転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



『面白い恋人』の記事をあれからいくつか検索して読んでみたら、
吉本興業は今年2月に『面白い恋人』で特許庁に商標出願をし、拒絶されていた、
という経緯があったことがわかった。
つまりこの一件があってからの吉本側は、商標権侵害は承知の上で、
なおも『面白い恋人』の製造販売を続けていたわけだ。

「面白い恋人」が商標権侵害(時事ドットコム)

しかしそれにしても、この商標権侵害だって勿論よくはないのだが、
今回『白い恋人』側から提訴されるに至った直接の理由は、
そもそも吉本側がこういう商標出願などという動きをしたからではないのか
という気がしてならない。……まあ、ただの私の想像なのだが。
『面白い恋人』を正式に商標として認めさせたい、という吉本側の意思表示がなければ、
『白い恋人』の石屋製菓だって、そこまで危機感を強めなかったのではないかと思うのだ。

『白い恋人』は、30年以上も前から世の中が認めるポピュラーなお土産菓子だったし、
だからこそ皆、それを踏まえたものとして『面白い恋人』の登場に笑った。
もしもこれが、パロディとして限られた範囲で支持されただけだったら、
石屋製菓としては、決して大歓迎とは言わないまでも、
表だって目くじらを立てることはなかったかもしれない。
それが、パクリのくせに予想以上に有名になってしまったこと(!)と、
更に商標出願などやり始めて、
「乗っからせてもろてますぅ(^^ゞ」では済まない態度が見えてきたこととで、
石屋製菓も自分たちの商標を積極的に守るため、訴訟に踏み切ったのではないか。

吉本興業は関西ノリで
「ま、カタいこと言わんと」「ケチケチしなはんなや」
と思っていただろうか?
だが吉本だって、それなりの権利意識は以前から結構ちゃんと持っていて、
某出会い喫茶のロゴが、自分たちの「京橋花月」に酷似していると言って提訴した、
という一件が、2年ほど前にあったのだ。
吉本興業、出会い喫茶を提訴 「京橋花月」にロゴ酷似(よんななニュース)2009/12/15)
自分の創り出したものを、ことわりもなく取って行こうとする者が現れたら、非常に不愉快、
というのは、誰しも同じことなのだ。
ましてや、後発なのに商標出願などして、あわよくば自分たちも本家になろう、
などという行動に出られては、見過ごすことなどできないと考えるのも当然だろう。
「石屋製菓は大人げない」とか「シャレが通じない」なんて、
一方的に言うわけにはいかない話だと思うよ、これは(^_^;。

Trackback ( 0 )




・夕方、ようやくインフルエンザの予防接種を受けに行って来た。
主人は職場のほうで既に十日くらい前に済ませていたので、娘と私だけだった。
気になりながらも、接種の機会がなかなか得られなかったが、
きょうは、娘が期末考査一週間前に入り、部活などがなかったお蔭で帰宅が早く、
やっと、近所の医院が閉まる前に行くことができた。
身近でインフルエンザが流行っているという話はまだ聞かないので、
とりあえず間に合ったと思って良いだろうか(^_^;。

・『面白い恋人』が『白い恋人』から提訴されたという記事を読んでいるうちに
「白い恋人」製造元、「面白い恋人」の吉本を提訴(日本経済新聞))
ふと、『白い巨塔』のパロディ『面白い巨塔』なんてのがあったらいいな、
キャストはきっと、浪花節大学の前財教授(仁左衛門)と佃助教授(孝太郎)だよな、
と久しぶりに第33回俳優祭『歌舞伎座の怪人』のことを思い出してしまった。
口番のオジさん=左團次が倒れて、呼ばれて来た医師が仁左衛門と孝太郎で、
孝太郎「やはり検査をしたほうがいいのではないでしょうか」
仁左衛門「その必要はない」
孝太郎「でも、この間みたいに裁判沙汰になってもいけませんし……」
仁左衛門「きみ。僕は浪花節大学教授の前財だよ。僕の言うことを聞いていればいいんだ」
……あれ、つくづくもう一回観たいなぁ(^^)。

