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元町の夕暮れ ~万年筆店店主のブログ~

Pen and message.店主吉宗史博の日常のこと。思ったことなど。

神戸の夜

2009-05-12 | 万年筆
5月9日、永田さんが神戸に来られましたので、仲間で夕食に行ってきました。
分度器ドットコムの谷本さん、楔の永田さん、ル・ボナーの松本さんがバラバラと当店に集まりました。
恒例の本気か冗談か分からない分度器ドットコムと当店との楔商品取り合いは、その場に居合わせたお客様を巻き込んで行われましたが、予約の時間が迫っていましたので谷本さんの車に皆で乗り込んで、松本さんのアルファロメオと谷本さんのワーゲンバスのオンボロ(失礼)話で爆笑しながら、灘区の水道筋商店街に向かいました。
今回は谷本さんの旧知の鉄板焼きの店大栄さんに行きました。
この辺りには初めて来ましたが、灘にこんな立派なアーケードのある商店街があるとは知りませんでした。
夜でも人の行き来が比較的あり、昼間は下町の賑やかな商店街という感じのところだと思います。
以前はお寿司屋さんで、同じオーナーさんが今は鉄板焼き屋さんをしているとのことでしたが、土曜日の夜だということもありとても繁盛していました。
アルミホイルに乗せられた料理が次々と私たちの前の鉄板に運ばれてきて、それを皆でつつきました。
牛肉の刺身、野菜炒め、モダン焼き、ロースステーキ、そば飯、デザートの宮崎マンゴーなど、さすが元料理人谷本さんの知っている店だけあり、とても美味しく、また必ず来たいと思いました。
それにしても、この個性の強い、俺が俺がと自己主張するメンバーの中で発言するにはかなりのエネルギーを要しますが、かなり前向きな仕事の話もでき、今後の展開に関する話もすることができました。
この仲間で協力し合って、面白いことをしていきたいと思っていて、毎月美味しいものを食べに行くのは、仕事の打ち合わせをするためです。念のため。

愛しい繰り返し

2009-05-03 | 万年筆

同じリズムを繰り返す平凡な日常を愛おしく思ったことはありませんか?
朝同じ時間に起きて、夜だいたい同じ時間に寝るまでの一日。
毎日違うことがある仕事の時間と違って、その他のプライベートな時間はだいたいいつも同じ日課を繰り返しています。
若い頃、そんなふうに毎日を過ごすのは退屈なことだと思っていましたが、今はそんなひとつひとつの日課がとても大切に思えますし、自分にとってなくてはならないものだと思っています。
そんな日常を締めくくるのは、仕事の日報のような役割をしているほぼ日手帳をつけることです。
一日を反省することによって、明日以降の課題が浮き上がってくる、とても大切な日課ですが、ほぼ日手帳に書き込むのはパイロットシルバーンの細字です。適度に柔らかいペン先と頑丈そうなスターリングシルバーのボディで、ペンケースに他のペンや文房具と一緒に入れておいていつも持ち歩いています。
繰り返しの毎日に使うものとしては、道具として一番信頼できるタフな国産の万年筆が向いていると思います。
https://www.p-n-m.net/contents/products/FP0127.html


二人の男の生き方

2009-04-29 | 万年筆
祝日と定休日が重なったため、家族で国立民族学博物館と大阪城へ行ってきました。
民博では茶道宗家に道具を納める職人家、千家十職展が開催されており、とても興味を持っていました。
千利休が築いた茶湯の美学に則った道具を見て、秀吉に自刃させられても残った利休の影響力の強さと、茶湯の精神を改めて感じました。
どこまでも広がっていく大阪の街を見下ろすことのできる天守閣では、朝鮮出兵の失敗で失意のまま死んで逝き、大坂夏の陣で落城してしまい、秀吉の作ったものは跡形もなく消えてしまった、権力の座の儚さを思いました。
利休と秀吉、二人の男の生き方の対比について考えた一日ではありましたが、一日中物思いに耽っていたわけではなく、家族3人で暖かいゴールデンウィークの初日を満喫しました。

