転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



・連休3日目のきょう、広島は朝から雨模様だ。
静かな雨の休日は、インドア派の私はもともと嫌いではない。
娘は寝坊しているし、アウトドアな主人はどこかへ出かけ、
私は天気を理由に堂々と墓掃除を諦め、こうやってパソコンに向かっている。

・昨日は『親子のためのゆかいなコンサート』を聴きに行った
HIROSHIMA MUSIC FESTIVAL)。
松本和将氏と、地元高校生の住田琴海さんによるピアノ演奏のほか、
松本氏が小学生2名を指導する公開ミニレッスン、
それに出演者のトークタイムもあり、とても楽しい催しだった。
特徴は、『0歳から入場できる』とあることで、会場は最初から、
赤ちゃんや小さいお子さんと、お父さんお母さんたちで満席になっており、
普通のクラシックの演奏会とは全く違う、賑やかな雰囲気だった。
音楽だけに浸りたい人には向かない環境だっただろうけれど、
聞き入る子もたくさんいたし、ピアノの近くに寄っていて見つめる子もいて、
また、普段、子連れで音楽会になど行けない保護者にとっても、
一流の演奏と指導に直接触れることのできる、貴重な機会だったと思った。
ピアノが好きで習っている子たちや、そのご家族にとっては、
特に刺激的な場だったのではないだろうか。

・二年ぶりに何を着ようかという問題に直面して知ったのが、
最近はチュールスカートというアイテムが、特に若い子の間では
ごく自然に日常着として取り入れられている、ということだった。
チュールは、かつては私にとってフォーマル素材という印象だったのだが、
今は綿のTシャツやデニムジャケットと合わせることすら、普通であるようだ。
勿論、若い子に限らず、チュールを素敵に着こなすマダムたちにも、
街でたくさんお目にかかったのだが、私はセンスとスタイルに問題があり(爆)
いいなあと思う着方を、即、取り入れるということが、今では難しい。

マウスピース矯正は、ごく普通に進んでいるように自分では感じている。
今、三つ目のマウスピースに移ったが、特に困ることは無い。
どのマウスピースも、つけた最初はきつくて、微妙に浮いているから、
若干喋りづらいし、奥歯の噛み合わせもなんとなく違和感があるが、
半日くらいすると慣れてきて、苦痛はなくなる。
数日も経つと、見た目にはよくわからないが歯が良い位置にまで動くらしく、
更にぴったりと合うようになり、つけていることを意識しなくなる。
昨夜、ほんの前日まで使っていた前のマウスピースを出来心ではめてみたら、
あまりにユルく感じられるので、驚いてしまった。
0.何ミリという動かし方しかしていない筈なのだが、
歯の感覚というのは敏感なものなのだなと感心した。
来月また受診して、次の段階のマウスピースに進む予定になっている。

・依然としてサイドバーその他の表示にはおかしいところがあるが、
パソ太2号はとりあえず気絶しないで仕事をしてくれているようだ。
頼む、このままモってくれ。
旅行前の今、パソコンを買い換えるのは、不可能じゃ(爆)。

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パソ太2号の具合が、変だ。
いつも、頼みもしないのに表示されているサイドバーの
いろんな広告が、今夜はまだらにしか上がって来ないし(汗)、
ツールバーの一部のアイコンも、×印表示にしかならない。
何より、接続が不安定だ。

かつて、そうだあれは2007年だったか、
ポゴレリチが来る直前にパソ太1号が虫の息になり、
彼のリサイタルが済んだら、理由もなくパソ太も元気になった、
という出来事があったのだが、おい2号、おまえもか(爆)。