・私はこのブログのほかに、mixiとfacebookとtwitterにアカウントがあって、
それぞれを連動させることはせず、別個に使ってきたのだが、
twitterとは、最初からどうも相性があまり良くなく、今に至るもうまく行かない。
折り合いが悪い最大の理由は、140字という私には少なすぎる制限字数なのだが、
震災以降は、デマや悪意に満ちた書き込みを目にする機会も多くなったことだし、
もうそろそろやめてもいいかなあと、最近は思うようになっている。
もっとtwitterをうまく活用なさっている方々も多いのだと思うが、私はダメだった。
どのみち、個人で複数のSNSに登録して全部を維持することは負担だし、
時間の使い方としても、最善とは言えないだろう。
仲の良いお友達の中には既にtwitterをやめてしまった人たちもいるし、
少なくとも読み手としての都合ならば、facebookやmixiと連動させている人の呟きは、
そちらで同じものが読めるからtwitterでなくても良い。
西川貴教のtwitterアカウントも、期間限定のものだし(^_^;。
ただ、来年5月にポゴレリチが本当に日本に来るのであれば、
そのときはtwitterがもう一度、力を発揮するかもしれない、
とも思い直し、アカウントを削除することは、まだ一応、思いとどまっている。

Trackback ( 0 )




ついに、コタツを買った。
20年前の品が我が家にあったのだが、うたた寝していて火事になったら困る、
という恐怖感が募ってきたので、とうとう新しく買うことにしたのだ。
先週末、某ショッピングセンターでセールをやっていたところに来合わせ、
無段階調節機能つき手元コントローラが付属しており、しかもお値段○千円、
という点が、有力な決め手になった(^_^;。

和室には昨年通り、20歳のコタツが通電されないまま鎮座しているので、
新品は主人の部屋に安置された。
20年モノのほうはもうただのテーブルと割り切り、コタツ布団をこちらに転用した。
これで主人の部屋はいっぱいになったのだが、さて今夜からどこで寝るのだろう。
もしやと思うが、晩にはコタツをあげて壁際に寄せ、
空いたスペースに布団を敷くのだろうか。

それどころか、家ではこの部屋にしかコタツがないのだから、
これから寒くなるにつれ、何かというと家族三人がこのコタツに群がり、
しまいに、毎日ここで御飯を食べ、団欒をして、テレビを観て、
寝るまで喋る、ようになるのでは。
娘がここで宿題をやり始めたらオシマイだな。

居間も食堂も寝室も子供部屋も、何もかも、たった一部屋で兼ねる。
それは、まさに官舎でやっていた暮らし方だ。
そういえば、前にもこんなことになりかけたことがあったよな。
官舎には部屋数がなかったのだから、ほかにどうしようもなかったのだが、
結局、我々一家は、どこに住もうと何かにつけて原点に戻ろうとするのか。
官舎暮らしで最初に覚えた生活の仕方以外、
いつまで経っても、根本的に身につかないということなのか。

Trackback ( 0 )




昨日のピアノの会は、仮装ぴあにすと様からお声をかけて頂いたもので
私に弾けるものと言ったら、今やっているハイドンのソナタしかなかったが、
ここはひとつ「全楽章を弾く」というのをやってみよう、
というのが、今回、自分にとってのささやかな、しかし新たな挑戦だった。
子供の頃の発表会というと、大勢が順番に弾くという時間的制約もあり、
ソナタやソナチネでは「第一楽章のみ」という形式が多かったのだが、
今回はオトナだし、ある程度、趣味を優先することが許されそうだったので、
腕前の点ではお耳汚しで申し訳なかったが、三楽章とも弾かせて頂くことにした。
どの楽章にせよ、単発で弾くのと、三楽章構成で弾くのとでは、
内容も気分も違うので、一度こういうのをやってみたかったのだ。

