Twitterで先日来、「ワクチンを打とうが うたまいが」という表現を
含んだ、とあるお医者様のtweetが繰り返し引用されていて、
「なんとまあ、恥ずかしいタイポを際限なくリツイートされて(^_^;」
と内心で気の毒に思っていたのだが、きょう、全然別の人が
「(そのような症状は)ワクチンを打とうが打たまいが、よくある」
とtweetしているのを見かけて、「……!??」となった。
今どきは、「打つまいが」でなく「打たまいが」と活用するのか!?
それとも方言??
それで改めて、打ち消しの助動詞「まい」の接続について調べてみたのだが、
やはり、文法的には五段活用の動詞の場合、「まい」は終止形に接続するので
「打つまい」が正しい。
私自身、今までただの一度も「打たまい」などという言葉は
聞いたことも使ったこともなかった。
「打たまい」だと、五段活用動詞の未然形+「まい」のかたちになってしまう。
しかし一方で、「まい」の接続の仕方には面白い特徴があって、
五段活用以外の動詞(上一段活用、下一段活用、カ行変格活用、サ行変格活用)のときは
未然形に「まい」がつくことになっている
(「落ち(上一段活用未然形)+まい」「消え(下一段活用未然形)+まい」など)。
活用の種類だけに着目するなら、終止形になる五段活用のほうが例外的とも言えるのだ。
ならば、もうこの際、五段活用のときも未然形に接続させれば、
文法が整理されるというか、わかりやすい一貫性ができて良い、ってことか(汗)。
しかし、しかしだ。
「打たまい」登場以前から、助動詞「まい」の接続には既に揺らぎがあった。
今回の例とは逆で、むしろ、すべての動詞の終止形に接続したがる傾向が
観察されていたのだ。例えば、
「来(こ)(カ変未然形)+まい」→「来る(カ変終止形)+まい」
「し(サ変未然形)+まい」→「する(サ変終止形)+まい」
「見(上一段未然形)+まい」→「見る(上一段終止形)+まい」
「考え(下一段未然形)+まい」→「考える(下一段終止形)+まい」
……使用者の感覚の中で、どの活用においても「終止形+まい」に違和感を覚えない
という現象は昔から広く観察されており、現在の放送用語の中でも許容されている
(「昔」が具体的に何十年前?まで遡れるのか、検証すべきなのだが、
ちょっと検索した程度では信頼できる資料が見つからないのと、
道楽ブログでそこまでしなくてもと思ったのとで、手抜き)。
「打たまい」がいつ頃から発生して、現在どのくらいの割合の人が、
これに違和感を持たずに使うことができるのか、に私は今回はじめて興味を持った。
「まい」と同じく打ち消しの助動詞「ない」は、動詞の未然形に接続するので
(「話さ(五段未然形)+ない」「食べ(下一段未然形)+ない」など)、
「打たない」「打たまい」と響きの類似性につられて、
「打たまい」がなんともない人々が出現したのではないか、
と私は仮説を立てている。
……だが「打たない」と「打たまい」ではアクセントパターンが違うよね?
きょうの問題には直接関係ないけど。混同が起こるものかな?うぅむ。
それと、「まい」は現代口語では既に「カタい」語になっており、
多くの使用者にとって馴染みが薄く、そもそもの初期設定が曖昧なので、
これまでにない活用をしていても、さほど違和感がないのかもしれない。
………知らんけど(殴)。
とりあえず、言いたいことは、現時点では「打たまい」は誤用やと思います(^_^;。
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