というわけで、とりあえず、これだけUP。
生きろよ、パソ太。

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・昼前、美容室に行って、ヘアマニキュアで頭を黒くして貰った。
前回したのは、ちょっと気の張る来客のあった2010年9月のことだったので、
あれから一年半以上、私は白髪交じりの頭を放置していたことになる。
およそ二年に一度、瞬間的に少しばかり若返って、
その後一ヵ月も経てば、また年齢相応(以上?)に戻るワタシ。
の真似して、いっそのこと剃って行けば」
と主人が笑った。
本音のところではそれも悪くないような気がするのだが
(以前も書いたが、私は後頭部にサロンパスを貼りたくて仕方が無い)、
しかしさすがに、まだ私にも家族にも社会生活があるので、
そこまでは思い切れない。……思い切れるようでは、イカンだろう(^_^;。

・娘の観ていたテレビ番組にRollyが出ていて、
「結婚しない男」の代表のひとりとして発言していた。
私にとってこの人は、今でもローリー寺西であり(笑)、
彼の『ロッキー・ホラー・ショー』を見逃し続けているのは痛恨の極みなのだが
「ロッキー・ホラー・ショー」ROLLY(YouTube))、
今回それは別として、この人が一人暮らしを愛する気持ちには、
私は、いち生活者として大いに共感できた。
彼には孤独癖があり、同居人から構われるのが負担で、
家の出入りも食事内容も、自分の好きなようにしたいと思い、
積極的に一人暮らしをしているのだそうだ。
また、家事もひととおりでき、何一つ困っていないとのことだった。
強いて言えば、家族が居ないのでご近所づきあいが大変らしい。
自分が不在がちでは、回覧板を回すのだって困ることがあるし、
中でもキツかったのが、「町内会盆踊り大会の500円」の集金(笑)。
それを聞いた途端、私もハっとした。
そうだ。
5月の連休になる前に、舅宅へ行って郵便受けを見ておかないといけないし、
それに何より、墓掃除を済ませておかなくては!

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はっと我に返ったら、いつもの話だが、着るものがなかった。
この連休から、金沢と東京と名古屋に(くぅ、六ヶ所村はどうするんだ)
ポゴレリチを聴きに行くというのに、
私は一体、何を着て行けば良いのだろう。

基本的に私は、おしゃれにも美容にも関心が無い。
世の中の美しい女性たちを眺めるのはとても好きだし、
自分も若い頃はそれなりに着たい服もあったものだが、
おばさんになるにつれて、自分が装うことへの興味は無くなった。
育児と介護と転勤で、それどころではなかった、
……と自分では思っていたが、よく考えてみたら単なる言い訳だった。
世の中、どんな境遇でも身綺麗な人は身綺麗なのだから。
要は、私がだらしないだけだった。

省みれば、ここ十数年というもの、私の日常は概ね、
「部屋着かブラックフォーマルか」
の二択で済んでいる。
ちゃんとして行かないと失礼にあたる場所にはブラックフォーマルで、
あとはすべて、部屋着のバリエーションでOKだ。
無職の専業主婦で、どこへ出勤して誰に会うということもないから、
普段の外出なんか、部屋着の上にカーディガンかブルゾンを羽織って、
下をジャージからスラックスに履き替えれば、自分としては何の問題もない
(周囲が呆れているという問題は、あるかもしれないが)。
しかしさすがに、こんな私でもポゴレリチの来日は、
何か「晴れがましい」気がするから不思議だ。
別に私が演奏するわけではないのに、やはり部屋着はまずいだろう、
という気分になる。

そもそも、二年前にポゴレリチが来日することになったときも、
私は着るものが全く無かった。
最初は例によってブラックフォーマルにネックレスでもつけるか、
と思ったのだが、連休前、旅行用に主人がジャケットを新調したのを見て、
私も、せっかくの機会だから洋服屋というものに行ってみようと思った。
それで、いちばん近いデパートの、婦人服のデカいサイズの店に行き、
かくかくしかじか東京に行くから、私でも着られる街着が欲しい、
と頼んで、それはそれは優しいお姉さんの店員さんに、
ジャケットを見立てて貰ったのだった。
そのジャケットは、ポゴレリチのLFJ東京のときと、福岡公演のときに着た。
以来、きょうまで、二度と着ていない(爆爆)。