自分の出来映えとしては、……技術的にはヨロシくはなかったのだが(笑)、
ピアノを弾くことは全く専門でもなんでもないし、
「巧くなくてはいけない」という圧迫がないから、
今できるもののうち、最善かそれに近いものが実現できたらいいな、
というところでの、葛藤が若干あったのみだった。だから、楽しかった。
普段は望めないような良い楽器を使い、ほかの方々に聴いて頂くという環境で、
独り舞台をやるというのは、なかなか気持ちの良いものだった。
こんな機会がなかったら、素人のオバさんが何をやっているかなんて、
普段、どこのどなたが注目して下さるものですか(^_^;。

勿論、ほかの出演者の方々はもっと段違いに素晴らしかった。
愛好家としても相当なキャリアで、内容の充実した方々が多く、
音楽を専攻なさっていたり、現役で日々、演奏していらっしゃる方々もあって、
「タダで聴かせて頂いてしまって……」
と内心、恐縮してしまうような演奏もいくつもあった。
選曲にも各自の現在進行形の関心事や気持ちのあり方が反映されていたと思うし、
私同様(ただしレベルは遙か上だが)複数楽章や全曲ものを弾かれた方々もあって、
普通の演奏会ではちょっとあり得ないような曲が並び、聴き応えがあった
(例えば、リスト「コンソレーション」第1番~第6番まで全部を弾かれた方があり、
こういう聴き方をしたのは、私は今回が初めてだった。
これはこの順番で聴くべき曲集なのではないか、と開眼した思いだった)。

第一部と第二部がこうしたピアノのソロで、
第三部は連弾や、ピアノと他楽器のアンサンブルで、これまた面白かった。
私はここではシューマンの「かなしみ」を仮装様と連弾させて頂いたのだが、
実にシューマンらしい、複雑な和音の進行が楽しめる曲だった。
勿論、コード進行を握っているのは、仮装様の弾かれたセカンドのほうで、
私は最初、練習で自分のプリモのパートだけ弾いていたときには、
全体がこういう曲になっていたとは思いもせず、合わせてみて感動した(爆)。
ほかに他楽器としてはヴァイオリン、オカリナ、チェロ、それに声楽があって、
いずれも、普段ひとりで弾いているときには出会うことのない曲ばかりで、
新鮮な感激があった。

自分の趣味の中に、ピアノを弾くというパーツがあったことを、
とても感謝した一日だった。
お蔭で、昨日のような会に関わることができ、たくさんの演奏に出会うこともできた。
仲間に入れて下さった仮装様、ほか、素敵な音楽を聴かせて下さった出演者の方々に、
心より、お礼を申し上げます。
ありがとうございました♪本当に、楽しい午後でした。

Trackback ( 0 )




午後から、ごく内輪でのピアノの会(娘ではない、私のだ)があって、
ハイドンのソナタ35番の1楽章・2楽章・3楽章と、
シューマンの連弾曲「かなしみ」を弾いた。

まがりなりにも人前で弾くことにより、自分も大いに勉強になったが、
ほかの方々が演奏された曲を聴くこともまた、素晴らしい経験だった。

いろいろ書きたいことはあるのだが、今夜は時間がないので、
また、いずれ

************

(上記と無関係の、小ネタ)

帰宅途中、繁華街で耳にした、聞き捨てならない話。
女性A「蓮舫って、そもそも、どういう人だっけ?」
女性B「女優?」
女性A「宝塚じゃない?」
女性B「ああ、そうか!」

ちがーう!!納得するな!!
いくら防災服の襟を立てていたからと言って、
彼女は男役ではない、っていうか宝塚じゃないっっ!!

