今の私にはあるのだが、
新型インフルエンザは、かつて指摘された数々の危険を冒してでも、
予防接種したり抗インフルエンザ薬を使用せねばならないほど
危険なものなのだろうか。
それとも、これまでワクチンやタミフルについて指摘された数々の問題点が、
実は、もともと些細なイチャモンだったということなのか。

重症化したり、死者が出たりするのは、従来型インフルなら
毎年一定の割合で当然のことだったのに、
同じインフルエンザでも新型だと一例一例がその都度、大ニュースだ。
従来型は変異せず、新型だけがすぐ変異すると決まったのか?

私はマスクなんかしても予防効果はないだろうと前から言っているし、
なんで従来型を無視して新型のことだけ大騒ぎするのかわからない、
ということもあちこちで喋っているので、このまま行くと、
そのうち罰として(爆)、私は新型インフルエンザにかかり、
世間から「ざまぁ」と言われるだろう、と今、想像している。
正確には、そうなったら我が人生何度目のインフルエンザなのかな。
私はどう見てもメタボなんで、確かこういう人は重症化するって、
とても大きな見出しで、この前、出てましたよね?

いやだなぁ。『冷静に対処』できるかしらん。

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『音楽の友』9月号を買った。

『2010に聴き逃せない 鍵盤楽器』のページに、
イーヴォ・ポゴレリチが5月に前回キャンセルのリベンジを予定」とあり、
『2010年来日演奏家カレンダー』の一覧表の中にも、ちゃんと、
2010年5月の欄にイーヴォ・ポゴレリチの名が掲載されていた。

ここまで言うのだから、とりあえず来日を予定しているということは、
現段階で、確かなのだね!?信じるよ??

まぁ、私に限らず、彼のファンは、既に鍛えられているので、
来ると言っても来なかったり、弾くと言っても弾かなかったり、
本当に演奏会があってもプログラムが全部違ったり、
等々のことは、なんでもアリだとわかっているが、それにしても、
最低限、来日予定の文字を見ることが出来たのは嬉しかった
(凄く、志が低いです・爆)。

また、『旬なアーティスト 選考委員会2009』のページでは、
注目すべき「旬」なアーティストの、鍵盤楽器のところで、
30名弱のうちのひとりとしてポゴレリチが選ばれていて(O_O)、
記事中では、

渡辺和彦氏「ポゴレリチなんかは、いま完全に迷っちゃってますよね。
 半分壊れてさえいる」
青澤隆明氏「問題は、なぜ彼がいま、あのような世界を
 故意に提示してみせるのか。
 誰も行っていない場所に踏み込みそうな気配はあります。
 ただそれを「旬」というのか、地獄の夜と呼ぶのか。
 あれほど荒涼たる精神世界は、なかなか味わうことができない」

等々と言及されていた。正直なところ、ビックリだった。
私は長年の熱烈なファンではあるが、
その一方で、ポゴレリチについての客観的な評価は
自分はよくわかっているつもりだと、タカをくくっていた。
つまり、10年以上レコーディングをしたことがなくて、
2000年以降、東京で3回、大阪で1回弾いただけ、というポゴレリチを、
目の離せない現在進行形の演奏家だと捉えているのは、
よくよく熱心でマニアックなファンだけだ、
と、ついさっきまで思い込んでいたのだ。

申し訳ありませんでした(逃)。
渡辺先生、青澤先生、ありがとうございました。
『音友』という場で、取り上げて下さって、とても嬉しかったです。

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先日の北海道旅行の最中に、古本屋に寄ったとき、
私が懐かしさから、山岸凉子『日出処の天子』第2巻を買い、
それを読んだ主人と娘が、広島に着くや否や、書店に直行し、
残りの巻を全部買い込んだ、……という一件があった。
私はこの作品を、高校生のときに知り、月刊LaLaの連載を
リアルタイムで追って最後まで読んでいたので、
物語をよく知っていたのだが、主人と娘には初めてだったのだ。

さて、その二人の熱中ぶりはともかくとして(笑)、
私は改めてこの話を通読して、昔気になったことを、また思い出した。
それは、正月行事の『賭弓(のりゆみ)の儀』の場面での、
厩戸の王子(聖徳太子)に関するエピソードだ。

この弓の儀式は、大王をはじめ、諸皇族、主立った豪族が射礼をし、
つづいて、舎人たちが紅白に分かれて賞物をかけての競射を行う、
という行事で、射礼のほうは本来、儀礼的なものであったのだが、
かねてより、聡明過ぎる厩戸を快く思っていなかった大王(崇峻天皇)は、
諸王子の射礼がないのはつまらないと突然言い出し、
わざと厩戸を指名し、射礼に参加せよと強いる。
厩戸が弓を持ったところなど誰も見たことがなく、
満座の中で王子に恥をかかせるのが、大王の目的だった。

まだ若く、少年の面影を残した厩戸が、
『初心者なれば、一射にて御免被りまする』
と静かに立ち上がり、
『何か願え、それから射るのがしきたりぞ!』
と追い立てる大王を尻目に、不意に昂然と顔を上げると、
それまでとは打って変わった鋭い目つきになり、弓に矢をつがえて、
『これより先 我が望みすべて叶うなら この矢よ当たれ!』。
矢は見事に的の真ん中に的中する、
……という話だ。

私はこの話を、漫画以前に、どこかで読んだことがあると
前々から思っていたのだが、今回、それが、
『大鏡』の藤原道長の逸話だったのではないか、と思い当たった。
藤原伊周と道長が、何かの弓の儀式で競って、道長が、
自分の望むことが叶うものならこの矢よ当たれ!と言い放ち、
彼の矢はこともあろうに的のド真ん中を射貫いた、
これこそ道長の「豪胆」さを物語る話だ、
……みたいな描写が、『大鏡』の中にあったはずなのだ。
もちろん、私はそんなものを自分で読んだのではなくて、
高校の古典の時間に習った記憶があるだけなのだが。