さきほど、クローゼットを開けてみたら、果たして、
そのときのジャケットが、クリーニング屋の札がついたまま、入っていた。
よし。今回も、これを着よう。
さすがにたった二年なので、私といえど、体型は変わっていなかった(汗)。
良かった。ポゴレリチの来るのが、二年前と同じ五月で。
違う季節だったら、またぞろ何か買わなければならないところだった。
だがジャケット以外の部分は、どうしたらいいのか。
二年前は、何を着たんだっけ(爆)。
もう、着るものをどうにかしようという気持ちになるのが、二年に一度なので、
何もかもが忘却の彼方だ。

そういえば、こんな私を勇気づけてくれることが、ひとつあった。
それは、あのオシャレな(爆)ポゴレリチ本人でさえ、
同じ服を、結構何年も大事に着ている、という事実だった。
先日の台湾到着の記者会見の際、彼は茶系のシマシマのパンツをはいていたが、
このパンツは、なんと二年前に日本と台湾に来たときも着用していたものだった。
驚くなかれ、あれほど突飛な格好をしている(逃)ポゴレリチだって、
アイテムとして見れば、二年前と同じものを今も愛用しているのだ。
前回は、彼は上にピンクのシャツと柄物のマフラーをしており、
今回は、白いシャツに黒っぽい上着、足下はブルーの靴下に草履(爆)だったので、
全体の印象が全く違って見えただけなのだ。
(……ってことは、ポゴレリチも二年前と体型は変わってなさそうだ。)

ということで、私も遠慮無く彼に倣い、
今年も頑張って、一張羅のジャケットを着回すことにします(逃)。

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このところ数日間、ちょっとポゴレリチで祭ってしまった(爆)。
もちつけ。まだ彼が台湾に上陸しただけではないか。
隣村の例祭が始まったと聞いただけで、
我慢できずにこっちの村でも太鼓を叩いているようなものだ。
うちの村祭りは、まだ一週間も先だというのに。
七日七晩、叩き続けて待つのか私は。
なんぼなんでもイタかろう。ちょっと自重しなければ。

*************

語学のラジオ講座は、今のところまだ三講座とも続いている。
前にも書いた通り、スペイン語と中国語にしたところが、
さすがに完全に初めてではないので、4月は余裕があるのだ。
気楽について行けるし、一日くらい休んでもわからなくならない。
問題は、5月以後がどうなるかということだ。
ポゴレリチ来日で私はいよいよテンパってしまうだろうし(^_^;。

『まいにちフランス語』初級編は、結構、進み方が早い。
私のように初級文法を固めたい者には良いが、
完全に初めて今回からフランス語を勉強し始めた人にとっては、
結構キツいと感じられるのではないだろうか。
5月でもう、複合過去・半過去・単純未来・代名動詞が出揃うなど、
大学の第二外国語より遥かに早いペースだと思う。
応用編のほうは、フランスの文学作品から主だったものを取り上げ、
登場人物についての描写を中心に、作品の内容や位置づけにも触れ、
教養講座として、とても興味ある内容になっている。
本文を覚えるくらい音読すれば、自分のためになるのだと思うが、
なかなか、そこまで熱意を持ってやれていない。
そのかわり、今期は『アンコールまいにちフランス語』の応用編が、
私の愛する、杉山利恵子先生の文法講座の再放送なので、
自分の勉強のためには、できるだけそちらも聴くようにしている。

『まいにちスペイン語』は最初から入門編しか聴いていないし、
とりあえず今のところは楽勝だが、朝の放送は娘の弁当作りとかち合い、
結構、聞きづらい時間帯なので、挫折は目の前という感じだ(汗)。
午後の再放送を聴ける余裕があれば、これはフランス語と続いているので、
私にとって一番効率が良いのだが、今は生活時間帯が不規則で、
なかなか午後にラジオを聴くことが出来ていない。
夏になるほど暑くなり、午後には出歩かないほうが良くなるのだから、
これからは、なんとか2時半からの再放送の時間帯に家にいるようにして、
再放送のほうをメインに聴くようにしたいと思っている。