Trackback ( 0 )




現地時間11月26日20時に、ピアニストのグリゴーリー・ソコロフが
パリのシャンゼリゼ劇場でリサイタルを行うことになっている。

Grigory Sokolov(AMC)

私は以前から、この人の演奏を生で聴いてみたいと切望しているのだが、
彼は来日しないピアニストなので、私がヨーロッパに出向く以外に無い。
だから、これまでのところ、私が彼の演奏会に行く夢は、叶っていない。

ポゴレリチが縁で知り合うことになった、パリ在住の日本人マダムお二人が、
このソコロフのパリ公演にお出かけになるそうで、ご感想が楽しみだ。
ああ、できることなら、どこでもドアを使って私もパリに行きたいものだ。
何も私は、何光年も飛び越えて宇宙に行こうというのではないのだ。
ジェット機でほんの半日ほどの距離を、せめて数時間で動きたいというだけだ。
ワープの概念が、広く世の中に知られるようになったのは1960年代だが、
あれから半世紀が経過し、物理学の進歩もめざましいものがあるというのに、
どうして未だに、ワープ航法が実用化されないのか。

……と某マダムのひとりに訴えたら、
「よしこさんと私で、半身ずつだといいのですが」
と(掲示板上で)言って下さった。
本当に、時空を超えて合体できるなら、半身でも喜んでご一緒させて頂きたい。
と思っていたら、もうおひとりのマダムまで、
「私とよしこさんも半身ずつにしたらよしこさんは全身でコンサートにいらっしゃれますね」
と、乗って下さった。ああああ、ありがとうございます(T_T)。


……しかし、それだと、あしゅら男爵」が二体になってしまいますな(爆)。
しかもそれぞれ、右(左)半身だけ、やけに肥満しているという。
ああパリの夜。ソコロフもビックリ(O_O)。

Trackback ( 0 )




先週末、12月号のテキストが来た。

フランス語は、先日の仏検で自分の出来無さを思い知ったので、
もっと緻密にやらないといけないなあと、反省している。
初級編に関しては、余裕があるのは当然だが、だからこそ、
テキストを見ずに聞き取り・書き取りが完全にできるかどうか、
毎回、試してみるくらいの気持ちでやるべきだと思っている。
アクサン記号など、結構間違って覚えていそうだし。

応用編のほうも、パトリスさんのフランス語のトーク部分を、
これからは、もっとちゃんと聴こうと思った。
ここは國枝先生がすぐ解説して下さるし、テキストに概要も載っているので、
いつも、集中力が途切れて、日本語が出てくるのを待つ気分になりがちだが、
そうやって自分を甘やかしているから、いつまで経っても、
私のフランス語は頭打ちなのだ。わかっているのだ(涙)。
しかし、あまり負荷をかけようと意気込むと、挫折もしやすくなるし、
ほどほどシンドくやる、というのがなかなか難しい。
飽くまでも道楽フランス語、しかし向上はしたい、というところなので……。

それと、この応用編は、毎回のスキットやパトリスさんのお話は、
結構高度で盛りだくさんな感じがするのだが、
文法と構文の練習問題は、毎回、とても易しい。
ここで正解することが簡単にできてしまうので、
自分としてはすっかり「きょうも勉強した」気分になれるのだが、
その実、あまり進歩していないし、すぐ忘れてしまう。
練習問題は典型的な文型を練習しているに過ぎないのだから、
ここで毎回扱う仏語文(通常3文ほど)は、その都度、暗記しないとダメだな、
と今朝は問題をやりながら思った。

一方、中国語入門編は、今期はとてもゆっくり進んでいるので、
私のように若くない初心者にも優しい構成で、有り難く思っている。
習った表現を使っての中国語作文も、私の力でどうにか出来るし、
今のところ、あまり落ちこぼれないでついて行けているように思う(^_^;。
しかし、いつまで、この「ついて行けている」感が維持できるか、
楽しみというか心配というか。

***********

きょうは、とても寒かった。
本当なら倉敷で、田村響を聴くつもりだったのだが、
昨日半日がかりの内視鏡検査を受けたばかりで、やはり疲れていたし、
外気温が低いのにも勝てず、残念だったが今夜は断念した。