さて、ということで、今は有り難いことに、
ググれば大抵のものは出て来るので、きょう早速やってみた。
『大鏡』『道長』『弓』。
そうしたら、ヒットしました、『弓争い』。

古典の大鏡の内容が……(BIGLOBEなんでも相談室)

私の記憶は、微妙なところで間違っていた(汗)。
道長の、胸のすくエピソードは確かにあったが、
彼のした願い事は、厩戸より具体的だった。
「道長の家から、帝・后がお立ちになるはずのものならば、この矢よ当たれ。」
「自分が摂政・関白になるはずのものならば、この矢よ当たれ。」

山岸凉子氏が、『大鏡』のこの場面を引いて
厩戸の王子のエピソードを作られたのかどうか不明だが、
とりあえず私は、長年の疑問点を追求できて、スッキリした。
道長が「我が望みすべて叶うなら」と言っていなかったことは、
ちょっと残念だったけど。
厩戸のほうが、断然カッコいいじゃんね(苦笑)。

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お泊まり会
昨日と今日、一泊二日で、娘のA中のお友達二人が来て
我が家の居間と和室を占拠し「お泊まり会」をやっている。
最初は、3人殊勝にもノートを広げて英語の勉強をしていたが、
すぐに完全Wii大会と化し、『戦国BASARA2』三昧で夜が更けた。
今朝娘に聞いたところでは、午前2時頃に三人並んで布団に入ったが、
それからもお喋りが止まらず、寝入ったのは午前5時だったそうだ。
今朝は10時頃に誰からともなく起きた。
「でもなんか、凄くよく寝た!っていう気がしますぅ」
とお友達が言っていた。そうかい、そりゃ良かったな(苦笑)。

一方で、お嬢さん方は、
自分でお皿を片付けたり、布団をあげたりして、
「ご馳走さまでした」「ありがとうございました」
と、要所要所では、なかなかに礼儀正しい。感心した。
なんのこたない、いちばん働かないのが、うちの転娘だ(--#)。


死ぬまでに弾きたい曲
仮装ぴあにすと様が、先日、御自身のブログに
時分の曲』という記事を書いていらして、そこで、
『アマチュア同士で話をしているとだいたい出るのが
「死ぬまでにこの曲を弾きたい」という話題』だと仰っていた。

なるほど、それはあるかもしれないなあと思って、
では私にとって、『死ぬまでに弾きたい曲』とは何だろうかと
ちょっと考えてみたのだが、これが案外、明確でないのだった。
だいたい、この年齢・このご時世では、『死ぬまで』というのが、
もうすぐのことなのか、数十年は後のことなのか、
どんどんわからなくなって来ている気がするし・・・。

小学生の頃は、『英雄ポロネーズ』とか『スケルツォ4番』とか、
ショパンの名曲に憧れたものだったが、年齢と共に趣味が変化して、
近年の私は、あまりショパンを弾きたいとは考えなくなった。
かわりに、私の中で面白さを年々増しているのがベートーヴェンで、
さしあたり、今なら『死ぬまでに弾きたい曲』のひとつは、
ソナタ24番『テレーゼ』かもしれないなあ、と思い当たった。

さらに、仮定法だか条件法だかで表現するしかない夢物語としては、
ブラームスの『ヴィオラ・ソナタ』第2番(クラリネット版でもいい)
を、ユメの中でもいいから伴奏してみたい、というのがあるのだが、
ここまで行くと、もうもう、「あと10キロ痩せたら」のほうが
私にとっては比較にならぬほど簡単で、実現性の高い話だ(爆)。

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夕方、ちょっと出かけたときに、ナニゲなく見ていたら
選挙ポスターの前に立って、熱心に眺めている女性がいた。

転妻「貼っときゃ、ああやってきちんと読んで貰えるもんなんだね~」
転夫「いやいや。ポスターに×印つけよる最中じゃったりして」

そういえば、このところ、選挙活動に対する妨害行為のニュースを、
続けて複数、ネットで見かけた。
公営掲示板のポスター3枚のうちの1枚を勝手に破った人や、
某党代表のポスターに黒スプレーで「売」と落書きした人や、
演説中の某候補者のマイクを掴み取り「うるさい」と叫んだ人や、
選挙カーに、これまた「うるさい」と言いながらバケツの水をかけた人。

(こういうときに、「○○、死ろす!」(@『ニッポンの誤植』)
みたいな、オモロく書き間違った落書きが出現すると、なおイイのにな。)

私自身は、なんであれ「喧しい」ことが我慢ならないので、
昔から、選挙演説も選挙カーも政党に関係なく大嫌いなのだが、
私ほど気難しい人ばかりではないにせよ、
世の中には案外、選挙活動を「うるさいなあ」と感じている人は
多いのではないか、と最近は思うようになった。

実のところ、選挙活動になんの共感も覚えないのだけれども、
公職選挙法というものを尊重し、選挙が終わるまでは仕方がないと
黙って従っているだけ、・・・という人が結構いるのではなかろうか?

「連呼」「涙の訴え」嫌われてます(産経新聞)
『TOKYO FMは30日の投開票日まで、若者を対象とした選挙特番を放送している。これに先立ち、「新聞とは違った切り口から、選挙に対する若者の本音を探ろう」とリスナー1151人に、「思わずシラケル選挙戦」についてアンケートを行った。ランキング上位3つには、候補者名を連呼する選挙カー(55.5%)、電話での投票依頼(53.9%)、候補者の「涙の訴え」(45.7%)が並んだ。』

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