日々の100 松浦弥太郎著 (青山出版社)

2009-04-25 | 万年筆
いつも何かあると期待して、よく休日に立ち寄る店で、表紙を見ただけで読みたいと思いました。
暮らしの手帖の編集長として知られている著者は同年代で共感できることがたくさんありました。
素朴な写真と短いのにシーンがイメージできる文章で、著者が大切にしている日常の100の道具を紹介しています。
この本からは長く使うことのできる良いものを選ぶということと、ただの物でも人とのつながりにまつわる物であればそれは特別な物になるということを再確認しました。
何回も、いつまでも読んでいたい本に出会えたと思いました。

エスプレッソが沸いた

2009-04-13 | 万年筆
唯一のイタリア人の友人とは、1年に1,2度は会って話すようにしていて、今回は半年振りの再会でした。
前日、レストランラミで一緒に食事をしましたが、今回は神戸に泊まるということで、翌日も店に顔を出す予定でした。
大手の輸入商社を退社し、一時期職安にも通っていた彼は今月から、某万年筆メーカーで仕事をすることになりました。
研修の帰路、週末の休みを利用して神戸に来てくれたのでした。
会うとたいてい仕事の話になりましたが、万年筆業界をもっと盛り上げたいと考えていた彼の理想を持った、地味だけど確実な活動はなかなか理解されず(現場で働く人たちからの評判は良かったですが)、彼の顔色が冴えない日が続いていましたので心配していました。
しかし、就職先が決まり、しかもまた同じ筆記具業界で仕事ができるということで、彼も気持ちを切り替えて前向きになっていましたし、出会って8年にして始めて彼女を紹介してくれるということで、特別な彼の来神だったのです。
彼の故郷トリノに本社があり、日本では北野に支店のあるチョコレート屋さんカファレルのお菓子を持って、二人は現れました。
店はバタバタとしていましたが、その間二人は静かに話したり、担当者のひとりごとの本を二人で読んだりしていました。
物静かで大声で笑ったりしない彼と、明るくかわいらしい彼女は店の長椅子に座り、優しい時間を醸し出していました。
お客様方の用事が終わり、二人だけになったので彼がイタリアから買ってきてくれたエスプレッソメーカーでエスプレッソを作ってくれました。
出来上がるまでの原理を説明しながら、エスプレッソを沸かしてくれました。
箸の持ち方も私より上手く、性格も穏やかで繊細な彼がイタリア人だということを忘れそうになりますが、バブル期の日本に一人で来て20年近く、もう少しでイタリアで過ごした年月よりも日本にいる時間の方が長くなりますので、彼の日本人よりも日本人らしい振る舞いは、真面目で努力家な彼の性格が表れています。
夕方二人は新幹線に乗るために帰っていきました。
大きなお世話ですが、故郷を出て20年、彼にかわいくて優しい彼女がいてくれて、本当によかったと思いました。

一乗寺の辺り

2009-04-12 | 万年筆
京都に行った時に、よく立ち寄るのが一乗寺にある恵文社です。
私が読もうと思う本などはどこの本屋さんにでも置いていて、わざわざここに来なくても良さそうなものですが、若い芸術系の学生さんたちが多く、アーティスティックなこの店の雰囲気が好きで、つい足を伸ばしてしまいます。
今回は出町柳から叡山電鉄の小さな電車に乗りました。
嵐電と同じくらいローカル線ぽい叡電に初めて乗りましたが、こちらも駅舎を含めて、なかなか味わいがありました。
一乗寺近辺は20年ほど前、妹が下宿していてよく遊びに来ました。
大学には入っていましたが、将来の夢や目標もなく、ただ毎日流されるように過ごしていた私にとって、この一乗寺辺りの住宅地の風景は、当時近くに豚舎があり、そこの放つ異臭とともにとても陰気に写りました。
妹が学校に出掛けた後、この辺りをブラブラと散歩したりしていましたが、その頃と風景は全く変わっていないように思います。
来年自分が何をしているのかもイメージできずに不安に思っていた頃の気持ちをよく思い出して、絶対あの頃に戻りたくないと思い、あの頃と関わりのある場所、人とをできれば忘れたいと思って20年間生きてきたような気がします。
一乗寺辺りを今歩けるようになったのは、その頃の記憶がだいぶ薄れてきたからですが、何も変わっていない町の風景を見て、あの時の気持ちを久しぶりに思い出しました。