かわりに、……というのも違うが(^^ゞ、南座のチケットを取った。
今月末から始まる、京都南座の吉例顔見世、
菊五郎が出るので外せないとは前々から思っていたのだが、
南座で昼夜通しをやって日帰りする、というのが、
どうも、こう寒いと不安になってきて(←根性無し)、
とりあえずきょうは、昼の部だけチケットを取った。
音羽屋の蝙蝠安はどうしても観たいので。
しかし25000円を張り込む元気はなく、7500円の3等席にした(殴)。
音羽屋の旦那さんへの愛はその程度か!と責められそうだが、
なんと言われても、文字通り「無い袖は振れない」。
今月は、健康診断で散財してしまったのだ(爆)。

Trackback ( 0 )




市内の某消化器内科クリニックで、胃と大腸の内視鏡検査を受けてきた。
私には、どちらも初体験だった。

私は、およそ20代半ば以降、今日までもうずっと
「体調不良といえばまず大腸炎(と扁桃炎と鼻炎)」
という体質だったので、
そのうちどこかで胃腸の検査をせねばならないだろうな、
とは、ここ何年も、思っていた。
それで先日、食あたりか何かわからないが腸炎になったときに、
診て頂いた先生が、内視鏡を専門になさっている方だったので、
この機会にと思い、大腸内視鏡検査をお願いすることにした。
そして、お尋ねしてみたところ、胃内視鏡を同日にやっても
検査による身体的負担はほとんど同じ事だ、という返答だったので、
もうついでに、何もかもいっぺんにやってしまうことにした。

結論を言えば、案ずるより生むが易しで、
検査の苦痛はほとんどなかったし(先生の腕が素晴らしかった!)、
検査結果も、上行結腸に数ミリのポリープがひとつあったほかは、
特に問題がなかったので、今、検査を受けておいて良かったと思った。

大腸内視鏡といえば悪名高いのが、前処置の腸管洗浄剤2リットルだが、
私は味音痴なのが幸いしたのか、特別につらいということはなかった。
味は、噂で聞いていたとおり「やや塩味のポカリスエット」で、
美味くてたまらん♪ということは断じてなかったが(苦笑)、
かといって耐えられないシロモノでもなく、普通に飲めた。
9時20分頃から飲み始めて、
「11時半くらいまでに全部飲めればいいですよ」
と看護師さんに言われ、最初は用心してゆっくり飲んでいたのだが、
性格的にせっかちなものだから、11時10分頃には飲み終わりそうになり、
最後の50ccくらいは、ちびちびやって帳尻を合わせた(ほぼ無意味)。

前処置のための部屋は、六畳くらいの洋間で、暖房してあり、
テレビもあって、私ひとりソファでくつろぎながら、
この腸管洗浄剤「ムーベン」2リットルを2時間かけて飲むようになっていたのだが、
雑誌も貸して貰えたし、携帯も自由にいじれたし、快適だった。
ちなみに私は、腸炎になりやすい体質のため、前夜の下剤は無しだった。
「下剤は腹痛を誘発する恐れがあるので、ムーベンだけでやりましょう」
と先生が配慮して下さった。

ムーベンは、平均的に、飲み始めて1時間くらいするとお腹がゴロゴロ言いだし、
十回以上トイレを往復することになるのだが、私もその通りになった。
しかし私はこれまで、数々の苦痛に満ちた腸炎を経験してきたので、
今回のトイレ通いは、とても体に優しい感じで、良かった(爆)。
このムーベンという薬を開発した人は、エライと思った。
苦痛なく、どんどん出て、出始めて1時間くらいでお腹がカラになってくれて、
もっとへとへとになると思っていたのに、案外楽で助かった。

