Y原さんのキャノン。今、昔の機械式のメカメカしたものに魅力を感じて、またあの頃にモノが戻ればいいと思うけれど、全ての物作りがもう戻れないところまできているように思います。
コンピューターがどんどん小さくなって、工業製品の、モノの姿は一変しました。
私たち以上の世代はその様子を見届けてきました。
いろんなものがそうですが、カメラはその影響を受けて、大きく変わったものの筆頭に挙げられるものだと思います。
機械式から電子式に、マニュアルからオートに変わっただけでも大きな変化だと思いますが、記録媒体がフィルムからデジタルに変わってしまって、そのモノ自体が違うもののようになっています。
カメラを販売するお店も、カメラ店から、電気屋さんに変わって、一時業界は危機を迎えていたように思いますが、カメラの持つ趣味性のようなものを訴求して、カメラ店もメーカーも盛り返してきているように、最近は思いますが。
カメラの起こったような激震が万年筆に起こったらどうなるのだろうと思っています。
万年筆はすでに60年代にボールペンが出てきて、万年筆にこだわった国産万年筆のあるメーカーは危機を迎えた経験があり、その時に万年筆は仕事での主役は降りているけれど、カメラのように趣味の需要に応えることができているのだろうかと思います。
万年筆は私も文字を書く実用の道具だと思っていますが、それはそれぞれの人の趣味を反映した実用の道具であり、根底にあるのは趣味性だと思っています。
その辺りを勘違いして、趣味性を忘れると生きる道がなくなってしまいます。
ただ書くことができる、気持ちよく書くことができるだけではダメで、面白みのようなものはいつも追及していないと万年筆は廃れてしまうと、思っています。