タワーからの眺め

2009-04-03 | 万年筆
4月1日~3日まで春休みをいただき、1日と2日は京都に行ってきました。
京都の桜は、神戸よりも早く平地に咲いているものはだいたい見ごろになっていたように思います。
入学式の初々しいスーツ姿の大学生などもたくさんいて、春の雰囲気をのんびりと満喫してきました。
大徳寺、銀閣寺、一乗寺方面、三条通りなどあちこち行ってきましたが、一番心が動かされたのは、生まれて初めて登った京都タワーでした。
京都に行くたびに、見ようとしなくても目に入る京都タワーでしたが、上ってみるという発想がありませんでした。
でも今回は時間と気持ちの余裕があったため、タワーに登りたいと思い、わざわざ四条河原町からバスに乗りました。
妻も息子もそれほど強く街の全景を見たいと思っていたわけではありませんでしたし、高い所から景色を見ることが私ほど好きではないようですが、私が高い所から街を見て、その街に住む人の暮らしを想像することが好きだと分かっているので付き合ってくれました。
外観から分かる通り、360度自由に見て歩くことのできる構造で、大きな双眼鏡も自由に使うことができて、それを見ながら建物ひとつひとつを特定することができるほどでした。
タワーすぐ北のビルがたくさんあって賑やかな、三条や四条の辺り、山の中腹に見える清水寺、街の中にポコンと出た吉田山と船岡山、昼間訪れた大徳寺、2月に行った妙心寺、竜安寺、山の中にたくさんの車が消えていく国道9号線、西南西方向を見ると大阪のビル群が見えました。
数年前、嵯峨野をあてもなく、半ば道に迷いながら歩いた時にこの京都タワーが小さく見えて、そこが京都の中心から遠く離れた所にあると実感して寂びた気持ちを抱きました。
私たち二人がとてもちっぽけな存在に感じ、心細くなりましたが、こうやって街の中心からの景色を見ると、京都に暮らす人について考えます。
少し感傷的な気持ちを持ち続けて、妻子に呆れられながら、夢中でタワーから見える景色を見続けていました。

オープンの日に居合わせて

2009-03-20 | 万年筆
垂水の三井アウトレットパークマリンピア神戸が拡張し、リニューアルの日、自宅の近くなので遊びに行ってきました。
開店時間の少し前に着きましたので、オープンを待つ人たちの長い列に並び、神戸ナインクルーズのナックルボーラーなどを招いた華々しいセレモニーを見物しました。
近所のブルメール舞多聞という小さなショッピングセンターがオープンした時も、居合わせていて、その時は風船を渡され、開店と同時に風船を空に放ちました。
たくさんの人の希望や情熱が込められた、このような施設のオープンを見るのは嫌いではなく、お客さんの入りを気にしながら真剣な表情で話し合う、それまでとても忙しかったであろう、スーツ姿のビジネスマン、ビジネスウーマンの姿がたくさんありました。
たくさんの人が店内になだれ込んでいきました。
どのお店も普段よりも多目のスタッフがいて、お客様の対応に隙がないように気が配られていて、元気良くこの開店の日を盛り上げようとする気持ちが感じられました。
この場に居合わせて、当店のオープンの日を思い出しました。
開店と同時に何人ものお客様が来てくださって、何度も何度も心から感謝の言葉を口にしました。
お客様が店に来て下さることがこんなにも有り難い事だと知ったのは初めてでしたが、それは創業した者だから知ることができた特権で、その気持ちはオープンの日よりも大切な継続していくということにおいて、最も大切に持っておかなければならない気持ちなのかもしれません。
景気が悪いと言われ、消費が低迷する中、それぞれのお店が続いていくのは、運や資金も関わってくるかもしれませんが、一番大事なのは手法や仕掛けではなく、その気持ちなのだということを開店してまだ1年半しか経っていませんが分かってきました。
これは建前とか理想ではなく、店を運営する者の肌感覚とでも言うべき現場意識から日々感じていることです。