時間が来て、看護師さんが様子を見に来て下さり、
既に飲み終わったことを話し、トイレ通いの経過を報告すると、
「結構、早かったですね(^^)」
ということで、特にそれ以上、何か訊かれたり点検されたりすることはなかった。
前の人(自宅でムーベンを飲んできた人らしかった)の検査が終わると、
私の番になり、案内されて検査室のほうに入って、
まずは着替え(上半身は家から着てきたTシャツの上に病院の検査着をはおり、
下半身は「社会の窓」がお尻側に来ているような、使い捨てハーフパンツ一丁)、
次に胃の消泡剤を飲んで、ベッドに寝て、胃内視鏡検査から始まった。

私は自分で扁桃にルゴールを塗る鈍感さだけはあるのだが、
咽頭全体は結構反射が強いので、今回の内視鏡は鼻から入れるタイプでやって貰った。
鼻と咽喉の麻酔がやや不快ではあったが、
胃内視鏡検査そのものは全くなんの苦痛もなかった。
内視鏡を入れる直前に、
「確かに反射が強そうなんで、痛み止めを打っておきましょう」
と先生が仰って、静脈注射をされたが
(血管を探して難儀された気配があったので、筋肉注射ではなかったと思う)、
それで目が回ったりはしなかったし、検査中も完全に目覚めていて、
モニター画面を見ながら説明を聞くことができた。
所見としては、治療は要らないが軽微な逆流性食道炎の傾向が認められた。
一緒にピロリ菌の迅速検査もやって貰った。
有り難いことに、ピロリ菌は居なかった。

大腸内視鏡のほうは、ここの先生は無送気軸保持短縮法という、
苦痛の非常に少ない挿入方法を取り入れておられ、
もし私に腹部手術歴がなかったなら、ほぼ無痛だった筈なのだが、
私は例の、左卵巣切除のあとがやはり硬く癒着していて、
カメラがそこを通過するときだけは、腸炎そっくりの痛みがあった。
凄くよく知っている痛さだった(^_^;。
しかし体位の変換も要求されなかったし、耐えがたいというような苦痛は全然無く、
そこを過ぎれば、あとは問題無く小腸出口付近・盲腸のあたりまで楽に入った。

上行結腸にひとつ、3ミリくらいのポリープがあり、その場で切除された。
これは病理検査に出すことになっており、結果は郵送されて来るそうだ
(後日記:12月2日結果到着)。
観察しながらカメラが戻って行く帰り道で、さきほどの癒着のところに来て、
「ここ、痛いですか」
と先生が訊ねられた部分が、確かに痛かった。
「ここは本来、もっと自由に動くはずの箇所なんですが、
今、外側から硬く固定されている感触があります。癒着してますね~」
とのことだった。

検査直後から、お腹が張った感じも全然せず、気分は良かったし、
眠ってしまうような麻酔はそもそも使用していなかったので、
検査が終わるとすぐ起きて、着替えて診察室で説明を聞いた。
胃の所見・大腸の所見をまとめた書類と写真を下さり、
「腹痛の原因(=癒着部分)がはっきりして、良かったですね(^^)」
と先生が仰った。そして、
「これから、どうぞ御飯を食べて下さい。すぐ(^^)。お腹減っているでしょう」
と言って下さったので、帰宅して今、有り難く、それを実行したところだ(^_^;。

そうそう、今朝クリニックに着いたとき、前処置の部屋に行く前に
腹部エコーをして貰ったのだが、なんと胆石が見つかった(汗)。
大きさは5ミリくらいで3個映っていた。
今のところ胆嚢炎の症状はないので、観察でよろしい、
とのことだったが、治療するとしたら胆嚢切除手術になるそうだ。
私の現状では、上部消化管に癒着はなさそうなので、
胆嚢切除を希望するなら腹腔鏡手術ができるだろう、とも言われた。
また、腹部側からエコーで見ても、右腎臓の石は画像で確認でき、
「でも左の腎臓には何も無いんですね。不思議なことに(^^)」
と先生が仰った。
なんにせよ私は、どうも結石のたぐいを製造しやすいらしい。
どうせなら、もっといいもんを製造したかったが。
石持ち体質である自分を再確認してしまった(^_^;。