『まいにち中国語』は、私にとってこれまでで一番合っている講座内容だ。
というのは、今回は語順で考えるというか、
基礎的な統語構造がわかるような解説の仕方になっているからだ。
英語で言うなら、「五文型」から入るようなもので、
中国語がどういう語順で出来ているか、どの動詞はどの語順を取るか、
ということを、毎回重点的に練習させて貰えるので、
私のように文法から攻めたい者にとっては、とても居心地が良い。
ただ、発音は依然として課題で、特に子音の有気音・無気音、そり舌音など、
単語としては文意から理解できていても、自分は実は正確に発音できていない、
という音がいろいろとあるのを感じている。

*************

きょうは雨なのだが、娘たちは遠足に行っている。
高3は、クラスごとに決めて近郊の観光地に行くような内容で、
登山やバーベキューではないので、天候は決定的な要素ではないが、
やはり在学中最後の遠足なのに、天気に恵まれず、ちょっと可哀想だった。
追記:最後の遠足ではなかった。10月にもう一度あることがわかった(^_^;。)
それとは別に、きょうの遠足では昼食は現地のお店や食堂で取るのだそうで、
お弁当が要らなかったのが、私にとっては何より有り難かった(殴)。

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4月23日は台北でポゴレリチのマスタークラスがあった。
(facebookをご覧になれる方は、当日の写真数点が
Taipei Symphony Orchestraのページに出ていますのでお楽しみ下さい↓)
4/23 大師與您有約.By Taipei Symphony Orchestra 北市交 (Albums)

ポゴレリチ本人は、演奏家としては様々な意味で異色の人なのだが、
マスタークラスにおける「教授」としての彼は、
極めて正統的で、基礎を最大限に重視する指導者だ。
日本でも2007年1月に軽井沢大賀ホールでマスタークラスが行われ、
そのときの模様は、今もSony Music Foundationのサイトで読むことができる。
イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・マスタークラス
Tami NODAIRA氏の文章は詳細かつ秀逸なもので、
特に受講生ひとりひとりへの指導のページは、読むたびに発見があり、
私はこのような記録を残して頂けたことをいつも本当に感謝している。
きっと、今回の台北でのマスタークラスも興味深いものであっただろうと思う。

(まあ、時々スゴい指導もあるようだけど……→2006年04月19日

***************

それにしても、こんなに近々とポゴレリチに指導されるなんて、
しかも、同じピアノを共有し手を添えて教えて貰うだなんて、
私が仮に受講生だったら、その場で卒倒するのではなかろうか(爆)。
昔、漫画『伊賀のカバ丸』で、野球ヲタの遠野塁くんが長島茂雄に指導され、
チラと長島さんの顔を見ただけで、ぶぶーっと鼻血を噴いてしまい、更に、
手を添えてフォームを直されている最中に、
「なっ、長島さんの手が、おれに……」
と考えてガーンガーンと気が遠くなり、くたぁと倒れる場面があった。
私みたいなのが受講生の中にいたら、もう絶対にソレで、
挨拶しただけでカクカクになり、最初の一音を弾いたら昏倒し、
マスタークラス会場に救急車を呼んだ受講生として、
一生、マエストロの記憶に残ることになるだろう(大汗)。

それを考えたら、大ファンから出発したグウィニス・チェン嬢は、凄い。
ポゴレリチに会いたい一心で、彼の主宰したコンクールに参加、優勝し、
彼の私邸に出入りするようになり、彼の一番弟子として共演もし、
今や、マスタークラスでは彼の有能な助手として、通訳を務めている。
よくぞ、そんなことに耐えられたな(爆)。
……などという冗談は抜きで、すべては彼女のお蔭で、
ポゴレリチは台湾に親しみを覚え、
こうして足繁くアジアまで来てくれるようになったのだ。
チェン嬢には日本のファンも感謝しなくては。