卒業式に出る

2009-03-12 | 万年筆
自分の子供や家族について他人に話すことを今まで一切しませんでした。
それは初め意識していましたが、やがて自分の習慣になりました。
しかし、昨日あまりにも心が動いたことがあったので親馬鹿な話をします。

中二の息子が卒業式で送辞を読むということで、先生からのお誘いもあって卒業式(卒業証書授与式というのですね)に行ってきました。
授業参観や運動会、合唱コンクールなど、会社にいた時は都合をつけて行くようにはしていましたが、店を始めてから難しくなっていたので、久し振りの学校行事への参加でした。
三年生の保護者の方々に混じって、妻と席について静かに厳かに執り行われていく式を見ていました。
卒業証書授与、校長先生、PTA会長のお話が終わって、息子の名前が呼ばれました。
大勢の人たちに見られているにも関わらず、落ち着いていて、堂々とした態度は席を立って歩き出した時に分かりました。
送辞を読み出した時、マイクの調子が悪くなり、音を拾っていないことを理解した彼は生声で会場全体に聞こえるように声を大きくして、はっきりと話し始めました。
淀みなく5分程の送辞を読み終えましたが、最後に感極まって声を詰まらせました。
それでも背筋を伸ばして顔を上げたまま席に戻っていく彼を見ながら、甘えん坊で頼りなく、かわいかった頃のことをとても懐かしく思い出しました。
知らない間にここまで成長したという満足感よりも、もうあの頃に戻れないという寂しさを強く感じました。
親らしい振る舞いや、躾らしい躾もしたことがありませんでしたし、塾などに通わせなかったのに、彼は成績も良く、生徒会の活動でも皆を引っ張るリーダーのような存在になっています。
子は勝手に育つようですが、自分は彼の人生にどれだけの良い教訓を授けることのできる存在なのか、親としての力の無さを感じました。

無駄に歩く休日

2009-02-14 | 万年筆
時間の制約が必ずある日常の暮らしの中で、それはある程度の偶然がないと得られることがないのかもしれません。
たまたま駐車場の場所を間違えて(後でそれはひどい間違いであることが分かりました)、長い距離を歩くことになってしまって、特別な時間を得られたのはとても幸運でした。
石庭を見たことがないという、妻と息子を竜安寺に連れて行くために車で京都まで来て、妙心寺の南の端の駐車場に車を駐めました。
歩き出してすぐに分かりましたが、天気も良かったので引き返さずにそのまま歩いて、竜安寺まで行くことにしました。
とても広い妙心寺の境内は、たくさんの塔頭があり、それぞれが立派な塀を構えていて、それは小さな町並みのようになっていました。
時代劇のロケができるような、日本建築だけの趣のある参道をその風景を楽しみながら歩きました。
勝手に成長した息子は比較的文化的な渋いものに理解があり、この古い日本建築の間をさ迷う散歩を楽しんでいました。
妙心寺を抜けた、竜安寺前の小さな商店街も昭和の風情が残っていました。
その中のうどん屋さんに帰りに入りました。
テーブルが4つしかない、とても小さな古い作りの店ですが、腰板に竹が貼ってあり、なかなか趣のある店でした。
メニューの横に新聞の小さな切抜きがあって、作家井上靖さんが学生の頃から、結婚したばかりの頃までこの店によく来ていて、最近(平成2年)懐かしさから訪れたと書かれていました。
井上靖さんが懐かしがるのもよく分かる、時間の流れから取り残されたような、とても侘しい風情がありました。
祝日の昼間だというのに、お客は私たち3人だけでしたが、静かに落ち着いた、近所のレストランでは味わうことのできない、タイムスリップした時間を過ごしました。