元町の夕暮れ ~万年筆店店主のブログ~

Pen and message.店主吉宗史博の日常のこと。思ったことなど。

ビルケンシュトックの部屋履き

2014-10-26 | 仕事について

オリジナルなものに惹かれる。きっと誰でもそうだと思いますが、何の真似でもない、安心してどこにでも持っていけるもの。

昔の日本製にもあったし、今の中国製品の多くにある、既に名のある商品のデザインだけコピーしているものは、価格が安いとか、日本人の使用を考慮したという良い点もあるのかもしれないけれど、コピー商品をお客様に提供して、そのお客様がどこかで恥をかくことがあるということをその商品を提供する会社は考えないといけない。

何らかの影響を受けるということを否定しているのではなく、もともとのその商品の発想自体がオリジナルから由来するものを見ると腹が立つ。

それは万年筆にも言えることで、どこかのメーカーをコピーする心が感じられるものは、なるべくなら扱いたくない。

それがいくら努力してオリジナルを超える性能を持ったものだったとして、そもそもの出発点が間違っているような気がします。


あまりにも独特なデザインで、服装の好みと合わなくなったけれど、ビルケンシュトックは今も好きな靴のメーカーのひとつで、その履き心地はきっとどんな革靴にも及ばないだろうと思うこともあります。

ずっと欲しいと思っていたけれど、家履きにビルケンシュトックは贅沢なのではないかと思っていたので、躊躇していたけれど、とうとう買ってしまって喜んで履いています。

アッパーは厚いフエルトでしっかりしていて、足裏が靴の出っ張りと凹みにパズルのように合ってフィットするのがいい。底のゴムは何度でも張替えができるし。

ビルケンシュトックは最初硬い履き心地だけど、数ヶ月経つとフットベッドが足に馴染んで沈んでくれるので、全くストレスを感じなくなります。

今も快適だけど、もっと自然な履き心地になってくるのは、万年筆に似ている。

そして、オリジナルを身に付けているという安心感と喜びがあり、それが何よりのものだと私には思えます。

スリッパに・・・、と思ったけれど、その気持への作用もモノの働きで、私たちモノの提供者は意識しないといけないと改めて思わせてくれるものでした。

 


カメラと万年筆

2014-10-21 | 仕事について

先日友人たちと行った加西市への撮影遠足は、カメラが趣味のようになってきていることの象徴的なイベントでした。

始めたばかりで、上手な写真が撮れるほどにはまだまだなっていませんが、撮るのも楽しいし、カメラ本体やレンズについて考えるのも楽しい。

特にレンズにはすごい魔力があって、きっといくらでも欲しいと思わせるところがあるのではないかと、うすうす気付いています。

あのレンズを自分のカメラにつけるとどんなふうに撮れるのだろう、きっといい写真が撮れるに違いないと思ってしまうのは、万年筆に対する好奇心と似たところがあります。

あの万年筆なら自分が今使っている手帳にちょうどいい太さの文字が気持良く書けて、自分の仕事がもっとよくなるに違いない、そしてあの万年筆を使っている自分はきっとカッコ良く見えるに違いないと夢を見せてくれる。

カメラのレンズにはズームや短焦点があって、それぞれ倍率があって、用途にピッタリと合えばより理想的に風景を切り取ることができたり、その空気感のようなものを撮ることができたりするはず。

先日の撮影遠足のようにひたすら移動して、長い距離を歩いて写真を撮るような時はきっとズームレンズが重宝して、実際に私も分らないなりに2本のレンズを持っていったけれど、望遠レンズ代わりに使っている倍率の大きなマクロレンズはほとんど使うことがなかった。

でも短焦点レンズの抜けの良さ、写りの良さを言う人もいたりして、それぞれに良さはあるのかもしれないけれど。

自分が撮りたいと思うものや撮る場所によってレンズの倍率はある程度決まっていて、例えば店の中で撮ることが多いので90mm(マイクロフォーサーズなので実際は45mm)はなかなか使わない。