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大型で非常に強く遅い波哥雷里奇は、
ひきつづき日本の南西にあって、
25日20時には、北緯25度5分、東経121度33分を中心とする、
半径100メートルの円内に達する見込みです。
予報円の中心の東側250メートル以内と西側200メートル以内は
1/2倍速の遅風域に入る恐れがあります。
最遅瞬間風速は50分/曲が予想されます。
今後の情報にご注意下さい。

現地の様子(臺北市立交響樂團
『附件下載』より『0425 Poster』『記者會1』『記者會2』『記者會3』
をそれぞれクリックして、現場写真をご覧下さい。

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大型で非常に強く遅い波哥雷里奇は、23日13時には、
日本の南西、北緯25度5分、東経121度33分にあって、
10日間におよそ2100kmの遅さで、なんとなく北東に進んでいます。
中心から半径50メートル以内では1/2倍速の遅風域となっています。
29日午後には北緯24度09分、東経120度40分、
日本へは5月4日14時頃、金沢市中心部の
北緯36度35分、東経136度37分付近に上陸する見込みです。
今後の情報にご注意下さい。

臺北市立交響樂團

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・昨日の夕方、私が名古屋を出るときには晴れていたが、
新幹線に乗ってから、岡山を過ぎたあたりで急激に雨になった。
今朝は一時期やんでいたが、また午前中から降り始め、今は風も強い。
きょうは主人が、美術展を見るために東京に道楽遠征しており(^_^;、
娘は模試があって予備校に行っている。
私は私で、夕方から所用で出かけることになっている。
このあとも引き続き、みんな気をつけなくては。
中国・四国地方で風雨強まる(NHK)

・夜中に、岩国の三井化学の工場で大きな爆発があったそうで、
ネットの記事によれば、広島市内でも音や振動を感じたということだが、
私はさすがに就寝中だったので、何も気がつかなかった。
あのあたりから大竹にかけては、JRの車窓から見ていても、
石油化学コンビナートが並んでいて、かなり大規模な工場地帯になっているので、
一旦こういう事故があると、工場そのものもその周辺も大変だろう。
この雨が消火活動に幸いすると良いのだが。
三井化学の工場で爆発 1人死亡(NHK)

・昨日私が乗った新幹線は、行きも帰りも『安全確認』のため若干遅れた。
行きは、岡山を発車しようとした直後に、がたっと急停止し、
『ホームの乗客が列車に接近したため、急停止して安全確認を行っている』
という趣旨のアナウンスがあった。
幸い、怪我人はなく事故にもならなかったので、5分ほどの遅れで出発できた。
帰りは、新神戸を出るときに予定時刻になっても発車せず、しばらくして、
『線路に落とし物があり、安全装置を作動させて回収作業をしている』
という内容のアナウンスがあった。
予定外ではあったが、作業そのものはごく順調に進んだらしくて、
これも5分程度の遅れで列車は出発することができた。
新幹線の常として、いずれもその後は走行中にスピードを上げて盛り返し、
私自身の目的地到着は数分の遅れで済んだし、
終着駅には定刻に到着できる見込みとの説明も、車内アナウンスであった。
結果的に、どちらも些細な出来事であり、問題は無かったのだが、
同じ日に、行きも帰りも安全確認が必要な事態になり、列車が遅れた、
というのは、私にとってちょっと普段ないような経験だった。

・名古屋に行ったのは本当に久しぶりだった。
演奏会のためだけに名古屋で降り、愛知県芸術劇場以外のどこにも寄らず、
市内滞在実質3時間、往復所要時間6時間、という遠征だった。
それで気づいたのだが、私は名古屋というと御園座と中日劇場しか知らず、
中部地方に住んだこともないので、本当に土地勘が無い、ということだった。
帰りなど、東山線で栄から名古屋まで戻って来たとき、
さてここからJRに乗り継ぐにはどっちに行ったら良かったんだっけ?
と案内板を眺め、あたりを見回し、自分の位置を把握するのにしばらくかかった。
来月、ポゴレリチ名古屋公演に行くのに、良い練習になった(殴)。