Trackback ( 0 )




既女に聞いた「キラキラネーム」をつけたがる心理(独女通信)
『「何気なく、姪の小学校の連絡網を見て驚きました。ほとんどの子の名前が難しくて読めない。なかには、アニメのキャラクターを彷彿せる名前の子もいて、時代は変わったと思いましたね」とは、真樹さん(37歳)。「瑠思(るうしい)」、「知心流(ちろる)」、双子で「嬉々(きき)」と「楽々(らら)」など、著しく個性的な名前は「キラキラネーム」と呼ばれ、近ごろ話題になっている。』

昨今、ウケる名前が多いよな、とは私も感じていた。
欧米風の名前に漢字で当て字した、というような生やさしいものではなくて、
訓読み・音読みの範囲では解読不可能な名前を、ときどき見かけるのだ。
もし私が教員で、記事中に例として出てくる「輝宙(ぴかちゅう)」なんてのを、
名列表で見たら、しばらく笑いが止まらず授業にならないのではあるまいか。

私の個人的な好みで言えば、キラキラネームを特に良いとは思っていないが、
我が子にどういう名前を与えるかは親の特権だとも思うし、
それぞれ人生観があるだろうから、他人に「やめなさい」とまで言う気はない。
娘が将来もし親になって、自分の子にDQNネームをつけると言ったら、
私はその点については、決して幸福な気持ちにはならないと思うが、
娘の夫なる男性と、先方のご両親とが、完全に大賛成しておいでなのなら、
私は多くを語らず、きっと作り笑顔で受け入れるだろう(^^ゞ。
主人がどう言うかは、また別の問題だが……。

それにしても、記事本文で紹介されていた親御さんの、
『名前が個性的だから、変わっている子だというイメージを持たれやすい』
という言葉には、私はなにがしかの違和感を覚えてしまった。
『変わっている子』だというイメージを持たれると、困るのか?
変わった子だと思われたいからこそ、個性的な名前を与えたのではないのか?
普通の子だと思われたいなら、ごく普通の名前をつければいいことだ。
よく「名前負け」という言い方をするが、
この世にふたつとないくらいの、超個性的な名前をつけた以上、
名前に負けない強烈な子になることこそ、似合っていると私は思うのだが。

『今どき、『○○子』は見ないですね。子を付けるなら、『りこ』『にこ』など二音の名になるでしょう。“子”も“心”“瑚”を使うなど一工夫すると思います。』
とも、この記事には書いてあって、こういう傾向は確かに娘が生まれた頃からあった。
子のつく名前は女の子ならではだし、クラシックで良いのではないか、
という感覚が、17年前の私にはあったのだが、それを言ったら、
なんと、当時元気だった舅姑が「今どき『子』は古すぎるじゃろ」と反対したのだ。
そういうものかと、私はあまりこだわりは無かったので名付け辞典を読み直し、
なら、『湖』を当て字して「こ」と読ませればいいかも、と思いついた。
ちょうど松江に住んでいて、宍道湖が綺麗だったし、記念になるかとも思ったのだ。
しかし今度は、主人がこれに反対した。
「『湖』なんて、わしイヤよ。『北の湖』みたいで」
結果的に、娘は離乳してすぐから、身長体重とも平均以上になったので、
「しこ名」をつけなかったことは、正解であったかもしれない(逃)。

前も書いた記憶があるが、私は男の子なら「ヒロト」とつけたいと思っていた。
理由は単純で、甲本ヒロトのファンだったからだ。
さすがに「清志郎」とつけるのは、恐れ多くてできないという感覚は、あった。
ヒロトならエエんかい、というのは微妙なところだが、まあヒロトと私は同い年だし。
カタカナがアレだということなら、勿論ヒロトの本名の「浩人」のほうで。
……等々、つまるところ私もミーハーでDQNだったわけで、
今更、キラキラネームを笑う資格はない。
結局、幸か不幸か、生まれたのは娘だったので、「ヒロト」案は自然消滅した。
かわりに主人が『エースをねらえ!』のヒロインにちなんだ名前をつけた(殴)。
なんのことはない、主人も私も同類だった。
ただ、今時のキラキラネームと違うところがあったとすれば、
それは、読み間違えられる可能性が皆無、ということと、
ペットやオモチャの名前とは一線を画している、という点だったかもしれない。