小さな文字を書くことが多いのにBのペン先を持っていてなかなか使う機会がないという、ペン先と字幅の選択と同じ、最低限の理のようなものがあることが分ってきました。

カメラと万年筆の変な共通点のようなものがあったりして、自分の仕事とカメラを結びつけて考えるのは面白い。

つい最近までお客様との会話は靴の話が多かったけれど、最近はカメラの話が多くなっている。

靴も相変わらず好きだけど、カメラの話が多くなるのは当たり前で、店のテーブルの上に今使っているわけではないのにカメラが置いてあるので、カメラに話にならないはずがない。

でも興味のあることがひとつずつ増えて、それらに仕事を無理やり結びつけて考えることができて、仕事にフィードバックできることがあるというのは、何とも幸せなことなのだと思っています。

 


作品展

2014-10-19 | お店からのお知らせ

堀谷龍玄先生による「万年筆で美しい文字を書こう」教室の作品展をしています。

今回は皆様のご都合が合わず少なめの出展ですが、面白い試みで、書いていてとても楽しいものでした。

私は原稿用紙30枚くらいは書いた中から選ぶことができました。

好きな俳句を3つ選んで、それぞれ違うペン、違うインクで書き分けるというもので、いつもは細字のペンに黒インクを奨励されている先生ですが、原稿用紙に書くということもあって、今回はある程度太い字幅でもいいということになりました。
 

毎月1回第1金曜日に開催しています「万年筆で美しい文字を書こう」教室の時間を私はいつもとても楽しんでいます。

2時間ずっと集中力を保つことはなかなか難しいけれど、そこには適度なリラックスと温かさがあって、大人の時間だと思える。

これは堀谷先生と参加して下さっている皆さんが醸し出してくれているもので、一人でも多くの方にこの時間を過ごしていただきたいと思っています。

年間通して継続的に参加することは難しいと思っておられる方でも、スポット参加でも歓迎していますので、ぜひご参加下さい。

 

この教室を始めていただいた時、自分で書いた文字が自分で嫌だと思わないようにしたいという想いと期待を持って始めました。

そこに達しているかどうか置いておいて、でも文字を丁寧に書くことが楽しいと思えるようになり、それに集中することも楽しめるようになりました。

そして、万年筆の良し悪しと言うと、語弊があるけれど、合う合わないというものがよく見抜けるようになったと思い、それも万年筆店の店主として、大変な収穫だと思っています。

みんなせっかく良い万年筆を持っているから、それをもっと使おうと始まった堀谷先生のペン習字の教室の作品展は11月7日(金)まで開催しています。


旅の記念に

2014-10-12 | 実生活

前の定休日にル・ボナー松本さんたちと行った北条鉄道沿線の撮影遠足は本当に楽しかった。

駅から降りて、道に迷いながら歩きまわるのも冒険みたいでワクワクしましたが、その後の北条町の町歩きも楽しめました。

でももしかしたら、場所は問題ではなくて、どこに行っても楽しかったのかもしれません。

いつまでもこうやって歩き回っていたいと思った感覚は、4年前に行ったドイツ、チェコ、イタリア旅行に似ていました。

また撮影遠足に行きたいと思っています。またみんな集まってくれるといいけれど。
 

「北条町の旧市街はどこですか?」と駅で聞いて教えてもらった旧街道筋のようなところを歩いてみました。

松本さんははじめから古い文房具屋さんに廃番万年筆があるのではないかと期待していましたが、私はもうないのではないかと思っていました。

ほとんどのお店のシャッターが閉まっていましたが、わずかに開いているお店があって、何と文房具屋さんもありました。

これは松本さんのいわゆるヒキの強さだと思い、喜んで、でも遠慮がちに店に入りました。

本当に珍しい、希少価値のあるようなものはなくても、何かこの町に来た記念、この遠足に来た記念になるものが欲しいと思っていましたので、文房具屋さんで何でもいいから買おうと思っていました。