・最近の田村響氏は、演奏会では眼鏡をかけることにしたようだ。
出回っている彼のプロフィール写真で、眼鏡をかけたものはまだ無い筈だが、
私の知っている範囲では、2月に大阪で聴いたときも、昨日も、眼鏡姿だった。
尤も大半の演奏家は、数年前に撮影したオフィシャルフォトをずっと使っていて、
演奏会当日、ステージに出てきた「現在の本人」は、細かい点で写真と違う、
ということは、普通によくあると思う。
女性なら髪型や化粧によって雰囲気が変わるし、撮り方次第ということもある。
まあ、2005年のポゴレリチみたいに、ポスターはロン毛の中年で、
会場販売のCDジャケットは白皙の美青年、なのに出てきたのはデカい海坊主、
『……誰!?』、……という人は、この業界でもそんなに居ないだろうけど。

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田村響がベートーヴェンの「皇帝」を弾くというので、名古屋まで行った。
(行けて良かった(T_T)。お腹が不安で昨夜まで新幹線を予約していなくて、
なおかつ、もし朝起きて腹痛だったらと、今朝まで心配していたのだ。)

名古屋フィルハーモニー交響楽団 第390回定期演奏会
@愛知県芸術劇場コンサートホール、指揮はロリー・マクドナルド。

なるほど、ベートーヴェンの変ホ長調は「覇者」の調だった、
と聴いていて改めて思った。
田村響のピアノを聴いていると、
この調がいかにベートーヴェンを生き生きさせるものだったかが
本当によく伝わって来て、面白かった。

併せて、当時としてのこの曲の「新しさ」を、21世紀の今なのに、
まるでタイムスリップして体験させて貰ったような気がした。
音楽の組み立て、和音の使い方、リズムの面白さ、技巧のきらびやかさ、
……1800年代になったばかりの頃に、初めてこの曲に触れた人たちは、
次々と繰り出されるベートーヴェンの革新的なアイディアに
おそらく目を見張ったことだろう。
何しろ皆が、モーツァルトやハイドンなどを、
流行曲や新曲として聴いていた時代だったのだ。
ベートーヴェンの書いた、ピアノとオーケストラの目覚ましい対話は、
時に、かなり突飛で奇をてらったものとして、聴衆には感じられたかもしれない。
現代とは違い、こうした音楽が「創造」の真っ只中にあった時代、
働き盛りであったベートーヴェンは、それまで前例のなかったような、
数多くの挑戦をここで行ったのだ。
そして当時、腕自慢のピアニストであった若きツェルニーは、
この曲を、どんなに颯爽と弾いたことだろうか…。

……と、そのようなことも、本日のソリストが大変に若々しいだけに、
実に様々に想像させられた演奏会だった。
考えてみると、もうとっくによく知っている曲の「新しさ」を、
あたかも初めて聴くかのように曲のあちこちで感じさせてくれたのだから、
田村響の演奏は、この曲の本質と位置づけとに、ぴたりと添ったものだった、
ということではないかなと、あとで思った。
変ホ長調という調性について、ごく自然に納得させてくれたことも含めて…。

会場はブラボーと拍手に包まれ、ソリストは幾度もステージに呼び出され、
最後にアンコールとしてショパンのワルツ第1番を弾いた。
かなり速度があり、どこか「意気揚々」としたところのあるワルツだった。
故意か偶然か、この曲もまた変ホ長調だった。
だからベートーヴェンの「覇者の魂」がなんらかの影響を与えていたのか?
そのような演奏も、きょうの場合は良いと思った。

楽器はスタインウェイだったが、私の席はうんと下手寄りだったので、
音は、どうしても真正面から来るというわけには行かず、
その点だけは少し残念だった。

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