Trackback ( 0 )




昨夜7時過ぎに、広島県北部では震度5弱の地震があった。
我が家は県南部の側なので、さほどの揺れは感じなかったが、
それでも「あ?揺れてる?」「うん。地震だね」という会話は、あった。
広島市の中心部は震度3程度であったようだ。

広島で震度5弱=2人重軽傷(時事通信)
『21日午後7時16分ごろ、広島県などで地震があり、同県北部で震度5弱、島根県東部と西部で震度4の揺れを観測した。気象庁によると、震源地は広島県北部で、震源の深さは12キロ、地震の規模(マグニチュード)は5.4と推定される。地殻内で起きた横ずれ断層型の地震とみられ、今後数日間は最大震度4程度の余震に注意が必要という。』『中国電力によると、運転中の島根原発2号機に影響はなく、通常通り運転を継続している。』『広島市によると、同市東区で揺れに驚いた男性(29)が自宅1階ベランダの手すり上から道路に飛び降り、左足かかとの骨を折り重傷。また広島県三次市では女性(65)が転倒して尻を打ち軽傷を負った。島根県などによると、県内で被害の報告はなく、松江市などに設置されたモニタリングポストの放射線量数値に異常はみられないという。』『主な各地の震度は次の通り。震度5弱=広島県三次市  震度4=広島県庄原市、島根県雲南市、美郷町、邑南町  震度3=広島市、島根県出雲市、兵庫県豊岡市、鳥取市、岡山市、高松市、愛媛県今治市、山口県周防大島町  震度2=京都府宮津市、徳島市、高知市、福岡県中間市、佐賀県みやき町。』

私は、地震そのものは、東京に住んでいた頃に慣れてしまって、
以来長らく、あまり怖いとは思わないようになっていたのだが、
今年3月に東日本大震災があってからは、
「この揺れは前触れで、次の瞬間、もっと本格的な大地震が来るのでは!?」
と、以前には無かった恐怖を覚えるようになった。
昨夜も、地震直後、主人の見ていたテレビの画面に『緊急地震速報』が出て、
『このあと、強い揺れにご注意下さい』
などと書いてあったものだから、これからすぐ大きな本番が来るのかとビビった。

しかし考えてみると、鉄筋のマンションに家族でいる限りは、
それ以上、安全を確保するために積極的にできることは、あまりなかった。
ここが一気に崩れるような大地震のときにはもう、
無理矢理に外へ飛び出そうとしたって危険には変わりないだろうし、
むしろ、ガスコンロや暖房ほか電気器具など、火の元に注意することと、
度を失って転んだりしないように気をつけることのほうが先だと思った。
官舎にいたときは、容易に「書籍流」で埋まってしまうような状況があったが、
それも今は、かなり改善されたことだし(^^ゞ。

あとは、舅宅に異変がないかどうか、近々行って確認して来なければ。
以前、これは地震のせいかどうかは不明だが食堂の照明が落ちていたことがあり
舅宅に到着して初めて、そういうことが起こっていたと知り、
床に散乱した破片の掃除で大変な思いをしたものだった。
留守宅だったのはかえって幸いだったかもしれない、とあとで思った。
原因が何であったかは未だに定かでないのだが、どういう事情であれ、
ペンダントライトが頭上から落下してきたとき、真下にいて直撃を食らったら、
さすがに怪我をするだろうから、せめて人がいなくて良かった(大汗)。

Trackback ( 0 )



« 前ページ