いつも持っていられるもので、そのモノを見ればその時のことが思い出されるもの。

それほど古くなく、でも中途半端に古い筆記具が20本ほどあって、その中に私のマニアックな心を動かすものがありました。

以前は普通に売られていて廃番になってしまったペンテルの製図用シャープグラフペンシル。

デザインがとても良いと思っていたのと、繊細なリードパイプを保護するキャップがノックバーの根元につけることができるきめ細やかな配慮がされた日本のステーショナリーらしい逸品。

お店の方も古いものを買う私たちを面白がって応対してくれて気分が良かった。

その後の喫茶店でパフェを食べ、コーヒーを飲みながらそれぞれが買ってきたものを見せ合ったりして、時間はまだまだあると思っていましたが、あっと言う間に陽の光が黄色くなっていて、帰宅ラッシュで賑わう北条鉄道に乗り込んだのでした。

 


手帳のある風景展2 募集

2014-10-07 | お店からのお知らせ

今週末には毎年発売していますオリジナルダイアリーが出来上がって、店に並びます。

万年筆というと太字で原稿用紙に豪快に書くイメージを多くの人が持っているらしいですし、万年筆をよく使っている人でも太字が万年筆の醍醐味だとしている人も多いようです。

しかし、私が万年筆で書くものとして一番に思い描くものは手帳への記入です。

細字の万年筆で丁寧に書いて、きれいな文字でページを埋めることができたらとてもうれしい気分になります。

ダイアリーや手帳をきれいに書くための私は万年筆を使い始めました。


以前、最終的に1冊の冊子にまとめたいということで、手帳のある風景展として写真や被写体を募集して展示を開催させていただきましたが、予告通り第2回目を開催させていただきます。

1回目と2回目の写真をまとめて1冊の冊子にしたいと思っていますが、第1回目同様、2回目で集まった写真もまず展示したいと思っています。

展示は12月1日(月)~12月25日(木)に開催し、写真の締め切りは11月16日(日)です。

ご自分で撮っていただいたダイアリーと万年筆の写真をメール(penandmessage@goo.jp)などでお送りいただいてもいいですし、ダイアリーと万年筆をお持ちいただいて当店で撮影させていただくということでも結構です。

お持ちいただいた場合、撮影希望という旨お申し付け下さい。ダイアリーを開いたところが面白いと思いましたが、大変不評でしたので、閉じた写真でも結構です。

ちなみに第1回にご参加下さった方は、誠に申し訳ありませんが、今回のご参加はご遠慮下さい。

多数のご参加よろしくお願いいたします。

ル・ボナーの革カバーに入れたオリジナルダイアリーと手帳にも書きやすいパイロットシルバーン。若いお客様方が作って下さった「店主のペン語り」の書籍と。


誕生日の実感

2014-10-05 | 実生活

子供の頃は父の誕生日になると、自分の誕生日をあと何日寝たらと、指折り数えて待っていました。

父と妹、そして私の誕生日は1週間間隔だったので、ウチの秋は1年で最も華やかで楽しみな季節でした。

大人になってからは誕生日が来ても無感覚になってしまったし、今となっては何歳になったと言うことも嫌になってきた。

でも人からおめでとうと言われるのは、皆が自分の存在を知ってくれていると思えてやはり嬉しいし、店を始めてからは今年も無事に歳をとることができたという安堵感のようなものを感じるようになってきた。

別に早死を恐れていたり、長生きしたいと思っているわけではなくて、今年も今の生活や仕事を維持することができたという、まだ逃げ切れていると思う感じ。

私たちは常に追いかけられているような感じがあって、何に追いかけられているのかというと、きっと妻や子を路頭に迷わせたくない、公園におられるホームレスの人のようになりたくないという強迫観念だと思います。

生命の死ではないけれど、いつも死が隣り合わせにあって、それをもしかしたら生命の死よりも恐れているのかもしれない。

その恐怖がきっと自分の原動力になっていて、少しでもその危険から離れるために良くしたいと思うのかもしれません。

それが恐いなら会社勤めをしていればよかったのではないかと思われるかもしれないけれど、私のように気楽で、盆暗な男はそれくらいのプレッシャーがあってちょうどいいくらいなのだということも分っている。